第108話 魔王様、誓いを立てる①
4月2日。エルトリア城。
「う~ん」
執務室で、俺は頭を悩ませていた。
「何じゃお主。こんなにいい天気なのに、執務室にこもってうんうんと頭を悩ませおって」
「……」
シルヴィのおかげで、何とかエルトリア王国に残ることができたが、問題は山積みだ。
特に、軍事力の低下は非常に頭の痛い問題だ。
今は小康状態だが、いずれすぐに、サラザール卿率いる神聖メアリ教国の軍勢が、エルトリア王国に侵攻を開始するだろう。
「妾もすっかり怪我が治ったぞ。久しぶりにお外に行きたいのだ」
「……」
その前に、何としても軍を復旧せねばならない。
幸い、俺の留守中に、パメラさんがメルベル牧場の仕事に精力的に取り組んでくれたおかげで、騎馬隊用の「馬」の確保はさほど難しくない。
調教も十分に行き届いており、彼女の仕事ぶりには心から感謝だ。
「なぁ~。暇じゃぁ~。もう部屋の中はうんざりじゃ~。構ってくれんと、お主のベッドの上で暴れてやるぞ~」
「……」
しかし、問題は武器や防具の確保だ。
メアリ教国と半敵対状態となった今、エルトリア王国へ武器を売ることを、他国はためらうだろう。
最悪、エルトリア王国に対して「経済封鎖」の命令が出るかもしれない。その前に……。
「ひ・ま・じゃ・~!!!」
「だーっ! うるさいな!!」
俺はベッドの上でボフンボフンと暴れまわる幼女に、遂に癇癪を破裂させる。
流れる清流のような蒼く長い髪。
深く透き通る碧の瞳。
白いワンピース姿の、見た目は7・8歳ぐらいのこの少女。
何を隠そう、彼女こそ、俺の相棒である飛竜、ヴァンデッタの「人間状態」の姿なのだ。
「創成歴」から何千年、いや、何万年と生きている最古の魔族である彼女は、何故か人間状態になると、このように非常に幼い見た目となってしまうのだ。
いや、見た目だけならまだしも、その傍若無人なふるまいも、まさに幼女のソレだ。
「やめなさい! 枕をズダズタにするな」
「なんじゃ! 妾を子ども扱いしよってからに、噛み付くぞ!」
「いだだだだだ! まんま子どもじゃないか!」
ベッドの上で、取っ組み合いの大ゲンカになってしまった。
その時。
コンコンコン。
ハッ!
「アレク様、執務室にいらっしゃいますか?」
廊下からシルヴィの声が聞こえる。
イカン!
いつか似たようなことがあったが、今回も以前に勝るとも劣らない修羅場だ。
ヴァンデッタのことは、まだシルヴィに紹介していない。
怪我をしていたので、完治してから改めて紹介しようと思っていたのが、完全に裏目に出たようだ。
見知らぬ幼女とベッドの上でくんずほぐれつしている所を見つかったら、王国を追放されなかったといっても、社会的にはおしまいだ!
だが……。
「アレク様、いらっしゃらないのですか?」
ガチャリと、禁断の扉が開かれてしまう。
「あ、」
シルヴィの視線が、ベッドの上の青年と幼女に注がれる。
彼女は、扉を開けたままの姿勢で硬直している。
いや、違うんですシルヴィさん、これはですね……。
「な」
な?
「何やってるんですかー!!」
シルヴィの叫びを聞いた衛兵が何ごとかとアレクの執務室に殺到し、その後ちょっとした騒ぎになったとかならなかったとか……。
「で、こちらの女の子は、どなたなのか、説明して頂けますか?」
シルヴィが俺に尋ねる。
若干怖い気がする……。
「ウム、妾の名はヴァンデッタ! デッタちゃんと呼ぶがよいぞ!!」
ヴァンデッタがドヤ顔で自己紹介をするが、これでは何も伝わるまい。
「えっとね、シルヴィ、彼女は俺の相棒の飛竜で……」
「ようするに、魔王のパートナーというわけだ!」
ヴァンデッタ、もといデッタちゃんが口を差し挟む。
「ぱ、ぱーとなー?」
シルヴィがその意味を確認するように俺の方を見る。
「いや、パートナーというのは」
「つまり魔王がまたがる相手というわけだ!」
「ブフッ!?」
デッタちゃんがとんでもない爆弾発言をする。
いや、実際飛竜として彼女に騎乗するので、間違ってないっちゃ間違ってないのだが……。
「こないだも中々激しい戦いだったのぅ。お主ときたら、槍をしごきながら息を荒くして、妾の上に跨って……」
「な……、な……」
うん、戦場だからね。
槍を手に、息も荒く、ヴァンデッタに騎乗してたのは事実だ。事実なのだが……。
「妾も感じてしまったのぅ。お主ときたら何度も何度も竿を突き立てて……」
※槍で敵をついていることを言っています。筆者注
「何やってるんですかー!!!」
本日2回目のシルヴィの叫びが響き渡る。
何事も無くて良かったと、ようやく持ち場に戻ってひと段落着いた衛兵たちが、再びアレクの執務室目掛けて緊急発進したのはいうまでもない。
「……。というわけなんだよ、シルヴィ」
俺は、デッタちゃんの説明を補足する。
「そ、そうなんですね、よかった」
シルヴィもなんとか納得してくれたようだ。
「なんじゃ、さっき妾が説明してやったではないか!」
デッタちゃんが不満そうにむくれているが、放っておいてよさそうだ。
「それでシルヴィ、どうしたの? 何か用事があったの?」
「あっ、いえ、天気が良いので、少し息抜きにお散歩でもいかがですかと思ったのですが……」
シルヴィがチラリとデッタちゃんの方を見る。
目を輝かせている所を見るに、絶対についてくるつもりだ。
「デッタちゃんも、一緒に来ますか?」
「行く!!」
このはしゃぎようを見るに、とても太古の魔族とは思えない……。
やれやれと思いながらも、俺は出かけるために身支度を整えるのであった。