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第109話 魔王様、誓いを立てる②

 約30分後。


 俺とシルヴィとデッタちゃんは、エルトリア城内の中庭を散策していた。


 空は快晴。よく手入れされた庭には色とりどりの花が咲き乱れ、まさに春爛漫といった趣だ。


「ウム、やはり人間界の春は美しいものだ。生命に満ち満ちておる!」


 デッタちゃんも満足そうだ。


 思えば、ロドムスのクーデター以降、前魔王、つまり俺を支持した彼女は、魔王国では相当に肩身が狭い思いをしたであろう。


 最終的には魔王国北方の地の果てに幽閉されていたことを考えるに、このように自然を満喫するのはずいぶんと久しぶりであるに違いない。


「むぉ! クッキーがあるではないか! シルヴィアとやら、中々に気の利く娘じゃな。よし、お茶にしようぞ!」


……。もとい、単に子供っぽいだけなのかもしれない。


 俺たちは中庭にシートを敷き、シルヴィが焼いてくれたクッキーを頬張りながら、しばし、談笑を楽しんだ。


 初対面がアレだったので、当初デッタちゃんのことを警戒していたシルヴィも、どうやらすっかり打ち解けたようだ。


「そういえばアレク様、執務に関して、何かお悩みでしたか?」


 シルヴィが俺に話しかける。


「あぁ、神聖十字軍で喪失した兵力をどうやって補充しようか、いい案が浮かばなくてね」


 俺は素直に彼女に悩みを打ち明ける。


 今は戦争直後ということもあり、どこの国も余裕がないが、準備が整い次第、「魔王」のいるエルトリア王国に対して強硬な態度を示してくることは間違いない。


 その前に、なんとかして軍備を整えなければならない。


 だが、以前のように各国から傭兵を募るのは難しいだろう。


 魔王のいる国に雇われるというのは、メアリ教国に背信すると自ら宣言するようなものだからだ。


 これを成すには、メアリ教国の教えに背いても構わないと、中央六国の人々に認識させる必要がある。


 つまり、中央六国(正確には、エルトリアを除く他の5か国)とメアリ教国の仲を分断する必要がある。


 幸い、先の神聖十字軍の遠征で、「先遣隊」として突撃させられたエルトリア含む4か国の軍は、メアリ教国とサラザール卿に対して、強烈な不信感をいだいている。


 具体的には、ケルン公国・タイネーブ騎士団領・シーレーン皇国・エルトリア王国の4か国だが、なんとかこの4か国で、「同盟」を結ぶことができれば、メアリ教国や魔王国も簡単には手出しができないほどの強力な軍事同盟になるのだが……。


「な、なるほど」


 シルヴィが感心したように呟く。


 だが、


「現状、それを実現するメリットを、他国に示す方法がないんだ」


 俺が問題点を話す。


 つまり、ケルン・タイネーブ・シーレーンの3カ国が、メアリ教国を裏切ってまでエルトリア王国に味方するメリットが存在しないのだ。


 メアリ教国とエルトリア王国では、国土も人口も軍事力も、20倍から30倍近くの差が存在する。


 いくらメアリ教国に不信感を抱いているからといって、これ程軍事力に差があるのだ。


 そう簡単にメアリ教国を捨てて、エルトリア王国についてくれる国があるとは思えない。


「フム、ならばまずは、エルトリアが軍事力をつけることじゃな」


 デッタちゃんが、クッキーをボリボリと頬張りながら、口を挟む。


「いや、だから、その軍事力をつける方法がないんじゃないか」


 俺が応答する。


「確かにないな。人間界(・・・)にはな」


 デッタちゃんがニヤリと笑う。


「魔王国の『反ロドムス派』を味方につけることじゃ。ロドムスの王位継承は違法なものであって、現在でもお主が正当な魔王であると世界に向けて発信するのじゃ」


「確かに、ロドムスに不満を持っている者は魔王国にも大勢いる。彼らはエルトリア王国に馳せ参じてくれる可能性が高い。だが、そんなことをしたら……」


「あぁ、ロドムス派はブチ切れるだろうな。エルトリア王国に宣戦布告をしてくるかもしれん」


「まさか……」


 俺は彼女の顔を見る。幼い見た目でも、そこは太古の魔族。えげつないことを考える。


「ウム、魔王国がエルトリア王国に宣戦布告したところで、両国は地続き(・・・)ではない。魔王国がエルトリア王国に攻め入るには、一旦タイネーブ騎士団領かケルン公国を攻め落として通過するしかない」


「しかし、中央六国に魔王国が侵攻してくれば、流石のメアリ教国とて、動かざるを得ないだろう。結果、敵であるはずのメアリ教国に守ってもらいながら、エルトリアは私腹を肥やすことができるというわけじゃ」


「でもそれは、タイネーブ騎士団領やケルン公国に多大な犠牲を強いる道では……」


 シルヴィが質問する。


「その通り」


 悪びれる様子もなく、デッタちゃんは即答する。


「しかし、このまま手をこまねいていては、エルトリア王国は、メアリ教国にも魔王国にも狙われることになろう。そうなっては、この国は必ず亡びる。時間が経てば経つほど不利じゃ」


「ならば、こちらから先手を打つしかない。どのみち、先の神聖十字軍の大損害で、世界のパワーバランスは崩れたのじゃ。遅かれ早かれ、どこかの国が必ず仕掛ける」


「どうせ戦争になるのなら、こちらから仕掛けて主導権を握るしかない。『守る』戦いばかりでは、国は『護る』ことはできんぞ」


「……」


 これまでの戦争では、こちらから積極的に「仕掛ける」ことはしてこなかった。


 神聖十字軍に強制参加させられたのを除いては、すべて「守る」戦いであったのだ。


 だが、デッタちゃんの意見を採用することは、要するに謀略を用いて他国に犠牲を強いておいて、自国が漁夫の利を得る策だ。


 俺やシルヴィの理想論からすれば、相容れない見解である。


 だが、彼女の言うように、手をこまねいていては、どんどん状況は不利になるばかりであり、このまま行けば、エルトリア王国は確実に亡びることになるだろう。


 まだ気づいているものは少ないが、時代は変わり「乱世」に突入したのだ。


 平時の価値観や常識論だけでは国は護れない。時には非情な決断もしなければならない。


「……。分かった。ヴァンデッタの意見を採用しよう」


 俺はシルヴィとデッタちゃんの顔を見ながら、そう宣言する。


「その代わり、俺は2つのことを誓約する。1つは、この乱世を統一し、世界を平和にする。魔王国も、メアリ教国も含めてだ。それが乱世を仕掛けるものの、せめてもの義務だ」


「もう一つは、俺がくたばるときは、安らかに死なせてもらうつもりはない。『闇王』の冥府送りになっても構わない。多くの犠牲を強いるものの、せめてもの贖罪だ」


「……。その時は、私も、必ずや、アレク様にお供いたします」


 シルヴィがそう言ってくれるのが、何よりの救いだ。


 俺は隼の剣を取り出し、手首を切って、誓いの血を流す。


 これが後に言う、「魔王の茶会」


 乱世の幕開けであった。


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