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第103話 神聖十字軍㉓

「ゆくぞ」


 魔王ロドムスは魔剣の力を解放した。


「!?」


 刹那、膨大な魔力が、まるで洪水のように魔剣から溢れ出す。


 空が不気味な紫色に染まり、大地が魔力の振動で震える。


「滅せよ」


 魔王ロドムスは、飛竜に騎乗したまま、魔剣を軽く振り下ろす。


「ぎゃああああああああああああ!!??」


 次の瞬間、ロドムスの眼前にいた千人ほどの兵たちが、燃え盛る紫の炎に包まれ、断末魔の苦しみに絶叫し始めた。


「な!?」


 まわりの兵たちは、何が起きたのかまるで理解できていなかった。


 だが、彼らも程なく、同じ運命を辿ることになる……。







―― 「急報! 魔王出現!! 魔王出現です!!」


 その一報は、瞬く間に、神聖十字軍全軍に伝達された。


「数は!?」「ひ、一人という情報です」


「魔王は灰色の飛竜に騎乗した、黒のローブ姿の人物だそうです」


「バカな! これまでの目撃情報では、蒼い飛竜に乗った、仮面の男だという話だぞ! 誤報ではないのか!?」


「し、しかし、あの力は間違いなく、『魔剣』のものと思われ……」


 撤退中の神聖十字軍は、大混乱に陥った。


 その上空を、「魔王」は縦横無尽に飛び回り、次々と神聖十字軍の兵たちを虐殺していった。






―― ノア山脈の山道は、既に阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈してる。


 ロドムスが魔剣を振り下ろす度に、千人単位の兵たちが、魔炎に包まれて、絶命の苦しみに七転八倒する。


 ある者は炎を消そうと、まだ雪の残る山道の小川に飛び込む。


 だが、そんなことで魔王の炎が消せるはずがない。


 小川には、黒焦げの死体が山のように積み重なった。


 またある者は、苦しみに耐えきれずに崖から飛び降り、地面に叩きつけられて潰れて死んだ。


 それでも炎が消えることはない。


 谷底からは、飛び降りた兵たちの怨念が具現化したように、紫の炎が妖しく燃え上がった。




 各国の「将官」達も無事では済まなかった。


「マホイヤ卿!?」


「バカモン! ワシのことはいいから、はよ逃げ……」


 そこまで言って、マホイヤ卿は、ロドムスの飛竜が放ったファイアブレスに体を包まれた。


「ゾーヤ様、私が『魔王』を引き付けます。その隙にお逃げ下さい」


「クレイオン、馬鹿な真似はおよし!」


 魔力のシールドを展開する大賢者クレイオン。しかし、次の瞬間、魔剣の一振りによって、彼はシールドごと一刀両断されてしまった。




 そして、ロドムスの理不尽な暴力は、エルトリア軍の元へも届くこととなる……。





―― 「全員、慌てるな! 負傷者に手を貸しつつ、落ち着いて、退却せよ!!」


 エルトリア軍の隊列では、不在のアレク・ルナに代わり、第2軍長のダイルンが陣頭指揮を取っていた。


 既に魔王の襲撃により、各国の軍に深刻な被害が出る中、エルトリア軍だけは、比較的混乱も少なく、整然と秩序を守っていた。


 だが……。


「うぬらが、ジオルガを退けた『エルトリア軍』か?」


 一通り他軍を蹂躙し終えた魔王ロドムスが、ついにエルトリア軍の前に姿を現す。


 おぞましい形相の飛竜に跨り、ボロボロの黒いローブを纏っている。


 表情は見えないが、その眼に睨みつけられただけで、まるで魂を吸い取られるような錯覚に陥る。


 エルトリア軍の兵たちは、ロドムスを見た瞬間、そのような印象を受けた。


 まさに、彼らが幼いころから何度も読み聞かされていた「恐ろしい魔王」のイメージそのものだ。


「敵に惑わされるな! 目の前の任務に集中せよ!!」


 ダイルンの一喝により、兵たちは慌てて動き出す。


 この場合の「任務」とは、「生きて無事に帰る」ことだ。


 それこそが、シルヴィア姫と、アレクの願いである。




「……」


 ロドムスは、ほんの一瞬、何事か考えるように静止していたが、やがて……。


「滅せよ」


 逃げるエルトリア軍の背に向けて、無慈悲な一撃を叩きつけた!





「逃げろ! 全員、逃げることだけ考えろ!!」


 ダイルンの金切り声に近い命令が響き渡る。


 エルトリア軍は魔王の攻撃に散り散りになりながらも、互いに助け合い、一人でも多くの兵が生還できるように、最善の行動を試みる。


 だが……。


「滅せよ、滅せよ、滅せよ……」


 魔王ロドムスは、まるで感情のない冷徹な機械のように、次々とエルトリア軍の兵たちを手にかけていく。


 まず狙われたのは、ガロン率いる第3軍だ。


「お前ら、騎馬隊で崖を駆け下りろ!」


 ジオルガ戦で負傷したガロンが、部下たちに必死で指示を出す。


「そ、そんな、無茶な!?」


 副長のニールが悲痛な叫びをあげる。


 目の前の崖は、どう見てもほとんど垂直であり、とても騎馬隊が駆け下りられるようには見えなかったからだ。


「バカヤロウ! 『このまま死ぬ』か『駆け下りる』かの2択だ! やるしかねぇだろ!!」


 ガロンの言葉に、ニールは決心した様子である。


 無言で頷き、部下たちに、崖を降りるよう命令を下す。


「おい、ニール」


 ガロンが副長に声を掛ける。


「いままでありがとよ。それから、俺が死んだら、弟の事を、気にかけてやってくれねぇか?」


「えっ?」


 そう言った瞬間、ガロンは魔王目掛けて突撃を開始した。


 先のジオルガ戦で負傷たガロンは、自身が崖を下ることができないと察していた。


 ゆえに、一人でも多くの味方を逃がすため、自らが犠牲になる決心をしたのだ。


「ガロン殿!?」


 ニールが叫ぶが、もはや手遅れであった。


 ガロンは、魔王の剣に焼かれ、跡形もなくこの世から消滅した。





 続いて、ワルターの第4軍が攻撃を受ける。


 ワルターもジオルガ戦により負傷しており、その傷の程度は、ガロンよりも重傷であった。


「こうなっちまったら、腹くくるしかねぇか……」


 馬に乗ることができないので、荷馬車の寝台から指示を出しながら、ワルターは独り言ちる。


 その時。


「ワルター殿!」


 第4軍副長のウィルソンが、何事かを決心したような表情で、ワルターに進言する。


「私が弓兵隊を率いて、魔王を足止めします。ワルター殿は、その隙にお逃げ下さい!」


「バカなこといってねぇで……」


「ワルター殿!!」


「……」


 ワルターは、副長ウィルソンの眼に宿った決意の炎を感じ取り、押し黙る。


「あなたは、今後のエルトリア軍にとって、絶対に無くてはならない人物です! どうか、生き延びて下さい! 部下からの最後の頼みです!!」


「ふざけんな、俺はそんな……」


「短い間でしたが、ご一緒できて、光栄でした!!」


 ウィルソンはそう言って敬礼すると、部下にワルターを逃がすよう合図する。






「……。畜生、だから戦争は嫌いなんだよ……」


 ワルターは、ある音(・・・)を聞きながら、馬車の中で一人吐き捨てるように呟く。


 その音とは、ワルターを逃がすためにおとりになったウィルソンが、魔王の一撃を受けて、この世から消滅する音であった。






 最後に魔王ロドムスが狙ったのは、ダイルンやナユタが所属する、エルトリア軍第2軍であった。


「クソッ! クソッ! 魔王め、メチャクチャやりやがって!!」


 ナユタが怒りと悔しさに歯ぎしりする。


「バカ、今は何も考えるな! 生き延びてから、後でいくらでも考えりゃいい!」


 ダイルンがナユタに声を掛ける。


 そこへ、


「貴様らが、この隊の将官か?」


  そこへ、


「貴様らが、この隊の将か?」


 ついに魔王ロドムスが、二人の前に現れた。


「……」


 死を目前にして、ダイルンとナユタは妙に落ち着いているように見えた。


「何だよ、ダイルン。逃げろって言わねぇのか?」


「言ってもどうせ聞かねぇだろ、クソガキ」


「当たり前だろ。ダイルンを置いて逃げる訳ねぇだろ」


 ナユタの言葉に、ダイルンがふっと短く息を吐く。






「死を悟って諦めたか?」


 ロドムスが言葉を発する。


「いや、その逆だ」


 ニヤリとダイルンが不敵に笑う。


「俺たちの大将が、必ず助けに来てくれる。俺たちはその間、どんなに無様に逃げ回っても、『生き延びる』だけさ」


「『信頼』という奴か。この世で最も無意味な感情だ」


 ロドムスはそう言って、魔剣を振り上げる。


 それを、ダイルンとナユタ目掛けて、振り下ろそうとしたその瞬間。




「うぉおおおおおおお!!」


 紫の曇天を切り裂いて、天空から、蒼き飛竜に騎乗した「ある人物」が魔王ロドムス目掛けて、雷のごとき速さで突進する。


「!?」


 ロドムスは、とっさに、「魔剣」を払いのけた。


 正確には、自らの(・・・)「魔剣」を使って、相手の(・・・)「魔剣」を払いのけたというのが正しい。


 つまり、ロドムスが相対する相手というのは……。


「ロドムス! これ以上、お前の好きにはさせない!!」


 そこには、蒼き飛竜に乗った、魔王アレクの姿があった。



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