第11話 魔王様、「クソガキ」に会う①
「バーク街道の戦い」から約一週間が経過したころ、ようやく俺たちはエルトリア城に帰投した。
荒らされた前線の復旧や、家を焼かれた難民の救済、さらにはムンドゥール軍捕虜の収容など戦後処理が山積みなので、当分はエルトリア城とバーク街道を往復する日々が続くだろう。
「アレク様、ルナリエさん、それに兵士の皆さん、お帰りなさい」
シルヴィが城門の外まで自ら出迎えに来てくれた。俺やルナだけでなく、兵たち一人一人に声をかけて労いの言葉をかけてくれたのだ。
これは兵たちにとってこれ以上ない褒美だろう。シルヴィア私兵隊の結束もより強くなるはずだ。
城門をくぐると、王城へと続く大通り沿いに、数えきれないほどの住民が詰めかけ、大歓声を上げている。
「アレク隊長万歳!」「ルナリエ副長万歳!」「エルトリア王国に栄光あれ!」
前王の死後、暗い話題の多かった住民たちにとって、降って湧いたような「エルトリア王国大勝利」の一報は、国民たちを大いに熱狂させたようだ。
大貴族たちは苦々しく思っているだろうが、実際にこの勝利は王女派にとって非常に大きな「政治的一手」となった。
王国軍ではなく、「シルヴィア私兵隊」が国を救ったことで、王女に対する民の支持は爆上がりだ。ムンドゥール軍も先遣隊700が壊滅的被害を受けて敗北したため、当面は後続部隊の派遣を見送るだろう。
さらにこの勝報は、国内だけでなく中央六国全土に知れ渡るだろうから、他国との交渉においても王女派が有利になる。
また、大貴族派の中にも今回の結果を受けて、王女派に心変わりする者が出てくるだろう。すでにウォーレン伯から、秘密裏に王女派に接触してきた大貴族派が数名いることも聞いている。
それから数日後。
今日はムンドゥール軍撃破の報償記念式典の日だ。
謁見の間には大勢の貴族たちが詰めかけている。
ベルマンテ公やへクソン侯をはじめとする大貴族派の中には、欠席もしくは代理を立てているものも少なくはないが……。
「それでは、シルヴィア私兵隊隊長アレク。先のバーク街道における戦いの功を評して、あなたに騎士爵の称号を授けます」
シルヴィが堂々と宣言し、俺に剣を授与する。
俺は跪いてそれを受け取った。
「おめでとうございます。アレク様!」
彼女はまるで女神のような、とても美しい満面の笑みで俺に祝意を伝える。
会場は割れんばかりの歓声に包まれる。
今回俺が授かったものは以下の通りだ。
まず騎士爵の称号。
これは準貴族の称号で、正式な貴族の爵位と違って世襲権はない。
だが、いままでシルヴィの「個人的な相談役」に過ぎなかった俺に、ついに正式に称号が与えられたのは大きい。
むろん、正式な意味での「宰相」には程遠いが、今後は少なからず内政における発言権も増すだろう。
それから領地。
南部のポルテヴィア領を与えられた。
ここは、ムンドゥール軍の侵攻で壊滅したレド村を含むエルトリア王国南端の地で、半分は大貴族派たちから戦後処理を押し付けられたようなものだが、それでも土地を得られたのは大きい。
続いて騎士剣。
隼の彫刻が施された見事な一振りだ。
隼はエルトリア王国の国鳥であり、これを紋章として彫られた剣は、「国内における最高の一振り」を意味する。
これはシルヴィの父、エルドールⅢ世が生前に使っていた剣だ。
実は俺は以前から剣を一振り所有しているが、「ある事情」により中央六国に来てからは一度も抜くことができていない。
だから、素晴らしい名剣を賜ったのは本当に有り難い。
あとは宝物と金貨などなど。
まぁこれらの現物は後で私兵隊の皆に「特別報償」として分配し、余った分は今後の軍備増強のために取っておけば良いか。
こんな感じで、バーク街道の戦いは完全に終結した。
―― 「隊長殿、副長殿、少々よろしいでしょうか?」
バーク街道での戦後処理の陣頭指揮に戻った俺とルナに、小隊長のダイルンが声をかける。
彼は元鍛冶師で、はじめは戦闘の素人だったがよく訓練に耐え中々に素質もある。
今は小隊長を任せているが、いずれは中隊や大隊を率いてもらいたいと考えている。
「どうしたんだい?」
「それが、ムンドゥール軍の捕虜の中に、『とんでもないクソガキ』がおりまして、『軍の指揮官に会わせろ』と暴れております……」
「な、なんですかそれは?」
ルナが困惑の表情を見せる。
「鎖でつないでいるのですが、その状態で兵士30人以上をのしてしまいまして、全く手が付けられない状況です」
ダイルンが困った顔で報告する。
「わかった。すぐ行くよ」
俺とルナはダイルンの案内で、捕虜収容所へと向かった。
捕虜収容所の牢獄の中にその少年はいた。
ぼさぼさの黒い髪、褐色の肌。
どう見ても小柄な普通の少年だが、彼のまわりにはノックアウトされた兵士がまだ数人転がっている。
―― ダルタ人だ。 ――
肌の色をみて俺はすぐに気付いた。
だが、ダイルンの報告では、彼はムンドゥール軍奴隷歩兵隊に所属していたらしい。
なぜ、支配者であるはずのダルタ人の少年が、下部組織のムンドゥール軍の奴隷歩兵になっていたのだろうか?
「お前がこの軍の指揮官か? なぁ、俺を軍で雇ってくれよ」
少年は俺の顔を見ると、名乗りもせずに突然そんなことを言い出した。
この年齢で軍に入りたいとは、よほど命知らずなのだろうか?
「ちょっと君、アレク様に失礼でしょ。まずは名前ぐらい名乗りなさいよ」
ルナが少年をたしなめる。
「うるさいな。おばさんは黙ってろよ」
「なっ!?」
うん、別の意味でも命知らずなようだ。
「なぁ頼むよ。俺メチャクチャ強えぇんだぜ。雇ってくれよ」
少年は鎖をガチャガチャと揺らしながら再度俺に懇願する。
うーむ、全く話が見えないし、このままではらちが明かない。
「わかった。雇うかどうか検討するから、まずはいろいろ聞かせてくれ。俺はアレク。この軍の隊長だ。君は?」
「……ナユタ」
少年がぼそりと呟く。彼の名前だろう。
「えっと、ナユタ。君はダルタ人だろう? なんでムンドゥール軍の奴隷歩兵隊にいたんだい?」
「親に売られたんだ。『お前は手がつけられない暴れザルだ』ってね。それでムンドゥール族の腰抜けに買われちまったんだ。あいつら普段ダルタ人にこき使われてるから、『ダルタ人を奴隷にできた』って大喜びだったぜ」
よく見るとナユタの腕や足に鞭で叩かれたような古い傷がある。
エルトリア軍には捕虜の虐待は禁止しているので、もっと昔の傷だろう。
「エルトリア軍に入って何をする気だい?」
「決まってるよ! 俺はメチャクチャ強えぇから、すぐにこの軍の将軍になってやるぜ。それで軍を率いて『デアルマジード』を倒すんだ。お前、『デアルマジード』って知ってるか?」
ナユタが俺に尋ねる。
デアルマジード。
もちろん知っている。
ダルタ人を含む南方異民族の全軍最高司令官、通称「熱砂の顎」
南方地域歴代最強と名高いダルタ人の大将軍だ。
戦闘能力は高いが粗暴なものが多いダルタ人にして、どこで習ったのか抜群の戦術眼と圧倒的な知識を有し、バルナシア魔王軍やメアリ教国軍の智将・名将のたぐいを数えきれないほど葬ってきた。
さらに個人の戦闘能力も桁外れで、一騎打ちで彼とまともに戦える人物など、世界で数人しかいないだろう。
知力・武力ともにアークランド大陸における「最強の将」の一角であることは間違いない。
しかし目の前の少年は、エルトリア軍の将校となってその「デアルマジード」を倒すのが目標だといっている。
さてどうしたものか……。
あまりにも突拍子な話過ぎるが、恐らく嘘は言っていない。
彼の表情を見ればわかる(というか、流石に嘘をつくならもう少しましな嘘をつくだろう)
この様子では断ってみたところで引き下がってはくれそうにない。
捕虜としてつないでおくのも兵に被害が出て危なっかしい。
とはいえ、彼を釈放してみたところで行く当てもなし。
うーむ、困った。
「なぁオイ、いいだろ? 俺ほんとに強いんだぜ! 何ならお前と一騎打ちして証明してやってもいいぜ!」
ナユタが自信たっぷりに言う。
「このガキ、言わせておけば図に乗りやがって!」
小隊長のダイルンがついに怒り出す。
だが……。
俺はチラリと倒れている兵たちを見る。
気絶しているだけだが、両手両足を鎖でつながれた状態で、大の大人が(しかも新兵とはいえ一応軍人が)30人以上もノックアウトされたのだ。
いくらダルタ人でも、そんな芸当ができる人物はそうそういない。
「いいよ、ナユタ。俺と一騎打ちで勝負しよう。もし君が勝ったら軍に入れてあげるよ。ただし負けたら素直に牢屋に入ってるんだぜ」
「やったぁ! そう来なくちゃ!」
こうして、魔王対クソガキの一騎打ちが開催されることとなった。