第114話 魔王様、条約交渉を行う①
アルドニア王国。エルトリア王国との国境地帯周辺。
「ハァ!」
ダルタ人傘下の騎兵部族隊約2000騎が、エルトリア王国を狙っていた。
(ダルタ人勢力圏には、生粋のダルタ人のみで構成される「本隊」の他に、彼らに従属する多数の少数民族部隊や、奴隷兵士の部隊が存在する)
ダルタ人の「本隊」は、アレクの予想通り、アルドニア王国王都クレムドールを目指して進軍していたが、下部組織の別動隊は、周辺の村や町に、散発的に略奪に出ることがあるようだ。
「『本隊』ばかりに手柄を立てさせるな! 俺たちも武勲を挙げて、のし上がるぞ!」
「この先にある、エルトリア王国というのは、中央六国一の弱小国家らしいぞ。俺たちだけで楽勝だ!」
彼らは雄たけびを上げ、エルトリア王国まであと半日という距離まで接近していた。
その時。
「オイ、何だあれは?」
騎兵の一人が、遠くの空を見渡す。
良く晴れ渡った青空の遥か彼方に、黒い豆粒のようなものが無数に見える。
やがてそれは、どんどんと大きくなり、遂には騎兵隊員たちにも、その正体が分かる。
「魔王国の飛竜騎士団だ!!!」「そ、そんなバカな!? なんでこんなところに……」
それは、四天王ルナリエ=クランクハイド率いる精鋭飛竜部隊500騎であった。
「右翼100騎! 敵の前方に出て進路を塞ぎなさい!」
「ハッ!」
「左翼100騎は敵後方に旋回して退路を塞いで!」
「了解しました!」
「残りは敵が包囲され、立ち往生したところに、上空から急降下してファイアブレスを浴びせかけて敵をせん滅するわ。クロエ、いい!?」
「ハイ、ルナリエお嬢様!」
上空から高速で襲い掛かる飛竜に前後を抑えられ、騎兵隊の足が止まったところに、ルナリエ直下の300騎が急降下しながら一気に襲い掛かる。
勝敗は一瞬で決した。
「お見事でした。ルナリエお嬢様」
戦闘が終わり、飛竜部隊が地上に降り立ち、一息ついたところで、クロエがルナに話しかける。
「それにしても、久々にルナリエお嬢様の戦場での勇姿を拝見させていただきまして、クロエは感激です。あぁ、先ほどの凛々しいお姿をクロエは脳裏に焼き付けましたので今晩のおかずに……」
「何気持ち悪いこと言ってんのあんたは!?」
ルナはクロエをピシャリと叱りつける。
「それにしても、奴ら逃げようとしませんでしたね。普通、飛竜に上空から包囲されれば、敵わないと悟ってすぐに逃げ出すはずですが……」
クロエは、今や焼死体と化した敵の騎兵隊を見やる。
「彼らは逃げることを許されていないからよ」
ルナが答える。
「ダルタ人に隷属する周辺民族たちは、『勝つ』か『死ぬ』かしか選択肢が用意されていないの。彼らはもし逃げ帰ったりしたら、ダルタ人に生きたまま目玉をくり抜かれてしまうそうよ」
「ひぇ~」
「だからこっちも手を抜いちゃダメよ。彼らは追い詰められても、決して逃げることなく、死に物狂いで反撃してくるから、思わぬ損害を受ける可能性もあるわ」
数に限りのある貴重な飛竜騎士団を、こんなところで失うわけにはいかないのだ。
「ハイ、ルナリエお嬢様!」
どうやらこちらは上手く片付いたようだ。
今後も散発的な襲撃はあるだろうが、大部隊がエルトリア王国に攻め寄せてくる可能性は低そうだ。
ルナは、今頃アレクが出向いているであろう、南東方面の空を、ケルン公国の方角を見ながらそう考えるのであった。
―― 同時刻。ケルン公国、バーテンの街。
エルトリア王国との国境にほど近い、交易都市だ。(※第17話参照)
普段は喧騒がにぎやかな小汚い街だが、今は異常なほどの衛兵が街中を警備し、緊張感に包まれている。
それもそのはず、これからこの街で、ケルン公国国家元首のゼファール大公と、エルトリア王国国家元首のシルヴィア王女の公式会談および安全保障に関する条約交渉が行われる予定だからである。
街で一番の大富豪の屋敷を借り切って、ここがそのまま交渉の会場となるのだ。
ケルン公国に、メアリ教国を裏切って、エルトリア王国についてくれと頼むのだ。
否が応でも緊張感が走る。
やがて、
ガチャリ。
「やぁ、シルヴィ、と、アレク殿だね。久しぶり」
ケルン公国のゼファール大公と、ドグラ将軍が入室する。
「まさかあなたが『魔王』だったとは、それじゃ私は、魔王様とバルで飲み明かした(※第39話参照)最初のケルン公国の代表ということになるのかな?」
ゼファール大公が冗談を言うが、目は油断なくこちらを見据えている。
当然だ。
国家の存亡をかけた重要な交渉なのだから。
むしろ、このような場で冗談を差し挟むその胆力に関心すら覚える。
やはりゼファール大公は、非凡な政治家である。
「正体を明かさなかった無礼を、お許しください」
俺は頭を下げる。
「いやいや、気にしていないよ。流石に、あの時に正体を明かされても、こちらも信じるはずがなかったしね」
ゼファール大公はそういって受け流す。
「……。さて、本題に入ろうか」
「先の神聖十字軍での、アレク殿、いや、魔王殿の活躍は、ドグラ将軍から報告を受けている」
「ドグラ将軍は、アレク殿のことを、『信頼に足る男だ』と評している」
しかし、と、ここでゼファール大公は一息入れる。
「だがケルン公国の世論は、必ずしも『追放された魔王』を支持していない。ケルン公国は、魔王国と国境を接しているから、魔族の『恐ろしさ』も十分に分かっている」
ゼファール大公は俺の眼をしっかりと見据える。
「我々には2つの選択肢がある」
「1つはエルトリア王国と軍事同盟を結び、魔王国やダルタ人の脅威に対して自衛する道」
「もう1つは、従来通り、メアリ教国に護ってもらう道だ」
「しかし、メアリ教国は……」
シルヴィが口を挟むが、ゼファール大公がそれを制する。
「メアリ教国の五聖将、サラザール卿から私宛に信書が届いているのだ」
ゼファール大公が手の内を明かす。
「シルヴィを生きたまま引き渡すこと。そしてアレク殿を討ち取り、その首をメアリ教国へ送り届けること。この二つを約束すれば、ケルン公国との安全保障条約を締結すると」
彼はそう言って手紙を机の上に放り投げる。
サラザール卿の信書には、ケルン公国にとって「破格」ともいえるほどの好待遇の条件一覧が付されていた。
まさか、サラザール卿が、そこまでして俺とシルヴィの引き渡しを望むとは、思ってもみなかった。
ハッ!
どうやら、この議場を、いつの間にか武装したケルン公国の兵士に取り囲まれてしまったようだ。
「私は、この条件を飲むつもりだ」
ゼファール大公は冷酷な目でこちらを見据える。
「だが、アレク殿には、ドグラ将軍をはじめ、我が軍の兵士を救ってもらった『借り』がある」
「ゆえに、エルトリア王国の出す条件について、話だけは聞いておこうと思ってね」
無論、エルトリア王国はメアリ教国とは比べ物にならないぐらい小さな国だ。
サラザール卿のような条件など、出せるはずがない。
だが、俺は……。
「分かりました。ゼファール大公に、エルトリア王国を選んでいただけるように、今からお話いたします」
そう言って、語り始めるのであった。