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第8話 バーク街道の戦い①

 第4歴1298年7月2日夕暮れ時。

 農民たちが一日の作業を終え、家路につく時間だ。


 エルトリア王国南方の国境沿いにある小さな村、レド村でも、ちょうどある農夫が家に着いたところだった。


「お父さん。お帰りなさい」

「あなた、お帰りなさい」

「あぁ、ただいま」


 農夫の名前はダニガン。妻のエレンと娘のクレアの3人で、慎ましいながらも幸せな毎日を送っていた。


「お父さん、今日の晩御飯はねぇ、クレアの大好き、ハンバーグだよ!」

「そうか! よかったなぁ」


 ダニガンは娘に向かってほほ笑む。このわずか1時間後、彼らを襲う悲劇など、今のダニガンには想像もできなかっただろう。





―― ガタガタガタッ

「あら、いやだわ。地震かしら?」


 3人で夕食を採っていると、突如としてイスやテーブルが小刻みに揺れだした。

 だが、この辺りで地震とは珍しい……。


 ワンワンワン! ヴゥゥゥゥゥ!

 外で飼っている犬のマイクが狂ったように吠え出した。


「ちょっと様子を見てくるよ」

 ダニガンはそう言って立ち上がった。





 ガチャッ

「なっ!?」


 玄関の扉を開けたダニガンの目の前に、信じられない光景が広がっていた。


 村が炎に包まれている。


 いつもは静寂に包まれているはずの夜の村から、天を焦がすと思われるほどの炎が立ち上り、まるで昼間のように周囲を不気味に照らしている。


 村の住民たちが逃げまどっている。

 その後ろから、まるで獣のような蛮族たちが迫り、狂ったような笑い声をあげながら住民たちを虐殺していく。


 に、逃げなくては……。


 頭では分かっているはずなのに、ダニガンの体はピクリとも動かない。


 蛮族の一人がダニガンに気付いた。

 馬に乗り、湾曲したナタのような大ぶりな刀を手に、ゆっくりと近づいてくる。


 馬には、虐殺したと思われる住民たちの生首が大量にぶら下げられている。

 その首が、まるで道連れを求めるかのように、うつろな瞳でダニガンを睨みつける。


 蛮族は血の滴る刀を振り上げると、一切の躊躇なくそれをダニガンに振り下ろした。








 7月3日早朝。

 レド村の惨劇が、エルトリア城に届いた。


 どうやら南方ダルタ人勢力圏から異民族の侵入を許してしまったらしい。


 彼らはレド村を壊滅させた後、周辺の村を襲いながら、ゆっくりと北上しているようだ。


 急遽、戦陣会議が招集され、ベルマンテ公、へクソン侯、ウォーレン伯を始めとする主だった貴族たちがエルトリア城に集まった。


 彼らはまだ朝もやのかかる中、エルトリア城の大会議室に集まり、現在対策を協議している。

 王女シルヴィア姫の姿もある。


 ちなみに王女の私的な相談役に過ぎないアレクには当然この会議に参加する資格はない。

 だが、ウォーレン伯がゴリ押しで通してくれたため、なんとか発言権のないオブザーバーとして参加することが許された。


 彼は今、シルヴィア姫の隣にまるで控えるように静かに立っている。


「敵はダルタ人下部組織のムンドゥール族のようです。その数は700人前後。恐らくは先遣隊の一部と思われます」


 衛兵が報告する。


 南方異民族地域には大小さまざまな部族が存在する。


 彼らは「最強の戦闘民族」であるダルタ人に隷属しており、略奪や奴隷交易で得た富の一部を彼らに上納することで生存を許されている。


 今回エルトリア王国に侵攻してきたムンドゥール族というのは、そう言った部族の一つであるようだ。


 大方(おおかた)上納金の獲得目的で無作為にエルトリア王国に侵攻してきたのだろう。


 とはいえ、決して油断はできない。

 ダルタ人ほどではないものの、南方の異民族は皆好戦的で戦闘能力も高い。


 少数とはいえ万が一対応を誤れば、取り返しのつかないことになるだろう。

 もし、これの撃破に失敗すれば「エルトリア王国はカモ」と判断され、さらに後続の侵攻を許す。最悪の場合、「ダルタ人本隊」が動く危険性すらある。


 もしそうなればエルトリア王国はおろか、他の中央六国すべて含めて、一瞬で焦土と化すだろう。


「四大勢力」の一角を担うダルタ人とは、それほどに恐ろしい民族なのだ。


「早急に軍を派遣し、南方の蛮族どもの侵攻を食い止めるのだ」

「だが、我が国には騎士団が……」


 発言していた貴族がチラリとベルマンテ公を盗み見る。

 少数ながら精強を誇ったエルトリア王国騎士団は、保身に走った大貴族たちによって追放されてしまったのだ。


 現在のエルトリア王国に、まともな軍は存在しない。


「で、では傭兵を雇うのはどうだ?」

「バカ者、いまから募集して間に合う訳が無かろう!?」


「ではだれか貴族の『私兵隊』で対応するしかないだろう」

「だれが貴重な私兵をわざわざ派兵するのだ。ワシはいやじゃぞ、言い出しっぺのお前が出せ!」


 貴族たちは無意味で低俗な議論を繰り返すばかりで、一向に話がまとまらない。


「ではこういうのはどうでしょうか?」

 ベルマンテ公がいつもの大げさなそぶりで立ち上がり、シルヴィア姫と隣に立つアレクを見ながら不敵に笑う。


「ちょうどつい一か月ほど前に宰相アレク殿(・・・・・・)のご提案によりシルヴィア姫の私兵隊1000が組織されました。彼らに今回の異民族討伐を任せてみては?」


「ふざけるな! アレク殿の隊はまだ編成されたばかりだ! まだ十分な練兵ができていない!」


 アルマンド男爵が即座に反論する。

 王国一の大貴族に真っ向から反対意見を述べられるとは大したものだ。


「ハッ、では異民族どもに『準備ができるまで待ってくれ』とお願いしてみてはどうだね?」

 へクソン侯がいつもの調子で嫌みを言う。


「で、ですが現実問題アレク隊はまだ十分な訓練ができておりません。万が一これが撃破され、敵が王都圏になだれ込めば被害はレド村の比ではありませんぞ」


 モントロス子爵が正論で反撃するが、貴族たちはことの重大さを理解していない。


 せいぜい、目障りな宰相の私兵隊と南方の蛮族が同士討ちしてくれればありがたいという程度の認識しかないのだろう。


「アレク様、どうしましょう?」

 シルヴィア姫が困った様子でアレクを見る。


 だが、彼は少しも動揺した様子はない。

 ハッキリとした口調で大貴族たちに向けて宣言した。


「いいでしょう。わがアレク隊にお任せください。必ずや南方異民族を撃破してみせましょう」


「そんな、アレク殿!?」

 王女派から心配する声が上がる。


「ほら、宰相殿はやる気満々だ。だが、失敗は許されぬぞ」

 大貴族派からは嫌みと忠告が飛ぶ。


 アレクが出陣の意思を明確にしたことで、会議は一気に急展開を見せる。

 まだ会議の途中ではあるが、これ以上の長居は無用だろう。


 アレクは無駄な議論を続ける貴族たちをしり目に、会議室を後にする。


「ルナ。準備は」

「ハッ、すべて整っております。すでに斥候隊50を出撃させました。本軍も日の出までには出陣可能です」


 会議室を出てすぐのところに控えていた赤髪の美しき従者が彼に向って敬礼する。

 当然アレクは、異民族侵攻の一報を聞いた時から、「こうなること」はすべて予測していた。


 彼は会議に参加する前から、従者のルナリエを通じて私兵隊の通常訓練の停止と出撃準備の指示を出しており、今、その準備が整ったところなのだ。


「アレク様! 申し訳ありません」

 シルヴィア姫がアレクの後を追い、会議室から出てきた。


「大丈夫だよシルヴィ。俺たちは絶対に負けない」

 アレクはシルヴィア姫の頭をなでながら、彼女を安心させる。


 モントロス子爵やアルマンド男爵の言葉通り、私兵隊の訓練はまだ不十分だ。


 ようやく基礎体力がついてきた程度で、戦闘技術や陣形の展開に関する訓練は全くと言っていいほどできていない。


 だが、アレクは勝利を確信していた。

 彼の頭の中には、すでに「秘策」があったからだ。


「じゃあ、行こう。ルナ」

「ハッ! アレク様の御意志のままに」


「アレク様、ご武運を」

「ありがとうシルヴイ。行ってくる」


 第4歴1298年7月3日。


 魔王アレク率いる新生エルトリア王国軍VSダルタ人下部組織ムンドゥール族が激突する、「バーク街道の戦い」はこうして幕を開けたのだ。


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