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第115話 魔王様、条約交渉を行う②

「メアリ教国のサラザール卿は、シルヴィとアレク殿を引き渡せば、ケルン公国の安全保障と経済支援を約束している。失礼ながら、これほどの条件は、エルトリア王国には出せないだろう?」


 ゼファール大公が鋭い視線でこちらを見つめる。


「さぁ、これに対して、エルトリア王国は一体どんな条件を出すつもりかな?」


「……」


 確かに、エルトリア王国は、軍事面でも経済面でも、メアリ教国よりもはるかに小さい。


 単純な「数値面」での条件については、メアリ教国に及ぶべくもない。


 しかし、


「我々エルトリア王国は、メアリ教国とは全く異なる利点を、ゼファール大公にご提案できます」


「それは何かな?」


「自由と自治、そして理想です」


「……」


 俺の言葉に、ゼファール大公は何も答えないが、その眼が、興味深そうに光る。


 反応は、悪くない。


「メアリ教国の提案は、一見すると非常に良いものに思えますが、結局のところ、ケルン公国に隷属を強いるものでしかありません」


「どういうことかな?」


「つまり、安全保障というのは、メアリ教国の軍隊に守ってもらうということです。ケルン公国の軍が強化されるわけではないので、今後、今回とはまた別の危機が訪れた際には、メアリ教国に頭を下げて、守ってもらう必要があるということです」


「……」


「経済支援というのも、要は、経済補助という名の一時金のバラマキに過ぎません。ケルン公国は一瞬潤うかもしれませんが、貴国の産業を発展させることには、何ら寄与するものではありません」


「失礼ながら、メアリ教国の提案は、カネと安全でケルン公国を買ってやろうという、極めて無礼なものであり、貴国を見下しているものであるように思えてなりません」


「むぅ……」


 ドグラ将軍が唸り声をあげる。


 彼は、メアリ教国がケルン公国をどう見ているのか、先の神聖十字軍でのサラザール卿の仕打ちから、十分に思い知っているのだ。


「……。なるほど。確かに、アレク殿の言っていることは、ケルン公国にとっては不名誉なことだが、事実だろう。間違っていない」


 ゼファール大公が同意する。


「しかし、それに対して、エルトリア王国は一体どんな条件を出してくれるのかな?」


「シルヴィ」


「は、ハイ!」


 俺の問いかけに、シルヴィが条件を説明する。


「まず、エルトリア王国は、ケルン公国に対して、対等な立場での同盟を提案します」


「具体的には?」


「内政については、一切干渉しません。ケルン公国の国政は、これまで通り、ケルン公国議会の意思決定により運用されることとなります」


「つまり、魔王アレク殿がケルン公国を支配するつもりはないということかな」


「その通りです」


「『軍部』については、ケルン=エルトリアの連合軍として、指揮命令系統を統一します。連合軍の設立目的は、魔王国、ダルタ人勢力圏などの外部勢力からの、同盟領の防衛および両国民の身体、精神、財産の安全を守ることにあります」


「同盟軍は、地上防衛部隊と海上防衛部隊からなり、地上部隊の総司令官は我が国のアレク将軍が、海上部隊の総司令官は、ケルン公国のドグラ将軍にお願いしたく存じます」


「ドグラ将軍、いかがかな?」


 ゼファール大公の問いかけに、ドグラ将軍が頷く。


「軍隊において、指揮命令系統は統一するのが鉄則です。連合軍を設立するのであれば、指揮系統を統一するのは絶対に必要な措置です」


「アレク殿が地上部隊の総司令官として、ケルン、エルトリア両国の国防を担ってくれるというのであれば、我々としてもありがたい話でありますな。我が国の地上部隊の戦力というのは、正直なところ、それほど強力ではありませんので」


「逆に、我々エルトリア王国としては、鉄壁のケルン公国海軍に海上防衛を担っていただければ、安心して地上の防衛に専念できるというわけです」


 俺の言葉に、ドグラ将軍が力強く頷く。


「なるほど、強力なエルトリア軍に地上防衛をお願いし、我がケルン公国海軍は、得意の海上防衛に専念するというわけか。確かに効率的だね」


「それから、経済的な協力についても、さらに一段階推し進めていきたいと考えています」


 シルヴィが話を続ける。


「ケルン公国とエルトリア王国は、既に交易に関する条約を締結しております」


 ※40話参照。


「あぁ、おかげさまで、我が国の漁業関係者も大いに喜んでいるよ」


 交渉が始まってから、初めてゼファール大公が笑顔を見せる。


「輸出入の自由化品目の拡大。両国民の国境間の移動の自由。両国民の各種ギルドへの加入条件の緩和など、具体的なリストはこちらのとおりです」


「どれどれ?」


 シルヴィが差し出したリストを、ゼファール大公が食い入るように見つめる。


「うん、悪くない条件だ」


「ゼファール大公」


 俺が最後の一押しに入る。


「このまま、メアリ教国の傘下に収まっていても、失礼ながら、ケルン公国に未来はないものと思われます。今は、私とシルヴィの首を差し出せば、ケルン公国は生きながらえることができるかもしれません。しかし、加速する乱世は、いずれ必ずやケルン公国を飲み込むでしょう。その時に、メアリ教国が守ってくれる保証はどこにもありません。国を守るには、自ら力をつけて、自らで守るしかありません。どうか、ご決断を」


「……」


 俺の言葉に、ゼファール大公が考え込むように沈黙している。


 緊張の時間が流れる。


 それは、実際にはわずかな時間であったが、俺とシルヴィにとっては、悠久のものに思われた。


 やがて、ゼファール大公が口を開く。


「ドグラ将軍」


「ハッ!」


「会場の外に控えている衛兵を下がらせよ」


 俺とシルヴィを捕らえるために控えていた衛兵を下がらせた。


 と、いうことは……。


「君たちが、ケルン公国を植民地のごとく考えているわけではなく、対等なパートナーとして見てくれていることが良く分かった。我々ケルン公国は、全面的に、エルトリア王国の提案に賛同させていただくよ」


「ゼファール大公!」


 シルヴィが嬉しそうな声を上げる。


「いや、すまなかった」


 ゼファール大公が、深々と頭を下げる。


「君たちを試すような真似をした。許してくれ」


「ゼファール大公は、初めからサラザール卿の『小僧』のことなど信用していなかったのだ」


 ドグラ将軍が説明する。


「だが、ケルン公国の議会である『貴族院』では、メアリ教国の提案に賛同する意見が多かったのだ。議会は紛糾したが、最終的には、メアリ教国案が採用される予定だったのだ」


「!?」


「それを、ゼファール大公が、『強制決定権』を行使して、エルトリア王国との同盟を結ぶことを推進されたのだ」


 確か、ケルン公国大公の「強制決定権」は、よほどのことがない限り使うことができない、まさに「伝家の宝刀」の権限であったはずだ。※36話参照。


「私も、初めて『強制決定権』を行使したが、まぁ、これが最初で最後だろうね」


 ゼファール大公が苦笑する。


「だが、議会の意向を覆してまで、エルトリア王国との同盟を結ぶことにしたのだ。得る鳥王国が信頼に足ることを、ゼファール大公は証明する必要があったのだ」


 ドグラ将軍が補足する。


「そうだったんですか」


 シルヴィがホッとしたように呟く。


 つまり、先ほどのゼファール大公のあの態度は、「演技」だったというわけだ。


「さぁ、それじゃあ、書類にサインしようか。この後はどうする? よかったら夕食でも食べていかないかい?」


 ゼファール大公は、先ほどまでの厳しい態度が嘘のように、いつもの好意的な親戚のおじさんというような温和な様子に戻っていた。


 こうして、ケルン公国との軍事同盟は、無事に成立したのである。






だが、


 同じころ、ケルン公国王都ポルト・ディエットの一角では……。


「フン、ゼファールの青二才め、『強制決定権』を行使するなど、貴族院の意向をなんと心得るか」


「魔王と同盟を結ぶなど、正気の沙汰ではないわ!」


「しかし、ドグラ将軍はじめ、軍部の連中も魔王との同盟を押しているぞ。我々が反対したところで……」


 薄暗いサロンの一室で、貴族院の一部の議員たちが、恨めしそうに息巻いているのであった。


「こうなれば、我々も覚悟を決めねばなりませんな」


 その中でも一際若いとある人物が、決意のこもった眼差しで、貴族たちを見渡すのであった。


「何かいい手があるのかな? ドグラJrどの?」


「Jrはやめてください!」


 やや大きな声で、青年は否定する。何やらコンプレックスがあるようだ。


「俺はオヤジのようになりたくないんです」


「……。失礼、レナート=ドグラ殿、それで、何かいい手があるのか?」


 ドグラJr、もとい、レナート=ドグラは、声をひそめて、次のような提案をするのであった。


「クーデターを決行します。ゼファール大公と、オヤジ、いや、ドグラ将軍を処刑し、我々貴族院が実権を握るのです。そのまま返す刀で、油断しきったエルトリア王国を制圧し、メアリ教国への忠誠を示すのです」


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