第113話 魔王様、謀略を施す②
「ケルン公国を狙う!?」
アレクの言葉に、議場は騒然となる。
「失礼、少々語弊がありました。正確には、ケルン公国をメアリ教国の属国から引き剥がして、我々の味方にする、という意味です」
アレクはそう言って、説明を続ける。
「今回、アルドニア王国にダルタ人が侵攻しました。宗主国のメアリ教国は、アルドニアの王都クレムドールを救援すべく、軍を中央六国中央部に侵攻させるでしょう。これが何を意味するか分かりますか?」
「メアリ教国は、他の中央六国を救援する余裕が無くなることを意味します」
シルヴィが即答する。流石だ。
「しかし、メアリ教国がアルドニア領内でダルタ人を抑えているなら、他の中央六国は安全なのでは……?」
モントロス伯が汗を拭きながら質問を投げかける。
「いいえ」
アレクが即座に否定する。
「メアリ教国&アルドニア王国 VS ダルタ人。この隙をついて、中央六国に次の勢力が参戦します」
「そ、それは一体?」
「魔王国です」
「!?」
三度、議場を激震が駆け巡る。
「メアリ教国がダルタ人にかかずらっている間に、魔王国が大軍を率いて、東から中央六国になだれ込んでくる可能性が高いです」
「し、しかし、魔王軍も先の『神聖十字軍』を乗り切ったばかりで、大軍を動かす余裕など……」
「いえ、大損害を被った我々神聖十字軍と違い、魔王軍は大した被害を出していません。おまけに、神聖十字軍は『フロルの虐殺』で多数の民間人を殺してしまいました。魔王国の世論も、中央六国に復讐することに賛成なはずです」
「……」
「もし、魔王軍が中央六国に攻め込めば、まず最初に犠牲になるのは、中央六国東部に位置する、ケルン公国とタイネーブ騎士団領です」
「そうならないためにも、エルトリア王国は、ケルン公国とタイネーブ騎士団領と、強固な軍事同盟を確立する必要があります。まずは、以前から貿易協定があり、比較的友好的なケルン公国を懐柔するのです」
「な、なるほど……」
平時であれば、「魔王」のいるエルトリア王国と軍事同盟を結ぶことは、宗主国メアリ教国に対する明確な敵対行為であるため、どの国も拒絶するであろう。
ところが、メアリ教国とダルタ人が激闘を繰り広げており、その隙に魔王国が侵攻してくれば、各国は魔王国に滅ぼされる運命を享受するか、「もう一つの魔王国」となったエルトリア王国と軍事同盟を締結して生き延びるかしか選択肢がないのだ。
アレクの策というのは、今回のダルタ人の襲撃を利用して、まずケルン公国を、次いでタイネーブ騎士団領を、エルトリア王国と軍事同盟を結ばざるを得ない状況に持ち込むことである。
「む、むぅ」
貴族たちはまだ何か言いたそうであったが、まさに次の瞬間にもたらされた報告に、心を決めたようである。
「ケルン公国、ゼファール大公より、シルヴィア様宛に信書が届いております。至急、会談の場を設けていただきたいとのことです」
「!?」
どうやら、聡明なるゼファール大公も、我々と同じことを考えていたようだ。
向こうから先に会談の要請を申し入れてきた。
こうして、急遽、ケルン公国との軍事同盟締結に向けて、実務レベルでの準備が進められることとなった。
会議はいったん解散し、先方との日程調整、締結する条約の内容に関する検討に入ることとなった。
―― 「フム、『同盟』か……。しかし、同盟はいずれ裏切られるかもしれんぞ。いっそのこと、ケルン公国とタイネーブ騎士団領を攻め滅ぼしてしまった方が手っ取り早いのではないか?」
会議終了後、俺がエルトリア城のバルコニーで一息入れていると、デッタちゃんが現れて、幼い顔に似合わず物騒な発言をする。
「確かにそうかもしれない。でも、それじゃあ、『魔王国』や、『ダルタ人』と一緒だ。意味がないよ」
「まぁ、お主ならそういうと思ったけどな」
デッタちゃんはそう呟く。
「……。やっぱり、甘いと思うかい?」
「あぁ、『甘い』と思うぞ」
デッタちゃんはバッサリと切り捨てるように言う。
だが……。
「お主は確かに『甘い』。しかし、『愚か』ではない。それは愚か者のロドムスより遥かにいいことだ」
「……。そうか、そうかもな」
「魔王は強ければいいというものではない。かつて、歴代魔王でお主より遥かに強力だった者たちも、結局『世界統一』という悲願を成し遂げた者はいないのだ」
そこまで言って、デッタちゃんはニヤリと笑う。
「妾はお主のその『甘さ』に惚れて、お主の『ぱーとなー』になったのじゃ。ゆめゆめ、妾を失望させるでないぞ」
「あ、あぁ、うん、そうだね」
本気なのかからかっているのか、返答に困る物言いだ。
「まぁ、お主はお主のやりたいようにやればいい。皆、ちゃんとついていくからな」
「あぁ!」
今度は彼女の言葉にしっかりと頷き、俺は決意を新たにするのであった。