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4.白くて柔らかい湿布


 市場での食べ比べを満喫した後、タケルさんはしばらくこの街にいると決めた。俺が薬師の技術を使って作るものが何か見てもらい、タケルさんが欲しいものについて、より詳しく詰めていくためだ。その上で専属契約を結びたいとまで言われれば、俺はもう断る理由さえ見つけられなかった。

 自信はない。

 自負もない。

 でも。


 タケルさんがあまりに嬉しそうに、ショウユもミソも食べてくれる。それを見れるだけでも、俺はとても幸せな気分になれた。


 それに、タケルさん以外にもこの調味料が売れるかもしれない、という話さえ出てきたおかげで、今までになく俺は薬魔法へのやる気が出ていた。

 S級の冒険者は、時に英雄としてもてはやされ、王侯貴族でさえその動向をこぞって気にするらしい。中でもタケルさんは、ソロ冒険者という、王侯貴族からすると『強さの象徴』のような人らしい。


 そんなタケルさんがひいきにしている調味料と分かれば、ばあちゃん曰く、魔法を使う工程が必要な調味料として売れるかもしれない、という話だった。



「ただ、出所を詳しく詮索された時が、問題だねぇ。お前がもともとは、クメイガースの家の出であることはすぐわかるだろうし、しかも薬師の才能がないから捨てたことを知られたくないと、向こうも当然考えるだろうし……何より、突然訪ねてあの態度じゃ、話し合いも望み薄かねぇ」



 ばあちゃんが食べているのは、タケルさんが作ったミソシルというスープだ。このあたりの名産品であるワルカメが入っており、さらに魚の骨でだしを取ってある。そして、白くてプルプルした、角切りのものも一緒だ。



「折角、アロルドの作る湿布が、トウフっていう食物だと分かったってのに……しかしこれは美味しいね、淡泊で、何時も使い物にならんとばかり思って捨てていたのが惜しいほどだ。老人好みの味だよ」



 そう。

 俺が作る、冷却用の湿布。それが、タケルさん曰く『トウフ』という食べ物らしい。


 タケルさんの故郷の食べ物で、この大陸だとダズルゥ豆を使ったファーラウという食べ物が近いそうだ。俺は食べたことがないけれど、乾燥させて固くしたものをおやつのように食べるのが主流で、こうして柔らかいまま食べないんだとか。



「まあ、でも、何にせよ俺が居たおかげで役立ったようで、何よりだよ」



 タケルさんはしばらく滞在する先として宿屋にいたが、途中で『これじゃ料理が作れない!!』と嘆き始めたのを見たばあちゃんが、わが家への逗留を申し出たのだった。


 その逗留が、俺とばあちゃんに、再び奇跡をもたらした。


 朝食前のこと。

 突然の来客があったのだけど、俺は何時になく何度もポーションや軟膏を作ったので、疲れて寝ていた。ばあちゃんは朝に作る分のポーションの調合中でたまたま手が止められず、タケルさんが対応してくれたのだ。


 尋ねてきたのは、男性。そして彼は、もう何年も見ていない、父親だった。


 父親は俺をクメイガースの家から追い出した、張本人。ばあちゃんが居なければ、死んでいた原因を作った相手だ。


 だけど、俺が、ずっと認めてほしいと願っている人でもあった。


 タケルさんはそんなことは知らないから、父……イハル・クメイガースに、こう言った。



「はぁい、悪いね。アロルドとウバルさんは、今手が離せないんだ。用件だけなら、俺が取り次ぐよ」

「誰だ、貴様」

「あー、タケルって言うんだ。冒険者で、今、ウバルさんの世話になっている」

「何だと? ……」



 冒険者がいるなんて、思いもよらなかったのだろう。



「何故だ」

「いや、何故って言われても……。それより、用事があるんじゃないのかい? 話を伝えるくらいなら、俺でも出来るし」

「ちっ……いや、いい。貴様では話にもならん、出直す」

「そうか。じゃあ、名前は? それくらいなら、伝えておくよ」



 そして父は、イハルは、どこか憎々しげにこう告げていったという。



「出来損ないをイハルが引き取りに来た、そう伝えろ」



 タケルさん曰く、見たところはイハル1人だけだけど、その周りに冒険者やらなにやら、潜んでいるのが丸わかりだったそうだ。もし俺やばあちゃんが出ていたら、問答無用で暴力で連れていく気だったのかもしれない。



「そいつらにだけ殺気飛ばしといたからな、俺の力量が分かってんなら、心ある奴が進言するだろう。手荒な真似は危険ってさ、そうじゃないなら思い知らせてやろう」



 ところで、と、タケルさんは言った。



「結局、あのイハルってのは何者だ?」

「ああ。……あれはね、私の息子、アロルドの父なのさ」



 俺が思わず立ち上がると、ばあちゃんが見つめ返してくる。


 ああ、これは、ばあちゃんが大事な話をする時の目だ。そう思って、俺は大人しく席に戻った。

 俺を取り戻しに来たなんて言ったあの人は、父は、いったい何を考えているのだろう。でも、タケルさんが居てくれることで、少なくともばあちゃんが手荒な真似を受けるのは避けられるかもしれない。そう思うと、話を遮るのは、悪手に思えた。



「アロルドが生まれたクメイガースの家は、薬師として大成したからこそ今の地位を得た家柄だ。その家で薬師としての才覚を持たないものが生まれた場合の末路は、手厳しすぎるところも多かった。でもそれが、クメイガースの家では当たり前だったんだ。私だって、孫のアロルドがあんな仕打ちを受けなければ、目が覚めないくらいにね……」



 ため息をついたばあちゃんは、タケルさんを見る。



「タケルさんが対応してくれたイハルは、アロルドの……才覚がない者の親として、一族の中で辛い目に遭ってね。アロルド以上に、イハルへの一族の当たりは、酷いものだった。私はそれへの反発も込めて、クメイガースの名を捨てようとした直前に、イハルはたった8歳の、まだ攻撃魔法さえ使えないアロルドをゴブリンが数多徘徊するような、危険な森へ捨ててしまったんだ」



 当時のことは、俺の意識する上での記憶には、おぼろげだ。

 でも体は、覚えている。それがどんなに恐ろしく、暗く、たまらないものだったのか……。とても、とても恐ろしい経験だった。でも父には、全く違ったんだ。



「それをもって、一族はイハルを褒めたたえる側へ転じた。『才覚がないものを捨てた、良きクメイガース』と……」



 タケルさんは難しそうな顔をして、腕を組んだ。



「似たような話は、何度か巡り合ったよ。同じように、特殊な魔法に特化した家柄だからこその事情だった。貴族としての地位を守りたいもの、クメイガースの家のように技術の維持に命をかけているもの、様々だったけどな。んで、あの兄さんは『出来損ない』と『それを庇った愚かな親』だったはずのあんたら、特に、アロルドを連れに来たってことだよな?」

「ああ。……一応ね、心当たりはあるのさ」

「心当たり?」

「次のクメイガースさ。知り合いの情報屋から仕入れているが、クメイガースの家に、アロルド以降、子どもが生まれていないんだよ」



 ばあちゃんは、低い声で言う。



「イハルは、クメイガースのためとして、アロルドの母とは離縁したんだ。彼女は今、新しい家庭を持っているし、幸せに過ごしているよ。その後にイハルは、5人もの後妻を持った。だが、その誰にも、子どもが生まれていないんだ」

「……こう言っちゃあれだが、イハルさんとやらが、後天的に種無しになった可能性はないのか?」

「それだけじゃないのさ。イハル以外にも、もちろんクメイガースの血を引く者は何人もいる。その者たちにも、子供が総じて生まれていないんだ」



 それは、俺にとっても初耳の話だった。

 でもそれと、俺を連れ戻す話がどう関係するのか、いまいち繋がらない。



「イハルがどう考えているかは分からないが、一族の重圧に耐えきれず我が子を森へ捨てるほど、追い詰められやすい子だ。碌な思考じゃなくなっているだろう。私とアロルドが、クメイガースに呪いをかけていると思い込んでいるのかもしれない」

「っ、そんなこと、していない! そんなの、俺、戻りたいとは、思うけどそんなことしてまで……」



 思わず立ち上がった俺の心の中は、ぐちゃぐちゃだった。確かに俺はクメイガースをもう一度名乗れたら、とは思っていた。でもそのために、人の運命を呪うようなこと、することさえ考えなかった。



「予想だよ、アロルド。でも、子どもが生まれないことの根本的な原因の解決を先送りにしてまで、イハルはお前を探してきたようだ」



 ばあちゃんは難しそうに、腕組みをした。

 俺もその言葉に、ハッとする。もしそうなら、クメイガースに嫁いだ女性たちに何らかの異変が起きているのかもしれない。病気や薬の弊害、魔力の著しい乱れ、精神的な理由、様々な理由が考えられる。



「イハルが何故、お前を見つけて連れ戻せば良いと考えたのか、詳しく知らなくてはならないね。今のはただの予想、あまりに情報が少ない」



 鋭く目を光らせたばあちゃんはまるで、戦支度をする武将のように厳めしく、もう一口ミソシルを飲むのだった。



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