第104話 神聖十字軍㉔
「ロドムス! これ以上、お前の好きにはさせない!!」
そこには、蒼き飛竜に乗った、魔王アレクの姿があった。
「……」
アレクはロドムスと対峙したまま、さりげなく被害状況を確認する。
アレクが駆けつけるまでのわずか一瞬の間に、神聖十字軍には相当な被害が出たようだ。
無論、それはエルトリア軍も例外ではない。
悔やんでも悔やみきれない。
だが、今は後悔する時ではない。
目の前の敵を撃破することにのみ集中しなくては……。
それにしても、とアレクは思う。
わずか一瞬でこれほどの破壊と殺戮を行うには、「魔剣」を全力で解放しなければならない。
過ぎたる力は身を滅ぼす。
「魔剣」を開放することは、本来、魔王にとっても最終手段だ。
そう安易に使っていい力ではない。
しかし、ロドムスは……。
「ロドムス! 一体なぜこんなことを!?」
アレクは、かつての友、そして、かつて自らの参謀長であった男に問いかける。
しかし……。
「……」
ロドムスはアレクの問いかけには一切反応せず、再び、魔剣で瀕死のエルトリア軍を狙う。
「やめろ!!」
それをアレクがとっさに防ぐ。
二人の魔王の「魔剣」が交錯し、不気味な青白い火花が散った。
「答えろ! ロドムス!!」
「……。汝も、我が理を邪魔するものか」
まるで会話がかみ合わない。
声や、ローブの隙間から時折垣間見える顔はロドムスに間違いないが、中身はまるで別人のようだ。
「邪魔するものは、排除するのみ」
「油断スルナ、来ルゾ!!」
ヴァンデッタがアレクに警告する。ロドムスが魔剣を解放したのだ。
「クソッ、やるしかないか……」
できれば使いたくはなかったが、魔剣を持った魔王を相手にするには、これしか方法がない。
アレクも、自らの魔剣を「解放」する。
ついに、魔剣を持った魔王同士という、前代未聞の一騎打ちが始まった。
「……」
初動、ロドムスは飛竜を駆って大きく飛翔すると、そのまま眼下のアレク目掛けて、全力で魔剣を振り下ろした。
放たれた斬撃が魔力を伴い、巨大な「死の刃」となってアレクを狙う。
「ヴァンデッタ!」
「ウム」
ヴァンデッタがそれをすんでのところで躱す。
獲物を狩り損ねた「死の刃」が、雪山に直撃し、大規模な雪崩と土砂崩れを引き起こす。
「ハッ!」
今度はアレクが、上空のロドムス目掛けて、切り上げるように魔剣を振るう。
刹那、この世のすべてを超越したような、圧倒的な征服感が脳内に沸き起こるが、アレクはこれを膨大な精神力でねじ伏せた。
「フン……」
ロドムスは、アレクの斬撃を、横なぎに魔剣を振って相殺する。
ピシャッ!!
眩い稲光の後、腹の底まで届くような、巨大な雷鳴が響き渡る。
魔剣同士のエネルギーが相殺されて、爆雷が起こったのだ。
「……。な、なんだ、この戦いは……」
魔王同士の壮絶な一騎打ちの傍らで、神聖十字軍の兵士たちは、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
両者が魔剣を振るうたびに、地形が変わり、雷鳴が轟き、火柱が燃え上がった。
まるでこの世のものとは思えない光景だ。
「何してるの! 今のうちに、早く退却しなさい!」
「ルナリエ副長!?」
ルナリエの言葉に、兵たちは我に返る。
行方不明になっていたエルトリア軍の副長が、先ほどまで存在しなかった一本の巨大な道を指さしている。
道はまるで爆炎で岩石をくり抜いた様な形で、ところどころ焼け焦げている。
「る、ルナリエ副長、こ、これは一体……」
「いいから早く行きなさい! 負傷者に手を貸して! 他の国の軍にも、ここから脱出するよう伝えて!」
「は、ハッ!!」
兵たちはすぐさま命令の実行を開始する。
その様子を見届けた後、ルナリエは視線を上空に移す。
天では未だ、二人の魔王が雌雄を決するべく、壮絶な一騎打ちを続けていた。
「……」
本音を言えば、ルナも当然にアレクに加勢したいところである。
しかし、四天王とは言え、魔剣を解放した魔王同士の一騎打ちについていくことはできない。
それに、アレクが、正体がバレる危険を冒してまで、「魔王」としてロドムスに対峙したのは、神聖十字軍の兵たちが逃げる時間を稼ぐためである。
その意思を成し遂げるのが、副官としてのルナの責務である。
「……。アレク様、どうかご無事で」
ルナはそう呟くと、退却の陣頭指揮を取るべく、騎馬を走らせるのであった。
―― 天空では、魔王同士の一騎打ちが続いていたが、時間の経過とともに、やや状況が変わってきた。
「ハァ、ハァ……」
「……」
アレクの方は息が上がっているが、ロドムスは平然としている。
剣技の力量に差があるわけではない。
魔剣の力も「同じ」である。
にも関わらず、ロドムスが優勢であり、アレクが劣勢である。
「こうなったら……」
「イカン! 魔剣ニ身ヲ委ネルナ!」
「だが!」
これが、アレクが負けている理由である。
アレクが力の誘惑に呑まれないように、鋼の精神力で魔剣をねじ伏せながら戦っているのに対し、ロドムスは魔剣の力に身を委ねて戦っているために、このような差が生じているのである。
無論、アレクがこのような戦い方をするには理由がある。
「魔剣」は全魔族の統治者たる「地位」と、無尽蔵の魔力という「力」を所有者に与える。
特に魔剣を開放すると、圧倒的な力と引き換えに、まるで全能の神にでもなったかのような、強烈な陶酔感を使用者にもたらす。
つまり、魔剣を開放するごとに、使用者は魂を蝕まれていくのだ。
過去には、魔剣に魂を喰い尽くされ、理性を失い、「堕ちて」しまった魔王も数限りなくいる。
そうならないためにも、「魔王」は、鋼の理性と精神で、「権力と力」の誘惑を断ち切らなければならないのだ。
だが……。
「やはり貴様は、『魔王』の器ではない」
不意に、ロドムスが言葉を紡いだ。
「『魔王』とは、『支配者』だ。この世のすべてを支配するものだ。暴力で、権力で、恐怖で、ありとあらゆる手段で他者をねじ伏せ、服従させ、支配するもののことだ。『魔剣』とは、その為の力だ」
「違う!」
アレクが、ロドムスの言葉を、強い口調で否定する。
「『魔剣』の所持者が魔王となるのは、『魔剣』の膨大な力の誘惑に勝つことができる『知性』と『理性』を必要としているからだ。魔王は決して『支配者』ではない。全魔族を導く『指導者』のことだ!」
「やはり、相容れぬか……」
ロドムスはそう言って、これまでで最大の魔力を、魔剣に収束させる。
「ならば、我に勝ってみせよ」
「……」
アレクは、静かに魔力を集中する。
理性を保っている分、アレクの魔力は、ロドムスのそれより明らかに小さい。
しかし、その分、彼の剣には、様々なものが宿っている。
ナユタをはじめとする、信頼できる部下たち。
パメラさんをはじめとする、帰りを待ってくれている人々。
ルナをはじめとする、魔王を追放されてなお、自らのことを信じてくれる人々。
そして最後に、愛するシルヴィの顔が浮かぶ。
俺は絶対に負けるわけにはいかない!!
「行くぞ!!」
アレクは渾身の一撃を、魔王ロドムスに向けて撃ち放つのであった。