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2.ドロドロの黒い軟膏



 タケルさんと別れた、その後のことだ。


 衛兵さんの一人に付き添われ、俺は無事に家に届けられた。

 ばあちゃんの気持ちを思いやってくれたのか、衛兵さんは『転んでけがをした様子だったので、付き添わせてもらった』という、嘘にもならないような嘘をついてくれた。そしてばあちゃんは……何も聞かなかった。逆に、俺はいたたまれなくて、その日はポーションづくりもせずに、きちんと算術と法律の勉強をして、ばあちゃんに言いつけられた時間通りに寝たのだ。


 そして、翌日のことだ。


「すみません、アロルド君いますか」


 友人のような顔をして、タケルさんが家に来た。

 黒い目、黒い髪、間違いない。彼は、タケルさんだ。


「タケルさん!?」

「あ、よう。アロルド。痛みはないか? 残るようになんて、治してねぇけどよ」


 砕けた口調で話す彼に思わず、


「あ、はい。平気です……」


 と、返していた。

 ばあちゃんには、これでバレた。まさかばあちゃんも、孫が街の外に出てゴブリンに殺されかけたところを、通りすがりの冒険者に助けられて帰ってきたとは思いもしなかっただろう。


「……はぁ。街の外に出たのは分かっていたが、まさかゴブリンに殺されかけてたとは……」

「ごめん、ばあちゃん」

「今、お前がここにいるのは、奇跡そのものじゃないか……まったく」


 話したらポーション作りを止められるかもしれない、と思って、黙っていた俺が馬鹿だったと、ばあちゃんの表情を見て思い知らされた。


「そのことなんだがな……ギルド側から、黙っていてくださいお願いしますって意味で、金が出たぞ」

「はい?」


 ぽかんとするばあちゃんと俺の前に、タケルさんが、明らかに重そうな音がする袋を置く。

 袋をばあちゃんが開いて、呆然とするのが見えた。だってそこには、金貨が山のように詰まっていたんだ。タケルさんは両ひざに手を置いて、俺とばあちゃんをじっと見つめた。


「今回の件は、ここの冒険者支部に所属するメリーナという少女が、力量不足なのを分からず、ゴブリンの巣に立ち入ったのが原因だと分かっている。彼女は街の方へ逃げ、途中で足止めの策も講じなかった。通常はギルドの初期講習で習うが、それすら受けなかったようだ。だから、ギルド側からはむやみに話してほしくないらしい」

「正真正銘、口止め料ってことかい」

「ああ。……ただ、俺がこれを持ってきたのには、もう一つ理由があるんだ」


 ずいっ、と、タケルさんが俺に顔を近づけた。


「やっぱり。……なぁ、醤油、もってんだろ」

「だからショウユって何ですか……?」

「塩辛い、茶色っぽい液体だ。調味料になる。俺はそれが欲しい」


 ばあちゃんと俺は、思わず顔を見合わせた。その特徴に当てはまるものなんて、俺が作るポーションの……失敗作どころじゃない謎の物体しかない。

 だが、俺とばあちゃんの様子を見て、タケルさんは確信したらしい。


「持ってるんだな?」

「……あの、ショウユっていうのは、持ってないです。でも」

「でも?」

「……同じような特徴があるものなら、あります」


 俺がおそるおそる、詰めたままの失敗作を取り出す。それを見たタケルさんの目が、カッ、と見開かれた。


「それだ」

「え?」

「醤油だ。間違いない。なめていいか?」

「なめる!?」


 こんな得体の知れないポーションを、舐める!!


「ちょいとお待ち! これを、一応、置かせておくれ」


 ばあちゃんが出してきたのは、特製の毒消しだ。


「万が一何かあったら危ない。それに……そんなギルドの内々の話を持ってくるなんて、タケルさん、あんたタダの冒険者じゃないだろう?」

「そういや、その辺りを名乗っていなかったな。これを」


 そうしてタケルさんが、俺とばあちゃんに冒険者証とよばれるものを見せてくれた。昨日見た通り、木とも、金属ともいえない模様の、手のひら大の板だ。


「……オルハリコン」


 ばあちゃんが、唖然とした顔で呟いた。オルハリコン、については、俺は良く知らないけれど、ばあちゃんが次に言った言葉でその価値を理解した。


「まさかあんた、ギルドでも現時点では1人っていう、ソロのS級の冒険者なのかい? パーティーを組まずに活動している、例外中の例外って噂の?」


 それがどれほどすごいかは、俺もよく理解している。

 薬師ギルドにも、ランク制がある。S級は、本当の一握りだけで、ここ十数年誕生さえしていない。クメイガースの家の出身であるばあちゃんでさえ、B級なのだ。A級に至るには、国家規模で貢献できるような存在じゃないと難しい。


「ああ。ただ、対外的にはA級で通している。S級は本来、国防のために一カ所にとどまることを要求されることが多いが、俺は旅に出たいからな」

「っ、そんな秘密を言うってことは……本当に、この子に頼みごとがあるってことだね」

「だから言ってるだろ。そのポーションだ、俺がずっと探していたものかもしれない」


 俺はおずおずと、ポーション……というか、茶色い謎の液体を差し出した。タケルさんはすぐさま容器のふたを開け、匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけ手に出してぺろりと舐める。じっくりと味わうように目を閉じ、やがて、


「これだ……」


 と、恍惚とした顔で呟いた。


「これだ、これが俺が探していたものだ!!」

「……すまないね、教えてくれないか、タケルさん。これは、いったい、何なんだい?」

「ん? ああ、そうか。これは、ショウユという。調味料の一種なんだが……あまりにも局所的にしか作られていないせいか、鑑定魔法にも答えが出ないんだろうな。ほら未発見だった植物が、人にみつけられて初めて、鑑定魔法で分かるようになるのと同じだ。人の共通認識の共有たる鑑定魔法……それを適応するには、少なくとも複数人がその存在について分かっていないと意味がないだろう?」


 呆然とする俺とばあちゃんは顔を見合わせ、それからもう一度、ショウユと呼ばれた出来損ないのポーションを見つめた。

 調味料。つまり、料理に使う味付けのための食材だったってこと? 俺が作れたのは、調味料だったってことか?

 ばあちゃんでさえ解明できなかった、俺のポーション。その謎が、今、解けた。

 俺の口から、変な笑いが出てくる。


「調味料……それなら飲んでも、何も回復しないわけだ」

「アロルド……」

「いいんだ、ばあちゃん。すっきりした。でも、ポーションじゃないなら、本当に俺、薬師の才能は無いんだね」


 乾いた声を漏らす俺の肩を、突然、タケルさんがつかんだ。


「これ、何本ある? どのくらい作れる?」

「……え?」

「買わせてくれ。なんなら、専属契約を結んだっていい。あるだけほしいんだ」


 それは俺にとって、想像もしない問いかけだった。


「か、買うって?」

「そのままの意味だ。これは……俺にとって、とてつもなく大切な、故郷の味なんだ」

「故郷の、味?」

「そうだ。でもこの辺では、いや、この大陸では売ってすらいなかった。俺自身に、作る技術もなかった。それを、お前はどうやら生み出せるらしい。それなら、買うし、専属契約で毎月一定量収めてくれるなら、俺にできる限りの金を払う!」


 言い切るタケルさんに、俺は唖然としてしまった。

 薬師ギルドで無価値とされたポーションは、もちろん売ったことなどない。それに専属契約は……薬師にとって、重要な大切な収入源で、その薬師の手腕を示す契約だ。

 たとえば、腕のいい冒険者と契約した薬師は、決まった量のポーションや毒薬を納めることで、その冒険の手助けをする。また大きな商家なら、ポーション販売の利益の一部が回ってくる。さらにそうした契約が多いということは、薬師本人の技術の信頼度にもかかわってくる。信頼できる商品を、たくさん生み出せる腕があるってことだからだ。


「本当、ですか?」

「まだ信じられないのか」


 悔しそうな顔をするタケルさんに、俺は動揺した。

 今まで……俺はずっと、ポーションの1つも作れない出来損ないだと言われてきた。それが突然、専属契約を持ちかけられたのだ。信じられないし、どうしていいかさえ、分からなかった。


「……俺にとって、これは、この幼竜の牙と同等の価値がある」


 そう言って、タケルさんがポーチから取り出したのは……恐ろしいほどの魔力が詰まった、真っ白くて、ほんの小さな牙だった。

 本で、読んだことがある。生まれ落ちたばかりの幼竜の牙は、その入手度の困難さと同時、膨大な生命力を秘めていて、使えば失った腕を蘇らせるほどの力を持つポーションを作れるって……。


「っ、た、タケルさん、その」

「売ってくれるか?」

「……はい。えっと、これ1本しかないんです。だから、1ゴルドで構いません」


 それでもやっぱり、俺は俺の作ったものに……自信が持てなかった。

 調味料、しかも得体のしれない色をしているんだ。せめて塩なら、価値があったのに。


「1ゴルド!? 1エンだと!! ……じゃあ、薬師が売るポーションと同じだ、1000ゴルド、これでどうだ」


 耳慣れない単位を口走ったタケルさんが、1000ゴルド銅貨を俺に握らせた。信じられなくて、手が震える。


「そんな、タケルさん、こんな」

「俺にはそれだけの価値があるんだってば」

「……アロルド、頂いておきな。それだけじゃないよ、タケルさんにお前が作ったものを、全部見ていただいたらどうだい?」

「でも」


 ばあちゃんが、俺を諭すようにのぞき込んだ。


「いいかい? もし、タケルさんが伊達や酔狂でこんなことを言うのなら、何の得がある?」


 俺は、答えられなかった。

 理屈では、分かっているんだ。タケルさんが嘘をついたって、何か得があるのか、今の時点じゃ判断さえできない。いいや、死ぬかもしれなかった俺を無償で助けてくれるような人が、こんなにも真剣に語り掛けてくれる人が……わざわざ嘘をつくようには、思えない。


「S級の冒険者だと言えば、多額の報酬で国に雇われることだって訳はない。なのにA級と偽ってまで、あちこちを旅するような人が、お前に真実を告げて、お前の作ったものを欲しいと言ってるんだ。しかも幼竜の牙を持っていることを、今、私とお前がいる前で示しただろう。それを誰かに言われるかもしれない、そんなことも承知の上で、お前に頼み込んでいるんだ」


 そうだ。そう、分かっている。

 ばあちゃんは、俺の手をそっと両手で包み込むように握り締めた。


「……お前は、ずっと、馬鹿にされてきた。必死になって身に着けた薬師としての技を、否定されてきた。だからすぐに頷けないのは、私にはよくわかるよ。だけど……」


 いつしか俺の頬を、涙が伝っていた。


「そんな中で、やっと、あんたの作ったものを評価してくれる人が現れたんだ。ちゃんと応えないと、あんたは本っ当に、自分自身までも裏切ってしまうよ」


 俺は手に置かれた、1000ゴルド銅貨を、ぎゅっと握り締めた。


「タケルさん……失礼いたしました。どうぞ、そのポーションはお売りいたします」

「……ありがとう!」


 頷いたタケルさんが、俺の外れポーション……いや、ショウユを大切そうにポーチにしまい込む。


「ところで、他にもあるって言ってたけど、何があるんだ?」

「ええと、同じように塩辛い、茶色くてドロドロの軟膏です……」

「……ミソか?」

「ミソ? それも、調味料なんですか?」


 頷いたタケルさんが、俺が持ってきた軟膏を舐めて、その軟膏も買うことになるのはわりとすぐだった。



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