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プロローグ1 魔王様、弱小国家の宰相になる①

 第4歴1298年5月29日、月のない夜、深夜。

 普段なら静寂に包まれているはずの夜の帝都に、住民たちの悲鳴と怒号が飛び交う。


 街のあちこちから火の手が上がり、武装した兵たちが城門を蹴破り、続々と「魔王城」へ侵攻していく。


「ハァハァ、まさかこんなことになるなんて……」


 俺は物陰に身をひそめながら、「我が帝都」がなすすべなく蹂躙されていく様子を、唇を噛みしめながら見守るしかなかった。


 俺は魔王。


 全世界から畏怖される恐怖の象徴、悪のカリスマ、人類の敵……


 であった。つい数時間前までは。


 なぜこんなことになってしまったのか。


 世界最強の魔王たる俺をこのような絶体絶命の状況に追い込んだのは、人間の勇者でもなく、「光の巫女」でもなく、なんと我が配下の魔王軍だったのだ。





 数時間前、魔王軍参謀長ロドムスが突如クーデターを決行。


 信じられないことにロドムスは、俺に絶対の忠誠を誓っていたはずの「魔王軍四天王」をも配下につけており、圧倒的な軍事力で瞬く間に魔王城を制圧。俺は抵抗すらできずに命からがら魔王城から脱出し、なんとか城下町までたどり着いたところだ。


「いたぞ! 魔王だ!!」

 ゴブリン歩兵の小隊に見つかったようだ。ゴブリンに呼び捨てにされる魔王など聞いたことが無い。


「クソッ! オメガフレア!!」

 俺は炎の上級魔法でゴブリンたちを吹き飛ばす。


「こっちから声が聞こえたぞ!」「他の隊も集めろ!」

 どうやら俺の居場所が周囲にバレてしまったようだ。小隊がいくつも集まってくる気配がする。


「魔王様、ご無事ですか!?」

 突如、従者のルナが顔を出す。クーデター発覚後も俺に忠義を誓ってくれている数少ない配下の一人だ。


飛竜ワイバーンをお連れしました。口惜しいですが、一旦帝都を脱出いたしましょう。お乗りください」

 ルナが緊迫した様子で俺に同行を求める。


 やむを得ない。

 この場にいては間違いなく捕まってしまう。ここは一旦退くべきだ。


 俺はルナが操る飛竜に飛び乗った。

 飛竜はふわりと跳躍したかと思うと、次の瞬間、猛スピードで帝都上空を駆け抜けた。


「ピィィィィィイイイイイー!!!」

 警笛が聞こえる。追手がかかったようだ。


「魔王様、振り落とされないようにしっかりと捕まってください!」

 ルナに言われ、姿勢を低く保つ。


 後方に、追手の飛竜が3騎、こちらに迫ってくるのが見える。


「危ない!」

 ルナが飛竜を巧みに操る。追手が放ったファイアブレスが耳元をかすめて飛んでいく。


「しつこいわね! 振り切れない!!」

 追手も相当な手練れのようだ。3騎で連携しながら、こちらをじわじわと追い込んでくる。


「しまった!」

 ルナが突如悲鳴を上げる。


 追手の1騎が放ったファイアブレスが、こちらの飛竜の羽に直撃したようだ。


「魔王様、落ちます! 伏せてください!!」

 次の瞬間、強烈な衝撃とともに、視界が真っ暗になった。














――鳥のさえずりが聞こえる。

 瞼を開けると、木々の木漏れ日と、従者の顔が見える。


「良かった。ご無事でしたか」


「あぁ、ルナのおかげで助かった。ありがとう」


 俺はそう言って起き上がる。どうやらルナに膝枕をしてもらっていたようだ。


「滅相もございません。私の力が及ばないばかりに、逆臣ロドムスの狼藉を許してしまいました」


 そう言って頭を下げる従者を、俺は改めて見つめる。


 ルビーを溶かしたような深い深い赤髪をポニーテールにしてまとめている。

 髪と同じ色の紅い瞳。凛とした表情。


 赤い鎧と黒のミニスカート姿のこの美しい娘はルナリエ=クランクハイドという。


 魔王たる俺の腹心中の腹心にして、飛竜騎士団の団長を務め、さらには魔王軍四天王の一角でもある女騎士だ。


「しかしまさか、他の四天王たちまでロドムスについているとは……」

 ルナは悔しそうに歯噛みする。


 そう、それが最大の誤算だった。

 ロドムス自身は有能だが、普段から野心的な男であったため、十分警戒をしていた。


 問題は、俺に忠誠を誓っていたはずの四天王が、いつの間にか奴の傘下に収まっていた点だ。結局四天王の中で最後まで俺を裏切らないでいてくれたのは、今、目の前にいるルナだけだ。


「まぁ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。それよりもここはどこだろう?」

 俺はそう言って改めて周囲を見渡す。


 俺たちがいるのは、森の中の空き地のような場所だ。


 木漏れ日が近くを流れる小川に反射して、キラキラと輝いている。

 大小様々な花が咲き、あちこちから動物や鳥や虫たちの生命の息吹を感じる。


 豊かで、美しい森だ。


「方角的には、西へ西へと逃亡しましたので、恐らく人間界のどこかだと思います」

 ルナが答える。


「そうか……」

 俺は彼女の返答を聞いて思案する。


 人間。


 魔王にとっては、当然敵対勢力だ。


 だが、人間同士も派閥や思想ごとに大小様々な国に分裂し、血で血を洗う闘争に日々明け暮れている。


 人間が一丸となって協力すれば魔王にとっても十分脅威となりうるのだが、なぜかそれができない。不思議な種族だ。


「とりあえず、周囲を探索してくるよ」

 俺はそういって立ち上がる。


 人間が、行動原理の読めない不思議な種族であることには違いないが、ここが人間界である以上、彼らに頼らざるを得ないであろう。


 いくら魔王でも、見知らぬ土地の見知らぬ森の中に、突然住むことはできない。


 現地人と接触し、当座の衣・食・住を確保したいところだ。

 これからのことは、それらのあてがついてから考えるのが上策だろう。


「お供いたします!」

 ルナがそう言って、愛用のヒートジャベリンを手に勢いよく立ち上がるが、俺はそれを制止する。


「な、なぜですか!? 魔王様に何かあったら、私は生きていけません!」

 泣きそうな声で訴えかける彼女を、俺は優しく諭すことにする。


「ルナ、気持ちはうれしいが、『テンペスト』の面倒を見てやってくれ。ケガをしているし、まさか人間界を飛竜を連れて練り歩くわけにもいくまい」


 そういって俺は、少し離れたところから俺たちを見つめる飛竜を指さす。


 テンペストは俺たちをここまで運んでくれた飛竜で、ルナの相棒だ。

 羽をけがしているが、幸い重症ではなさそうだ。


 俺がテンペストに近づいて頭をなでてやると、彼女は満足そうにグルルルルと喉を鳴らしながら、しっぽを振った。


「うぅ……。分かりました」

 ルナは意気消沈しながらも、なんとか納得してくれたようなので、俺は早速出かけることにした。


 5分ほど歩くと、すぐに森が途切れた。

 あたりはのどかな草原地帯になっており、山羊たちがのんびりと草を食んでいる。


 草原を吹き抜ける風が心地よい。


「さて、どうしたものかな?」

 俺は周囲を見渡す。


「きゃぁぁぁあああ!!」

 突然悲鳴が聞こえ、声がした方を振り返る。


 茶色のローブをまとった女の子が、数人の男たちに取り囲まれている。


「逃げるんじゃねぇよ。お姫様よ。お前さんを攫えば、身代金をいくらもらえることやら」

 何やらただならぬ状況だ。


「待て! 何をしているんだ!!」

 俺は男たちに大声を上げる。


「誰だテメェは? 痛い目に遭いたくなけりゃ、黙っておうちに帰んな」


 男たちの中の一人が俺に近づいてきて、ナイフを突きつけながら脅しをかける。

 どうやら交渉のできる相手では無い様だ。


「仕方がない。喰らえ!」

 俺は風の初級魔法、エアロを詠唱し、男たちを吹き飛ばす。


「ぐ、なんだコイツつえぇ」

「畜生、一旦引くぞ!」


 男たちはあっさりと引き上げていってしまった。

 これでも随分と加減したのだが。


「あ、あの……。助けていただいてありがとうございました」

 女の子が羽織っていたローブを脱ぎ、礼を言う。


 輝くような黄金色の髪を腰まで伸ばしている。

 瞳は美しいエメラルドブルー。


 白地に金の刺繍が入ったドレスを身にまとい、これまた上等な刺繍が施された淡い桃色のマントを着けている。


 年のころは14・15歳ぐらいだろうか?

 可愛らしい女の子だ。


「私はシルヴィア=フォン=エルトリアと申します。エルトリア王国の第一王女です」

 彼女はそう言って名乗った。


 なんと俺が助けた相手は、「中央六国」のうちの1つ、エルトリア王国の王女様だったようだ。


「あなたのお名前は?」

 彼女はそう言って少しだけ首をかしげる。さて、なんと答えたものか……。


「俺はアレク、その、た、旅人です」

 随分と行き当たりばったりな偽名と嘘をついてしまった。


 こんなことなら現地人と接触したときのために、ルナと打ち合わせて適当な方便をでっち上げておくべきだった。


「あの、もしかしてアレクさんは『魔王様』ではございませんか?」

 シルヴィアから全く予想外の質問が入った。


 な、なぜバレた……。俺は言葉に窮する。


「やっぱり! 私、幼いころに貴方にお会いしています! それ以来ずっと貴方に憧れていました!」

 俺の沈黙を是と受け取ったのか、彼女は嬉しそうな顔をしながら手を叩く。


 正直俺は全く身に覚えがない。だが、魔王として、中央六国の王たちと面会したことは何度かある。その時に彼女もいっしょについてきていたのだろうか?


「あの……」

 シルヴィアは手をもじもじさせながら何事か言いよどんでいる。


「あ、あの魔王様。も、もしよければ」




「魔王様に、私の宰相になっていただけないでしょうか!?」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王女様、主人公が王という認識を持ちながら、自国の宰相に誘うのは流石にあり得ない話かと思いました。 誘うのであれば主人公が置かれた事情を知ったうえで、主人公が魔王に返り咲く意思が無い事を…
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