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第99話 神聖十字軍⑲

 フロルの街周辺。


「お、追われないのですか?」


 部下の問いかけに、ダンタリオンは渋い顔をする。


「ジオルガが追っているではないか」


「し、しかし、参謀長シーア殿の命令では……」


 部下の言葉は、途中で尻すぼみになる。どうやら、あの(・・)名将ダンタリオンに意見したことを、自ら恥じたようである。


「本来、四天王は1名で40万単位の軍を操ることができる程の実力者ばかりだ。それを、たかが敗走する敵を追撃するために、3名も借り出す必要はなかろうが。追撃任務は一人で充分だ。ワシがそう判断してジオルガに追わせたと、シーアに報告せよ」


「は、ハッ!」


 部下は慌てて立ち去っていった。その背を見送りながら、ダンタリオンは声を出さずにこう思うのであった。


(尤も、ジオルガが成功するかどうかは、相手の将の実力次第だがな……)




 一方、イザベラ=ローレライも追撃命令を拒否していた。その理由は、ダンタリオンよりも極めて個人的なものであった。


「嫌よ、だってもう飽きたもの」


「……」


 部下は言葉を失って閉口する。


 アレクでさえ手を焼くことがある、この気まぐれな人魚姫を従えるには、シーアごときでは完全に役不足だったようだ。


 よって、追撃部隊はジオルガが単身で指揮することとなったのである。




―― 「行けぇ! ぶちかませ!!」


 ジオルガの命令で、追撃部隊が猛威を振るう。


 ダンタリオン、イザベラの両名を欠くとはいえ、神聖十字軍にとって、決して楽観できる状況でない点に変わりはない。


 追撃部隊は、ダンタリオンから借りたケンタウロス騎士団およびジオルガ直属のオーク歩兵団、通称「鉄の拳(アイアン・フィスト)」を中心に約20万もの規模に上る。


 特に、「鉄の拳(アイアン・フィスト)」の破壊力は凄まじい。


 彼らは、アークランド大陸最強の歩兵団である。


 その特徴は、何と言っても群を抜いた「機動力」にある。


 彼らは、「徒歩」で、ケンタウロス騎士団に後れを取らずに追撃任務を全うしている。


 重い甲冑を身にまとい、フルマラソンを平然と行うことができる程のタフさが、その機動力の秘密である。


 他にも、彼らはフロルの城壁を素手でよじ登って見せたように、どんな急斜面でも突破できる。


 本来は迂回すべき山間部でさえ軽々と走破してしまうため、「鉄の拳(アイアン・フィスト)」は歩兵軍として、他国の想像を絶する行軍速度を有しているのである。


 無論、オークの凶暴さや怪力は当然「鉄の拳(アイアン・フィスト)」の兵たちにも備わっているため、追撃を受ける神聖十字軍は一溜りもない。


 その「鉄の拳(アイアン・フィスト)」を指揮するジオルガ=ギルディが、魔狼(ワーグ)に跨りながら、殺戮を満喫している所へ、突如、予想外の報告が舞い込む。


「ほ、報告します! 敵の増援部隊が現れました。真っすぐこちらへ突っ込んできます!」


「あぁ?」


 ジオルガが前方を見やると、遠くに、敵の指揮官らしき男が、今まさに号令を下すところであった。


「全軍! 突撃せよ!!」





―― アレクの号令により、神聖十字軍先遣隊は、ジオルガ隊目掛けて一斉に突撃を開始する。


「ヒッヒッヒッ。手足をもいで(・・・)やるとするかねぇ」


 シーレーン皇国、「怖しの魔女」ゾーヤ率いる魔道部隊が先制攻撃を加える。


 炎・水・雷・風……。


 ありとあらゆる属性の魔道弾がジオルガ隊の頭上に降り注ぐ。


「グ、ガ……」


 流石の「鉄の拳(アイアン・フィスト)」の精鋭たちも、魔導弾の直撃を受けて、大いに怯む。


 そこへ……。


「フォオオオオオオオ!!」


 セオドール将軍率いる、タイネーブ騎士団領ランサー隊が一直線に突っ込んでいく。


 ダルタ人騎兵隊には及ばないものの、中央六国最高品質の「タイネーブ種」の騎馬隊による突撃は破壊力抜群だ。


 まして、「人間戦車」の異名を取るセオドール将軍自ら先頭を切っての突進攻撃である。


 大柄なオークたちでさえ、紙切れのように吹き飛ばされていく。


 ジオルガ隊は大混乱である。


 これは、神聖十字軍先遣隊の反撃が強力であったこともあるが、ジオルガ隊が追撃に夢中になり、陣形が雑になっていたせいでもある。


 ジオルガは結局、ダンタリオンの「油断するでないぞ」との金言を無視してしまったのだ。おかげて手痛い被害を被った。


 追撃戦で油断しきっていたところに、強烈な反撃を受けたのだ。


 通常の軍隊であれば、このまま総崩れになっていたであろう。


 しかし……。


「バカが、ビビってんじゃねぇ! 外縁部隊が『喰われてる』うちにさっさと陣形を立て直さねぇか!」


「後続のファーガス隊を呼び寄せろ! 力技で前線を押し戻せ!」


 ジオルガが瞬時に的確な指揮を飛ばしまくり、一瞬で部隊を立て直す。




「イカン、敵が陣形を立て直す。その前に、あの『指揮官』を討つのじゃ!」


 タイネーブ騎士団領の知恵袋、マホイヤ卿が全軍に指揮を出す。狙いはジオルガだ。


「オォ!」


 マホイヤ卿の指示を受けて、ドグラJrやクレイオンなどの副官クラスの将たちが、部隊を率いてジオルガの元へ殺到する。


 だが……。


「ナメてんじゃねぇぞ!!!」


 ブチ切れたジオルガが魔力を収束させる。


「押し潰れろ! ロックブレイズ!!!」


 彼が魔力を開放すると、無数の巨大な岩石が、地面を突き破って飛び出してきた。


「!?」


 突如、足元を崩された神聖十字軍先遣隊は、瞬く間に大混乱に陥る。


「シャァアアアア!!」


 そこへ、ジオルガが魔狼(ワーグ)に跨り、巨大な金棒を振り回して猛攻を加える。


 彼のフルスィングは、ロックブレイズの魔法で突き出した巨大な岩石ごと、敵兵を粉々に吹き飛ばしていく。


 戦場における冷静な判断力、強力な岩石魔法、そして圧倒的な膂力。


 これこそが、「巌の狂戦士(ロック・バーサーカー)」ジオルガ=ギルディの実力である。


 魔王軍の武人として最高の栄誉である「四天王」の一席を賜るその力は、「だて」ではない。


 今度は神聖十字軍先遣隊が窮地に陥る番である。


 が……。



「うおぉおおおおおお!」


 刹那、一騎の騎馬が、ジオルガの喉元を狙って疾駆する。


「チッ!」


 ジオルガは、巨大な棍棒を即座に持ち替えて、自らの身を護る。


 ガキィイン。


 青白い閃光を立てて、少年(・・)の一撃は、すんでのところで防御されてしまった。


「今だ! 隙ができた! 畳みかけろ!!」


「弓兵隊は援護しろ~。味方に当てるなよ~」


「重傷を負った者たちをすぐに退避させよ。ドグラ殿、クレイオン殿は無事か!?」




(チッ、精鋭か……)


 ジオルガはその様子を見ながら、一人舌打ちする。


 今、彼の目の前に現れたこの「新手」の一団は、明らかにほかの隊より練度が高い。


「やるじぁねぇかクソガキ。このジオルガ様に『防御』させるなんてよぉ」


 彼にしては珍しいことだが、どうやらジオルガは、対戦相手の「素性」に興味を持ったらしい。


 今しがた、自らに一撃を加えようとした少年に対して話しかける。


「名乗ってみろよ。粉砕する前に覚えといてやるぜ」


 問われた少年は、ひと呼吸おいて、自らの素性を明かす。


「俺はナユタ。エルトリア王国第2軍副長のナユタだ!」


「そして……」


 ナユタは後ろをチラリと振り返って、同志たちの姿を確認する。


「俺たちがアレク将軍率いる、世界最強のエルトリア軍だ! 四天王ジオルガ=ギルディ。お前の首は、俺たちエルトリア軍がもらい受ける!!」


「行くぞ!!」


 ナユタの声を合図に、エルトリア軍の精鋭たちは、ジオルガ目掛けて一気に突撃を開始したのであった。





 ジオルガ=ギルディが乗っていた魔狼(ワーグ)とは、巨大な狼の魔族のことです。「鉄の拳(アイアン・フィスト)」は歩兵軍なので、一般兵は皆徒歩ですが、指揮官クラスは騎乗することがあるようです。また、トラキウムの指揮官であったニコライ将軍も狼の魔族でしたが、あちらは狼男(ワーウルフ)という二足歩行で人型の狼であり、魔狼(ワーグ)とは別の種族となります。


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