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第10話 バーク街道の戦い③

 7月6日早朝。

 雨は夜のうちに上がったようで、両軍は夜明けとともに布陣を開始した。


 ムンドゥール軍は前列に奴隷歩兵400。後列に騎兵300を展開させている。


 対するエルトリア軍は前列に重装歩兵500。後列に軽装歩兵500を配備している。


 そう、昨晩ルナリエが率いて出撃したはずの軽装歩兵500が何事もなかったかのように後列に布陣しているのだ。


 実は、これがアレクが設けた策の一つなのである。


 彼は数日前から近くのブリーム村を始めとする村落から男たちを雇い、それを今「ダミー歩兵」として布陣させているのだ。


 彼らに戦闘能力はなく、後列で旗や槍を持ち「歩兵のふり」をするのが仕事だ。

 万が一敵が迫ってきたら一目散に逃げても良いという契約になっている。


 つまり、目の前にいるエルトリア軍のうち軽装歩兵500は、「数が減っている」と敵に怪しまれないためのニセの軍隊なのだ。


 そうとは知らないムンドゥール軍は、これを見て「敵に策の気配なし」と判断し、正面突撃の準備に入ってしまった。





 第4歴1298年7月6日。

 日の出の太陽が平原を紅く染めたのを合図に、ついに開戦の火ぶたが切られた。


 初動、まず動いたのはムンドゥール軍前衛の奴隷歩兵400だ。


 彼らは奇声を上げながら、横陣を敷くエルトリア軍重装歩兵500にむけて突撃を開始した。


 使い捨ての奴隷歩兵を突撃させ、敵陣に「ゆらぎ」が生じたところに切り札の騎兵隊をぶちかまして中央突破する。ダルタ人をはじめとする南方異民族たちの得意戦術の一つだ。


 これに対し、エルトリア軍は密集陣形をとり、長槍を隙間なく並べて槍衾(やりぶすま)を組んで敵の突撃に備える。


 第一陣が接触。


 最前列の奴隷歩兵が串刺しになるが、後列は全くひるむ様子もなく前の屍を乗り越えて突撃してくる。


 早くも突破されるか? と思われたがここからエルトリア軍が予想外の粘りを見せる。


 彼らは新兵とは思えないほど我慢強く敵の攻撃に耐え、横陣はいまだに揺らぐ気配すら見せていない。


「何をしている!?」

 騎兵隊長のスーチャダイが怒りの声を上げる。


 彼らは気づいていなかったのだが、実はここにも昨晩アレクが施した「策」があったのだ。


 昨晩、雨が降り始めたのを確認したアレクは、急遽ブリーム村から農具をかき集め、戦場の地面を掘り返したのだ。


 場所はちょうど奴隷歩兵が突撃しているあたり。

 ここの地面は昨日雨が降り、しかも掘り返されたので、非常にぬかるんでいたのだ。


 もちろん昨晩雨が降りだしたため突如考案された急ごしらえのものであり、ほんのわずかに敵の足を緩める程度の効果しかない代物である。


 狙ってやるような策でもない。


 とはいえ新兵ばかりのエルトリア軍歩兵の勝率を少しでも上げるためには役に立ったようだ。


 ぬかるみで速力を落とした歩兵軍なら、新兵隊でもなんとか止められる。


「スーチャダイよ。あとで奴隷歩兵の隊長の首を刎ねよ。騎兵隊、全騎突撃準備」

「ハッ。ホアン将軍!」


 予想以上にもたついている奴隷歩兵にじれたホアン将軍がここで愚断を下す。

 敵横陣に「ゆらぎ」ができるのを待たずに騎兵隊を突撃させてしまったのだ。


 ゆらぎなぞなくとも、1騎10殺の破壊力を持つ騎兵隊を突撃させれば、すぐに片が付く。彼はそう考えたのだ。


 彼のこの考えは間違っていなかった。




「あの男」さえ敵にいなければ……。




「アレク隊長、敵騎兵全騎、突撃してきます!」

 本陣天幕にて兵の報告を受けたアレクは、ゆっくりと立ち上がると、武器も持たずに歩き出した。


 彼は自軍の重装歩兵隊の中を通り抜け、狂ったように突撃を繰り返す敵の奴隷歩兵を吹き飛ばしながら、一人で最前線に出る。


 目の前には、騎兵隊の先頭集団が、今、まさにこちらに向けて全速力で突撃してくる様子が見える。


「行くぞ」


 彼は深く息を吸い込むと、ゆっくりと魔力を収束する。


「死ねぇぇえええええ!!」

 先頭の騎兵が大声を上げながら、曲刀でアレクを狙う。




「ミラーシールド」


 彼の詠唱とともに、突如巨大な「魔力の盾」が展開する。

 

「なっ!?」

 先頭の騎兵が驚いて目を見開くが、勢いに乗った馬の突進はもう止まらない。


 騎兵隊は全速力で魔力の盾に突っ込み、まるで岩に砕ける波のごとく、散々に粉砕されていく。


 そこに後列の騎兵がまた次から次へと突撃してくるのだ。


 ミラーシールドに激突して首の骨を折る者。後ろからの騎兵に挟まれて圧死するもの。

 騎兵隊は一瞬で大混乱に陥ってしまった。


「何事だ!?」

 最後列にいたホアン将軍が前線の異常に気付いたようだ。


 後続部隊の足も完全に止まり、騎兵隊は街道のど真ん中で棒立ちになってしまった。


 いまだ!!!


 アレクは魔法で信号弾を発射する。


 よく晴れた空に、赤い信号弾が高く打ちあがっていく。






「合図だ。行くわよ!」

 信号弾を確認したルナリエが、配下の軽装歩兵500に指示を出す。


 彼女らは突如、ムンドゥール軍の真後ろに躍り出ると、大量の矢の雨を敵にお見舞いし始めた。


「何!?」

 突然の背後からの攻撃にパニックに陥るムンドゥール軍。


 軽装歩兵隊は素早く敵の後ろと両翼を包囲する。


 前列にはアレクが展開した魔法の盾。

 完全包囲の完成だ。


 これこそが、最大にして必殺の「アレクの秘策」であった。


 軽装歩兵500は、夜のうちに「黒森」を抜けてムンドゥール軍の背後を取っていたのだ。


 森の中に放たれた敵の斥候隊に見つからないように、西に大きく迂回しながら敵の背後を取る。しかも雨の降る夜にだ。


 通常の軍隊であれば絶対に不可能なこの作戦を、アレク率いる新生エルトリア軍は見事にやってのけた。


 なぜか?


 アレクは以前から基礎体力作りのため、歩兵隊にありとあらゆる地形を走破させていたが、実はこれにはもう一つ狙いがあったのだ。


 それは「地形を覚える」ことである。


 歩兵隊は平地ばかりを走っていたわけではない。エルトリア王国内のありとあらゆる山や川や森を何度も何度も走り回って訓練を行っていたのだ。


 おかげで彼らは「国内の主だった地形」をすべて頭に叩き込むことができた。


 例えば、彼らは南部を流れるパノラマ河の歩いて渡れる場所・泳いで渡れる場所・流れが急で絶対に渡れない場所を知っているし、北部デメトール山岳地帯の走って通れる道・馬を連れて通れる道・崖をよじ登って通れる道を熟知している。


 当然、バーク街道沿いに広がる「黒森」も何度も走りこんでいるため、どこをどう抜けたら最速で森を抜けられるのか十分に熟知している。


 更に最初に斥候隊を繰り出したときも、半数は当初から「黒森」に向けられており、彼らが事前に軽装歩兵が通れるように道を作っていたのだ。


 むろんアレクは、敵・味方両軍の行軍速度を計算し、最初から7月5日の夕方ごろに黒森の東で敵とぶつかるように調整しながら進軍していたのだ。


 こうして、通常なら森を抜けるのに2日はかかるだろうというころを、わずか一晩で突破して敵の背後を取るという離れ業を見事にやってのけたのだ。


「お、おのれぇ!」

 激昂したホアン将軍が力技で包囲を突破しようと試みるが、最早手遅れだ。


 包囲され足の止まった騎兵はなんの役にも立たない。まだ奴隷歩兵がいるが、足元がぬかるみ思うように動けない。


 新兵とは言えエルトリア軍は敵を完全包囲し、士気も最高潮だ。おまけに魔王アレクと四天王ルナが圧倒的な戦闘力で敵を次々となぎ倒していく。





 こうして、ムンドゥール軍700 VS エルトリア軍1000で始まった「バーク街道の戦い」は開戦からわずか半日で終結した。


 結果は……。


 エルトリア軍

 死者・行方不明者約200名。

 戦死将校無し。


 ムンドゥール軍

 死者・行方不明者400名。捕虜200名。

 騎兵隊長スーチャダイ、騎兵隊第一陣突撃の際戦死。

 大将ホアン将軍、追い詰められ降伏を迫られるも自害。


 当初の予想を大きく裏切り、エルトリア軍の大勝利で幕を閉じたのであった。


 兵科(ユニット)紹介②


 異民族騎兵隊


 ダルタ人をはじめとする南方異民族地域で広く運用される兵科。馬に騎乗し、弓や曲刀を装備し、革製の軽い盾や鎧で武装する。中央六国で運用される鉄製の盾や鎖帷子(くさりかたびら)で完全武装した「重装騎馬隊」に比べ、防御力や突撃力では劣る反面、機動力や射程距離では圧倒的に優れている。敵の射程外から矢を打ち込み、ヒットアンドアウェイを繰り返す戦法や、密集隊形で敵の横陣を中央分断する戦法など、取れる戦術の幅も広い。


 特に「ダルタ人本隊」の騎兵隊は別格で、その強さは最早「災害レベル」


 これは彼らの高い身体能力と、「砂漠の馬」と呼ばれる大陸最高品種の馬によるところが大きく、他地域の軍がおいそれと真似できるものではない。


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