第106話 熱砂の皇帝と死者の王
第111次神聖十字軍。
「ソレ」の発令以前は、どこの勢力も、今回の遠征に誰も期待などしていなかった。
せいぜいいつも通り、神聖十字軍が魔王国の領土を若干削り取って、追い返されてくるのが「落ち」だろうと思っていたのだ。
だが、終わってみれば、結果は、世界を激震させるものであった。
世界が衝撃を受けた内容は2つ。
1つは、神聖十字軍の歴史的大敗。
今回の神聖十字軍の被害は以下のとおりであった。
戦闘報告
神聖十字軍 兵力44万5千 総大将ジュリアン=サラザール
死者・行方不明者21万9千名。
死者内訳(右の括弧書きは戦争開始前兵力)
メアリ教国8万(20万)
アルドニア王国11万2千(12万)
ユードラント共和国3千(5万)
タイネーブ騎士団領1万(3万)
ケルン公国7千(2万)
シーレーン皇国5千(1万5千)
エルトリア王国2千(1万)
死亡将校一覧
アルドニア王国総大将 ハミルトン大将軍
アルドニア王国副将 ブライス将軍
タイネーブ騎士団領副将 マホイヤ卿
シーレーン皇国副将 大賢者クレイオン
その他、メアリ教国のフロル守備隊長カルボーネ司祭、アルドニア王国の十将クラスなど、
各国の武将クラスにも甚大な被害発生。(エルトリア軍の場合は、第3軍隊長ガロンおよび第4軍
副長のウィルソンが戦死した)
これに対し、魔王国はフロルを壊滅され、8万の市民を虐殺されたものの、軍部にはさしたる被
害がなかったのである。
この報告は、メアリ教国および中央六国各国の首脳部を震え上がらせた。
出陣した約半数近く、20万を超える兵が「帰らぬ人」となったのだ。
この数字が国家の経済・農業・国防に今後与えるであろう影響を考えた時、各国の首脳部はようやく「こと」の重大さに気付いた。
特に、アルドニア王国の被害は群を抜いて甚大であった。
出陣した12万のうち、帰国できたのはわずか8千人。
さらに総司令官・副司令官の両名を失い、同国の「十将」と呼ばれる名将のうち5名を今回の神聖十字軍に参加させ、うち4名を喪失したのである。
同国の大幅な弱体化は、もはや避けられないであろう。
そして、もう一つの衝撃は、「2人の魔王」の出現である。
死亡説もささやかれるようになっていた前魔王が、エルトリア王国という弱小国家に身を寄せていたらしい。
この一報は、瞬く間に世界中を駆け巡った。
しかも、エルトリア王国の国家元首シルヴィアは、魔王を「追放」するどころか、それと知っていて改めて、同国の「宰相」に任命したのである。
これはつまり、エルトリア王国が神聖メアリ教国の「教え」に対して反旗を翻したことを意味する。
各国との関係が悪化するのは、火を見るよりも明らかだ。
こうして、第4歴1300年は、「激動」の時代の幕開けとして、後世に記憶されることとなる。
―― 中央六国から南へ南へ。
砂漠のオアシスに、広大な街が広がっている。
その街の高台に位置する、豪壮な宮殿の一室。
千人を超える美女たちに囲まれた「ある人物」が、その報告を受け取る。
「ハッハッハッ。そうか、『西の民』め、ざまぁないな」
男は杯に並々と注がれた葡萄酒を飲み干す。
ここでいう「西の民」とは、神聖メアリ教国と、中央六国をまとめて指した言葉だ。
彼らにとって、メアリ教国とそれ以外の国の区別など、どうでもいいのだ。
「こいつはいい! またとないチャンスだ!」
男はガバッと立ち上がり、命令を下す。
「ガドガン海峡に展開している部隊を呼び戻せ。東への侵攻は一旦中断だ!」
男の名はマフメド3世。世界最強の戦闘民族、ダルタ人の「皇帝」だ。
自身も筋骨隆々の屈強な戦士であり、酒好き、女好き、戦争好きの、まさに、絵にかいた様な「征服者」であった。
「『西の民』の女の抱き心地はたまらんからな。あの白く柔らかい肌、艶やかな髪……」
マフメド3世は、何かを噛みしめるように思い起こしている。
「すべて、皇帝である俺のモノだ!」
彼はそう独語すると、「最強の将軍」を呼び寄せるように命じるのであった。
「『デアル=マジード』を宮殿に呼び寄せよ! 奴に30万の軍を預ける。『西の民』を征服するのだ!!」
一方、ダルタ人勢力圏から、中央六国をはさんで、北の最果てでは……。
「行方不明となっていた先代魔王の所在が分かりました。我が主よ……」
「……」
ここは闇の国、アモンドゥール帝国。
草木一本生えない荒れ果てた荒野をひたすらに進むと、その都は存在するらしい。
らしい、というのも、死者の国の住人でなければ、その都に、「生きて」到達することはできないといわれているからだ。
死者の都、「シャダール=ククルカン」は「闇王」の統べる街だ。
白一色の美しい街並みだが、どの建物からも、まるで人の気配が感じられない。
それは王宮においても同じであった。
フードの男が跪く先には、「玉座」と、それを取り囲むように「十三の椅子」が並べられている。
誰か座っているようにも見えるが、いずれの椅子からも、物音ひとつしない。
更に、暗い王宮内にあって、玉座の周辺は更に一段と暗く、座っていると思われる人物の顔も形も見えない。
「ハッ、既に死霊使いどもを『南』に向けて放ちました。我が主よ……」
しかし男は、返事のない玉座に向かって報告を続けている。
「ハッ、すべて、仰せのままに」
男は報告を終えて、玉座の間を退出した。
「……」
不気味な暗がりだけが、その部屋には残っていた。