3.ポティティのバティショウユ絡めとミソノッケ
生まれて初めて手にした、ポーションと軟膏を売って稼いだ2000ゴルド。
それを手にした俺は今、タケルさんと一緒に市場に来ている。この街は初めてだという彼が、俺にもっと信頼してほしい、という理由で、同行を申し出たのがきっかけだ。
正直……まだ、どこか、信じられない気持ちがあるのは、確かだった。
「ここが、リドゥの街のマーケットです。街の人からはメモン通りと呼ばれてますね」
「へぇ。結構にぎやかだな」
「はい。軽食が食べられるところもありますし、それと……あっ、見てください。川魚が獲れるので、それを新鮮なうちに買えば、お店で調理してくれるところもあるんです。だから、結構観光のお客さんも多いんですよ」
ふんふんと頷くタケルさんと共に歩いていくと、不意に彼が足を止めた。野菜を扱うお店の前だ。
「おっ。ちょうどいい、じゃが……じゃない、ポティティがあるな」
「どうしましたか?」
「……まだコメは見つからないからな。折角だ、お前にショウユとミソの食べ方の1つを教えるよ」
「えっ」
そう言うと、タケルさんはポティティを買いにいく。
「ありがと。な、おっちゃん、どっか調理できるとこあるか? 生活魔法使ってもいいところ」
「あー、なら。市場の調理場があるぞ、そこだ。使用料を払えば、旅人も使えるからな」
「いいねぇ。よっし、アロルド、そこ行こうぜ」
正直、あのポーションと軟膏を食べるってどういうことか分からなかったので、俺は頷くしかない。調味料、と言ってたけど、どう食べるんだろう?
調理場についたタケルさんは、すぐに利用料を支払って中に入った。大きな屋根の下に、1カ所4人ずつ座れるテーブルが並んでいて、その一部に水が出る流しと、魔力を流すと火がつく便利かまどが備え付けられている。
貸し出されたテーブルにいくと、タケルさんが手袋を外して料理を始めた。
「じゃあポティティを水洗いして、皮むきして、それと水を出して……」
途端、袋から出たポティティを水の泡が包み込み、同時に薄皮がぽろぽろとめくれ落ちて、さらにその泡が一度流しに消えたかと思うと、今度は沸騰した熱いお湯の塊がポティティを包んでぐらぐらと揺れだした。
生活魔法、と呼ばれる、調理にも使える魔法のオンパレードだけど……普通はまな板や包丁を使うし、魔法ばっかりで調理することなんてない。少なくとも俺は、ここまでできる人は見たことがなかった。
「……タケルさん、そんなこともできるんですか?」
「おう。俺、生活魔法も割と使えるんだわ」
「は、はあ……」
よく分からないうちに、ポティティはすっかりゆで上がったらしい。それが今度は細かく切られて、タケルさんが出した平たいお皿のような鉄鍋に、バティが落とされる。
バティは、バティの木の実をつぶして水から茹でて、その上澄みを取り除いたものだ。俺もばあちゃんが作るのを見たことがあるけれど、手間がかかるから高額で、あまりお目にかからない。その分、とてもいい匂いがする油だと覚えていた。
そんなものがポンと出る当たり、やっぱり、タケルさんは冒険者としてかなりの成功者なのだろう。
「それで、ここにポティティをいれて……絡めるように焼き付ける」
「美味しそうですね……」
「ここからだぜ。アツアツの鍋肌に……ショウユを添わせるんだ」
ジュッ、と音を立てて、なんだか茶色くて塩辛いポーション……いや、ショウユが鉄鍋に弾けた。同時に湯気が一気に立ち込めて、香ばしいバティの匂いと混ざり合い、思わずつばが口の中に溜まってくる。
まるで、まるでじっくりと焼き目をつけた野菜の甘味にも似た、特別な香りに思えた。
「……本当に、調味料なんですね」
「ああ。俺の故郷だと、こうやって味付けとして色んな料理に使ったんだ。まさかポーションの材料から出来るとは思わなかったなぁ……」
「俺もばあちゃんも、ずっとポーションの出来損ないだと思っていました。でも、調味料だって思えば……成功?」
「その通り! ほら、食べてみろよ、アツアツのうちが一番だ!」
食器を渡されて、促されるままにポティティを1つ突き刺す。口に入れると、熱い。当たり前だ、でも、ホクホクのポティティをバティの豊かな風味と、ショウユの地味だけどどっしりした味わいが、これでもかと包み込んでくる!
そして軟膏……タケルさん曰くミソをつけたポティティは、ショウユとは違う。濃厚で、コクがあって、うっすらまぶすようにつけるとポティティの淡泊な味を何倍にも膨らませてくれた。軽く炙って焼き目をつけると、それもまた香ばしい。塩味も良いかげんだ、つけすぎないように注意しなくちゃいけないけど、それにしたって美味しい!
そう。
とてもシンプルで、だけど、とても美味しい!
「……美味しい」
「うまっ……やっぱ醤油だよなそうだよな、ぜってぇうめぇもん、ずっと思ってたもん、絶対食べたかったうわー! 俺マジ、この日のために生きてたわ!!」
「大袈裟ですよ、タケルさん」
そう言うと、タケルさんは苦笑して、
「ま、そうだよな」
と、笑う。
何となく、俺には、快活なはずの彼の笑顔が寂しげに思えたのだった。