表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/119

第105話 神聖十字軍㉕

 第4歴1300年3月1日。


 神聖十字軍は、ようやくノア山道の「中央六国側」の出口に到着した。


 空は良く晴れ渡り、雪解けの水がキラキラと美しく小川を作り、フクジュソウやフキノトウなどの野草が咲き乱れ、春の訪れを告げている。


 小鳥がさえずり、鹿が野草を食み、生命に溢れた野山は、まさに「平和」そのものだ。


 地獄のような「魔王国」から生還した神聖十字軍の兵たちは、その美しすぎる景色に涙を流し、生きていることのありがたさを全身で実感していた。





「結局、あれは何だったんだろうか?」


 ひとしきり「生」を噛みしめた後、神聖十字軍のうち、エルトリア軍の兵たちは、撤退の最後に起きた、一連の出来事を思い起こす。


 灰色の飛竜に乗り、黒いローブを被った、「魔王」を名乗る人物により、神聖十字軍はあわや壊滅寸前となった。


 そこへ今度は、蒼い飛竜に乗った謎の人物が、神聖十字軍を守るように、「魔王」に一騎打ちを挑みかかった。


「……」


 エルトリア軍の兵たちは、無言で考え込む。


 仮面を付けていたが、あの「蒼い飛竜に乗った人物」の声や背格好には、なんとなく見覚えがある。


 我が軍を常に先頭で導いてきた「あの人物」が行方不明になったまま一度も姿を見せないこと。


 神聖十字軍が安全地帯まで退却完了すると、ルナリエ副長が再び姿を消してしまったこと。


 これらの状況証拠から、エルトリア軍の兵たちには、蒼い飛竜に乗ったあの人物が誰なのか、なんとなく予想がついてしまっているのであった……。





―― ノア山脈。山岳地帯。


 中央六国側の麓とは違い、魔王国側の山脈地帯では猛吹雪が吹き荒れ、数メートル先も見えない状況となっていた。


「ハァ、ハァ、クソッ……」


 アレクは、重傷の体を引きずるようにして、豪雪地帯を当てもなく彷徨っていた。


 全身全霊を掛けた、「最後の一撃」はロドムスと相打ちとなった。


 アレクの渾身の一撃はロドムスの斬撃を突き破り、彼に致命傷を与えた。


 恐らく生きてはいるだろうが、少なくとも、もう神聖十字軍を追撃する余力はないはずだ。


 だが、アレクの方も、ロドムスの膨大な魔力を受け止めきれず、ヴァンデッタともども地面に叩きつけられて、瀕死の重傷を負った。


 彼は今、人間形態に戻ったヴァンデッタをマントに包んで掲げ、何とかエルトリア王国に帰るべく、最後の力を振り絞って雪をかき分けていた。


 だが、猛吹雪の中で、進むことはおろか、正しい帰り道の方向さえ分からない。


「流石ニ焼キガ回ッタカ……」


 ヴァンデッタが、マントに包まれたまま苦しそうに呟く。


「……。重傷だろ。しゃべらない方がいい。何とか雪をしのげるところまで移動するから、それまで辛抱してくれ」


「コンナ時ニマデ人ノ心配カ?」


「……」


 アレクは押し黙る。


「新魔王は魔王として甘すぎる」


 アレクが魔王就任以後、ありとあらゆる人物から散々に言われ続けた言葉だ。


 思えば、この甘さゆえにロドムスにクーデターを起こされ、人間の国で宰相など引き受け、あまつさえ魔王国との戦争に参加し、そして今、人間を逃がすために自らを犠牲にし、死にかけているのだ。


 だが、


「それでも、俺は後悔してない」


 アレクははっきりと言い切る。


 そうだ。


 この甘さゆえに、魔王国を追放されたが、おかげでシルヴィと出会うことができたのだ。


 彼女と出会い、大きく人生が変わった。


 ロドムスのように、非情な魔王であったなら、決してこんな人生にはならなかっただろう。


 魔王国を追放され、弱小国家の宰相を引き受け、国中のありとあらゆる問題を解決するために東奔西走した毎日、大変ではあったが、決して、悪いものではなかった。


 むしろ、自らは望んでもいないのに魔王に祭り上げられ、「奴は魔王として相応しくない」だの「あんな甘い奴が魔王では、国家の品格が損なわれる」と後ろ指刺される毎日よりも、遥かに充実し、素晴らしい日々を過ごすことができた。


 だから、自らの甘さを、決して後悔することはない。


「……。ナラ、イイ」


 ヴァンデッタはそう呟いた。どうやら眠りかけているようだ。


 アレクも猛烈な眠気に襲われていた。


 かじかんだ手足は鉛のように重く、もはや一歩も進むことができない。


 ロドムスの攻撃によってできた火傷の熱さも、吹き付ける猛吹雪の冷たさも、もう何も感じない。


「クソッ、ここまでか……」


 アレクの頭に、とある人物の顔が浮かぶ。


 その人物は、こちらに手を振り、ほほ笑んでいる


「……。シルヴィ、すまない……」


 アレクはそう呟くと、雪の中に倒れ込み、意識を失った。









―― 暖かい毛布の感触と、柔らかいランプの光が見える。


目を覚ますと、心配そうにのぞき込む、ルナの顔が見えた。


「アレク様、ご無事ですか?」


「……ルナ?」


 アレクは、彼が最も信頼する従者の名を呼んだ。


「よかった。お気づきになられましたか。ギリギリのところで間に合って、本当に良かったです」


 どうやら意識を失った直後、アレクの行方をテンペストに乗って探索していたルナに発見されたようである。


 まさに間一髪、九死に一生を得たようだ。


 ヴァンデッタの方も重傷だが、命に別状はない様だ。


「ありがとう、ルナ。本当に助かった」

 アレクは、心からの感謝を、彼の従者に述べる。


「いえ、とんでもございません。もったいないお言葉です」


 ルナはぺこりと頭を下げると、神妙そうな顔で言葉を続ける。


「あの、アレク様の正体なのですが……」


「バレただろうね」


 アレクは沈痛な表情で言葉を発する。


 もはやどうしようもないことだ。


「今、私たちがいる場所は、ノア山脈の山小屋です。瀕死のアレク様とヴァンデッタ様をすぐに治療する必要がありましたので、エルトリア軍と合流する暇はありませんでした」


「つまり逆にいえば、今なら『逃げる』ことができるという訳です。アレク様と、ヴァンデッタ様と、私の3人で」


「……」


 ルナの言葉に、アレクは無言を貫く。


 アレク=魔王というのは、少なくともエルトリア軍の兵士にはバレた。どんなに箝口令をしいて口止めしようとも、この事実は瞬時に中央六国中に、いや、すべての四大勢力を含む世界中に知れ渡るだろう。


 エルトリア王国に魔王あり。


 この事実が知れ渡ったときに、世界中の強国たちがどんな行動をするだろうか。


 それに考えが及ばないほど、アレクは愚かではなかった。


 ルナの提案が正しい。


 アレク自身のためにも、エルトリア王国のためにも、ルナとヴァンデッタと3人で、このままどこかへ行方をくらましてしまうべきである。


 だが……。


「シルヴィの許しがなければ、それはできない」


 アレクはそう呟く。


「今、俺はエルトリア王国の『宰相』だ。彼女の許しなく、勝手に辞めることはできない」


 アレクの言葉も一理ある。


 大見得切って宰相を引き受けておいて、状況がまずくなったら、一目散にとんずらするというのでは、詐欺師と一緒だ。


 アレクの身の上の最終的な処遇は、シルヴィにゆだねるしかない。彼女がアレクを追放するという判断をするのであれば、甘んじて受け入れる。


 だが、「君のためを思って」などと悲壮感めいたことをいって、相手の気持ちも考えずに、勝手に身を引くことなど許されない。


「……。わかりました。では、傷が癒えたら、麓で待つ、エルトリア軍に合流し、エルトリア城に帰還いたしましょう」


 ルナは、なんとなく最初からアレクが出す結論を分かっていた様子で、ふぅと息を吐くと、頑固な彼の主に向かって、優しく微笑むのであった。



―― 第4歴1300年3月9日。


 アレクとルナは、ノア山脈の麓に待機していたエルトリア軍の元へと戻った。


 他の国の軍は早々に引き揚げてしまったので、広大な平原に隼の紋章を掲げる軍隊だけが、ポツンと残っていた。


「……。アレク将軍、ルナ副長、お待ちしておりました……」


 山道の出口まで迎えに来たダイルンが、ややよそよそしく挨拶する。


「……。こちらへ、どうぞ。武器をお預かりしてもよろしいでしょうか?」


「……。あぁ」


 アレクとルナは、ダイルンの言葉に素直に従う。


 アレクとルナは、ダイルンに引き連れられて、エルトリア軍の野営地に向かう。


 テントから顔を見せた兵士たちが、これまでとはまるで異なる表情で、二人を見つめる。


「こちらでお待ちください。アレク殿にどうしてもお会いしたいと申される人物がいらっしゃいます」


 広場の真ん中にアレクとルナを残し、ダイルンは去っていった。


「……。まさか、既に神聖メアリ教国に通報されたのでは?」


 ルナがアレクに耳打ちする。あり得ることだ。


 となると、魔王を不意打ちするために、サラザール卿が待ち伏せていたのだろうか?


 だが、アレクにどうしても会いたい人物というのは、完全に予想外の人であった。


 その人物は、美しい黄金色の髪をなびかせ、深く深く蒼い瞳を潤ませ、想い人を待ち続けたいたいけな少女であった。


「シルヴィ?」


 アレクは驚いて、確認するように彼女の名を呼ぶ。


 中央六国()とはいえ、ここは魔王国の占領地だ。


 こんな危険な場所に、シルヴィがいるはずがない。


 だが、


「アレク様」


 小鳥のさえずりのような美しい声は、アレクがずっと聞きたかった声だ。


 間違いない。本物のシルヴィだ。


「シルヴィ、俺は……」


 夜も眠れぬほど待ち望んだ再開であったはずなのに、アレクは声を発することができなかった。


 彼が魔王であることは、既に全世界に知られてしまった。


 シルヴィがそれを以前から「知っていた」ことが神聖メアリ教国の連中にバレては、彼女が罪に問われる危険性もある。


 だがシルヴィは……。


「分かっています。だから、お二人の武器をお預かりしたのです」


 シルヴィはそう言って優しく微笑む。


 見れば、いつの間にやら、ダイルンが没収したアレクとルナの武器を手に、シルヴィの横に立っている。


「皆さん! 聞いてください!!」


 シルヴィは広場のど真ん中に立ち、すべてのエルトリア軍の兵士たちに聞こえるように、話始める。


「私は、アレク殿と、ルナリエ殿を、それぞれ、「魔王と四天王と知っていて」、改めて、エルトリア軍の将軍と副将に任命いたします」


 そう言って、シルヴィはまず、ルナの槍を手に取って、ルナの前に立つ。


「ルナリエ殿、あなたをエルトリア軍の副将に任命します。この槍は、叙勲の証です。受け取っていただけますか?」


「え、えぇ」


 ルナは困惑しつつ、自らの槍を受け取る。


 これは自分の武器を返してもらったという単純な話ではない。


 正式な、契約の儀式だ。


 こんなことを大衆の面前で行ってしまっては、もはやシルヴィも言い逃れはできない。


 だが、


「アレク殿、あなたをエルトリア軍の最高司令官に任命します。この剣を、もう一度受け取っていただけますか?」


 シルヴィは、そういってアレクに、隼の紋章が施された剣を渡す。


 かつて、エルトリア王国の騎士に就任した際に、シルヴィから受け取った剣だ。


 すべてを察したアレクは、うやうやしくシルヴィの前に跪く。


「謹んで、お受けします」


「うぉおおおおおおおおお!!!」


 大歓声が上がる。


 エルトリア軍の兵士たちが、兜をぶん投げて、新しい将軍と副将の誕生を祝った。


 どうやら、アレクの思考も、今回は取り越し苦労だったようだ。


「アレク様!!」


 シルヴィが満面の笑みで、アレクに抱き着く。


「お帰りなさい!」


 アレクはシルヴィの頭をなでながら、こう返すのであった。


「あぁ、シルヴィ、ただいま」



―― 第2部 中央六国篇 完 ――


こんばんは。モカ亭です。


いつも追放魔王をお読みいただき、誠にありがとうございます。

改めて、深く深く御礼申し上げます。


さて、遂に第2章「中央六国篇」が完結となりました。

そして、遂に魔王アレクの正体が、全世界に知れ渡ることとなりました。


さらにシルヴィが、アレクを魔王と知っていて将軍に叙勲したため、彼女

自身も言い逃れができない状況となってしまいました。


次回より、第3章「戦乱篇」へ突入いたします。今回の神聖十字軍の大損害で、

世界のパワーバランスが大きく変化し、さらに前魔王が弱小国家に身を寄せて

いたことがバレ、「四大勢力」が大きく動き出します。


この大きな時代の「うねり」の中で、弱小国家エルトリア王国は生き残ること

ができるのか? そして、アレクとシルヴィの運命はどうなるのか?


ぜひ、お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ