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第111話 魔王様、亡命者を受け入れる②

 4月14日。


 魔王国からの亡命者は、実際のところ、現時点ではそれほど大した数にはなっていない。


 というのも、そもそもエルトリア王国と魔王国の間にかなりの距離があること。魔王軍が国境の警備を強化したことにより、飛行能力を持つ魔族や、岩山をよじ登れる腕力を持つ魔族しか、国外に脱出できないことが要因である。


 これは、非情に酷な言い方かもしれないが、アレクやエルトリア王国にとっては、幸運であったということができるかもしれない。


 魔族といっても、強大な戦闘力を持つ者ばかりではない。


 非戦闘員の亡命を大量に受け入れては、国土の狭いエルトリア王国は非常に混乱することになったであろう。


 魔族が大量に流入してきては、他の中央六国やメアリ教国の反感も高まったに違いない。


 今回のことは、結果として、「少数精鋭」の魔族だけがエルトリア王国に亡命を果たすという、同国にとって最も望ましい状況となっている。





 とはいえ、アレクを信じ、彼こそが真の魔王であると慕う者たちを、いつまでも魔王国に取り残しておくことはできない。


 アレク支持者の中には、亡命を試みて魔王軍に捕まり、処刑されてしまうものも出始めたと聞く。


 彼らの亡命を手助けするための方針を、早急に策定しなくてはならない。

(魔王国内部には、「あえて」亡命していない同志がまだ大勢いる。現状は、彼らの助けを借りて、アレク支持者がなるべく迫害されないように手を回してもらう予定だ)




 さて、現在のところ、亡命してきた兵力の内訳はざっとこんなところだ。


 オーク、約2000。人狼、約1500。緑エルフ、約1000。その他、植物系や昆虫系の魔族など雑多な種族が約500。


 そしてなんと、魔王国空軍からは、約4000もの竜騎士が出奔してきてくれた。


 彼ら、彼女らは、四天王であり魔王国空軍の団長でもあるルナを慕って駆けつけてくれたのだ。


 この戦力増大は計り知れないほど大きい。


 ルナを隊長、クロエを副長に据えて、エルトリア王国内に「魔王国空軍」を再編することも夢ではないだろう。




 だが、反対に、マーメイド、ケンタウロスなどの主要な魔族はほとんど亡命してきていない。


 オークも、魔王国で最も数が多い種族ながらも、亡命者の数は異常に少ない。


 これは、ジオルガ・イザベラ・ダンタリオンの3人がロドムスに忠誠を誓っており、自らの「種族」を厳しく統制していることを意味している。






 これで、魔族の亡命戦力が合計9000。


 神聖十字軍の生き残り8000。


 国内防衛のため、神聖十字軍に参加していなかった無傷の第1軍と第5軍4000。


 合計で2万1千の「新エルトリア軍」が誕生したことになる。


 特に、中央六国のどの国にも存在しない「飛竜部隊」4000を有していることは、自国にとっては極めて有益に、他国にとっては極めて脅威になること間違いない。


 こうして、神聖十字軍の終了後わずか一か月足らずの間に、信じられないほどの速さで、エルトリア軍は「復活」したのである。





 4月22日。深夜。


 コンコンコン。


 執務室のドアがノックされる。


 俺は扉を開ける。


 見れば、シルヴィの姿が目の前にあった。


「やぁ、シルヴィ、どうしたんだい。こんな夜更けに」


「アレク様、あの、えっと、そのですね」


 シルヴィは何ごとかごにょごにょと呟いているが、どうにも要領を得ない。


「うん? とりあえず、中に入りなよ」


 俺は、彼女を室内に案内する。


 ちょこん。


 なぜか、彼女は椅子ではなく、ベッドに腰掛ける。


「そう言えば、今日はちょうどデッタちゃんもいなくてさ」


 ヴァンデッタは、ああ見えて飛竜の長でもある。今日は亡命してきた同胞たちと再会を祝して一杯やっているのだ。恐らく朝まで帰ってはくるまい。


「……。デッタちゃんがいない隙を狙ってやってきました」


「えっ?」


 何か聞こえた気がするが、多分気のせいだ。


「アレク様、どうぞ、私の隣が空いております。お座りください」


 シルヴィはベッドをぽむぽむと手で叩きながら、そんなことをいう。


「あっ、ハイ」


 俺は言われるがままに彼女の隣に腰掛ける。


 お風呂上りなのだろうか、シルヴィからほんのりと甘い香りがして、思わずドキリとしてしまう。


「そ、そう言えば、こんな風に二人きりになるのは久しぶりだね」


「ふふっ、それこそ、アルドニアにいった時以来ですね」


 シルヴィがいたずらっぽく笑う。


 ドキッ。


 思わず心臓が高鳴る。


 アルドニアの最後の晩。


 俺はシルヴィと「初夜」の約束をしたのだ。


 無論、まだ俺は何も成し遂げていないのだから、現時点では、「その資格」はない。


「アレク様ならそう言われると思っていました」


 シルヴィは優しく微笑む。


「私の『初めて』はもうアレク様のものですから心配なさらないでください。私は、その『人生最高の幸せの日』が訪れるのを、毎日楽しみにお待ちいたしております」


「ありがとう、シルヴィ」


 俺は彼女の頭をなでる。


 柔らかい、黄金色の髪のサラサラとした感触が心地よい。


「えへへ、アレク様♪」


 シルヴィは俺に抱き着いてくる。


「今日は、アレク様を独り占めしに来ました」


 国家元首として威厳が出てきた彼女だが、甘える様子は、年相応の女の子そのものだ。


「すーぅ。はぁー。アレク様の匂いだ。ずーっとこうしたかったんです」


 彼女は、俺の胸元に顔を押し付けて深呼吸すると、満足そうに、噛みしめるように呟く。


 思えば、神聖十字軍から帰ってきた後も、戦後処理やら軍隊の再編やらで、彼女とのんびり時間を共有することはできていなかった。



「おいで、シルヴィ。今日は一緒に寝よう。会えなかった間の話を、色々聞かせてくれないか?」


「いいんですか!?」


 いうが早いが、彼女は素早く俺のベッドに潜り込む。


「えっとですね、そういえば、アレク様に教えてもらった、オトウフの料理なんですが……」


「帰ってきてから、まだエルトリア酒を飲んでないなぁ」


「それなら……」


 若い男女は一つの布団の中で、お互いの体温を感じながら、まるで会えなかった時間を取り戻すかのように、遅くまで語り合った。


 そして空が白み始めるころ、しあわせを全身に感じながら、どちらともなく、深い眠りにいざなわれていくのであった。


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