第12話 魔王様、「クソガキ」に会う②
バーク街道沿いの捕虜収容所の屋上。
ギャラリーがずらりとまわりを囲む中、魔王アレクと「クソガキ」ナユタの「一騎打ち」が始まろうとしていた。
「へへっ、準備はいいかい?」
ナユタは鎖を解かれ、彼がもともと装備していた二振りの曲刀を両手に持っている。
「ああ、いつでも」
アレクは先日の式典でシルヴィアから賜った騎士剣を抜く。
「いけぇ! 隊長!」
「小僧も頑張れよ!」
「キャー! アレク様!!」
ギャラリーの歓声が聞こえる。
ルナの声が混じってた気がするが多分気のせいだ。
「両者見合って……。それでは、始め!」
ダイルンの号令で試合が始まる。
ナユタはその場で数回リズムを取るように軽くジャンプしたかと思うと、次の瞬間、猛スピードで距離を詰め、アレクに迫る。
「喰らえ!」
ナユタの攻撃。
右手の曲刀で横なぎに一閃。
信じられないスピードだが、流石は魔王。すんでのところでこれをかわす。
0.5秒前までアレクの首があった虚空を曲刀が空振る。
どうやら少年は一切加減するつもりが無い様だ。
「ハッ!」
続けて左手の曲刀を縦に振り下ろす。
「ッ!」
アレクはこれを騎士剣で防ぐ。
刃物同士がぶつかった衝撃で青白い閃光が走る。
―― 重い。
見た感じは小柄な少年なのに信じられないパワーだ。
並みの兵士なら、今の一撃でガードごと吹き飛ばされて絶命していただろう。
「へぇ、やるじゃん! じゃあこんなのはどうだ!?」
ナユタはそういうと、両手の刀を縦横斜めと縦横無尽に繰り出し、まるで舞いのような連撃を繰り出してきた。
一瞬、彼の手が千手に増えたような錯覚を覚える。
まずい! 防ぎきれない!!
アレクは瞬間的に致命傷になりそうな斬撃のみを防御する。
捌き切れなかった攻撃を受け、腕や体にいくつか小さい傷を負う。
「うぉおおおおおお!! あのガキ、すげぇ!」
「隊長! 頑張ってくれ!」
ギャラリーが興奮してくる。
「まさか、アレを防ぐ奴がいるとはなぁ」
ナユタはバック転で一旦大きく距離を取ると、息を整える。
「ふぅ」
アレクは静かに息を吐く。
―― 信じられない強さだ。
正直な感想である。
むろん、少年の力を見るためにある程度手を抜いてはいたが、それでも「魔王」が手傷を負うなど、ありえないことだ。
だがこの少年は、わずか数合の打ち合いでそれをやってのけた。
「……!」
ルナも、他のギャラリーとは対照的に、先ほどから目を見開いて一言もしゃべっていない。
恐らく少年の実力に気付いたのだろう。
現時点で武力だけなら魔王軍将軍クラス、いやそれ以上あるだろう。
訓練を積めば、四天王クラスにまで化けるかもしれない。
「デアルマジードを倒す」というのもあながち冗談ではないとさえ思えてしまう。
「へへっ、もう降参かい?」
ナユタは両手で曲刀をクルクルと回しながら言う。
「いや、まだだ」
アレクはそう言って、ニヤリと笑う。
珍しく彼は高揚している。
こんなに強い相手と戦うのは久しぶりだ。
久しぶりついでに、
ほんの少しだけ、
「本気」を出してみようか?
彼は風の魔力を収束し、全身にまとう。
「行くぞ!」
アレクが消えた。
「!!」
次の瞬間、距離を取っていたはずのナユタの目の前に「魔王」が現れる。
「なっ!?」
ナユタは驚きながらも、反射的に魔王の剣を防ぐ。
本当に素晴らしい。天賦の才だ。
今度はアレクが縦横無尽に神速の剣檄を放つ。
ナユタは何とかこれをはじいていたが、剣檄に乗った膨大な「風圧」までは防ぐことができない。
徐々に押され始める。
今だ!
アレクは膨大な風を込め、「疾風突き」をナユタにお見舞いする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼は暴風と化した疾風突きをもろに喰らい大きく後ろに吹き飛び、地面に打ち付けられながら二回転ほどすると、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
勝負ありだ。
―― し、しまった。ついやりすぎてしまった。
俺は慌ててナユタに近づく。
「す、すまない。大丈夫か?」
「畜生! 負けちまった!!」
ナユタは勢いよく立ち上がると、地団駄踏んで悔しがる。
あ、あれをまともに受けてすぐ立ち上がるのか……。
パワー・スピードに加え、タフさも信じられないレベルだ。
「なぁ、もう一回! もう一回だけ挑戦させてくれよ!」
彼は俺に懇願するが、もうその必要はない。
「いや、合格だよ。ナユタ。君をエルトリア軍に迎え入れる」
俺は剣をしまいながら彼に告げる。
「い、いいのか?」
「あぁ、もちろん。改めてよろしくな。ナユタ」
俺は彼とガシッと握手する。
「うぉおおおおおお!」
ギャラリーから大歓声が上がる。
「よろしくな! 小僧!」
「すげぇな、ガキ!」
「なぁ、さっきの『手が増えたみたい』な剣術、俺にも教えてくれよ!」
隊員たちが彼に駆け寄り、口々に祝福する。
こうして、「とんでもないクソガキ」がエルトリア王国軍に加入することとなった。
To be continued