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1.茶色いポーション



 緑色の葉をすりつぶしていくと、部屋いっぱいに良い香りが立ち込めた。様々な器具、金属、戸棚に満杯の乾燥した草の束。天井からは透明な容器に封入された獣の乾燥物が吊り下げられているような、そんな部屋の中に俺はいた。


「よし、後は魔力を混ぜ込めば……!」


 さっ、と杖をかざし、俺は魔力を込める。小さな鉢の中には、すりつぶされたクォールの葉と、浄化魔法で綺麗にした水が入っていた。


「”新緑 芽を出す 日差し 煌めけ” ……!」


 魔力を込めて言葉を並べていくと、緑色の水に変化が訪れる。こぽこぽと音を立て、まるで沸騰したかのようにもち上がると、とたん。

 濃い茶色の、やや香ばしい香りがする液体に変貌した。ああ、また、失敗だ。


「最下級ポーションも、ダメか……」


 思わず、悪態をつきそうになった時だった。


「なんだい、この臭いは」


 背後から聞こえた声に、肩が飛び跳ねる。


「ばっ、ばあちゃん!」

「……ああ、アロルド、あんたかい。じゃあ仕方ないねぇ」


 憐れむような目を向けるばあちゃんに、俺は肩を落とすしかない。何も答えずに、ポーションになるはずだった濃い茶色の液体を、使い古した瓶へ詰めた。魔法で強化されたこの瓶は、ばあちゃんにもらって以来、俺が何度も何度も、繰り返し洗って浄化魔法をかけてきたものだ。


「アロルド、責めてるわけじゃないんだよ」

「ううん、大丈夫。じゃあ、俺、使った分のクォールの葉、取ってくるね!」


 肩に置かれたばあちゃんの手を振り切り、俺は駆けだした。玄関先の肩掛けカバンとマントを取って、にぎやかな商店街を通り過ぎ、そのまま街の外に出る門を通り抜ける。

 ……俺が生まれたのは、薬師という、ポーションなど薬を作る魔法に長けたクメイガースという家だ。だからアロルド・クメイガースが本当の名前。今はただのアロルドとして、ばあちゃんの元で生きている。


(俺に、薬師の才能があれば……)


 ポーションは本来、最下級のものなら淡い青色、少し上で緑、赤、黄色と色が変わっていく。さらに無味無臭で、だからこそ、冒険者が咄嗟の事態の時に飲み干せる。

 けれど俺がポーションを作ると、茶色くやたら塩辛い。それどころか、どこか甘いこともある。回復効果はゼロに等しく、ポーションの価値すらなかった。


 クメイガース家は、その出来損ないの存在を認めなかった。当時8歳だった俺を、森に捨てるくらいには、俺のことを認めようとしなかったんだ。

 唯一、ばあちゃん……前当主の妻だったウバル・クメイガースが俺の身を案じ、助けてくれたおかげで今日まで生きてこれた。ばあちゃんはクメイガース家から離れてまで、俺を助けてくれた。さらに何とか他の方法で生きていく方法として、算術や法律など、あらゆる知識を身に着けさせてくれたのだ。

 そのばあちゃんのことを想えば、俺はさっさと薬師の道を諦め、早くどこかの商家に奉公に出るのが筋だろう。


(ごめん、ばあちゃん……)


 でも俺は、諦められなかった。

 捨てられた8歳の時から、もう5年も経っているのに。


(俺もいつか、ちゃんとしたポーションを、作ってみせるんだ……!)


 それだけが俺の望みで、救いだった。

 いつか、いつかちゃんとしたポーションが出来れば、家族にもう一度会えるのではないか。父や母に、振り向いてもらえるのではないか。

 もう一度、アロルド・クメイガースと、名乗れるのではないだろうか。そう思うと、まだ、どうしても、諦められなかった。


「っしと、無駄遣いした分は、しっかり集めないとな」


 無意識ににじんだ涙を拭いて、俺は茂みに目を落とす。この辺は、一般人でも立ち入れるほど、モンスターの少ない場所だ。クォールの葉は街中でも栽培されているが、魔力を通すには野生の方が適している。

 使った分だけ摘むのなら、そんなに時間はかからない。


「でも、なんで俺のポーション、あんな風になるんだろうな……」


 名の知られた薬師であるばあちゃんでさえ、この謎は解けなかった。ばあちゃんの流す魔力を模倣しても、全然ダメだった。それにポーションだけじゃない。何故か、俺が薬魔法を使って道具を作ろうとすると、全部失敗する。

 たとえば、火傷用の軟膏は、本当なら薄い黄色だ。だけど俺が作ると、黒くてドロドロで、謎の臭いがして、やたら塩気のある軟膏になる。

 毒消し薬は、本当は小指の爪を半分にしたくらいの白い粒だ。俺の場合は……何故か腐ったように糸を引いて、しかも茶色くて、やっぱり臭い。


「魔力からダメなわけじゃないんだよなぁ……浄化魔法は無事に使えるし」


 そう、そこが変だった。

 薬魔法だけがダメで、それ以外の魔法は、ちゃんと使える。ただ攻撃魔法を使うとなると、1発や2発が限界だ。薬魔法に特化しているから、魔力の割り振りが全くできなくて暴発するし、凄い精神力を使ってしまう。

 でも薬魔法に比べたら、確実に成功しているのだから、頭が痛い。


「……はぁ」


 クォールの葉を摘み終えて、腰をあげた。


「よし、戻ろう」


 踵を返そうとした、その時だった。ガサガサっ、と目の前の茂みが揺れ動く。ハッ、として身を固くすると、


「あっ、ごめん!」


 と、いう声と共に、可愛らしい栗色の髪をした少女が、俺の目の前を通り過ぎた。装備品からして、下級冒険者だろうか。びっくりしたが、変なことじゃない。

 しかし彼女は、何故かやたらと急いで、その場から走り去っていく。


「なんだ?」


 その答えは、すぐに分かった。


「っ、ゴブリン!?」


 1匹や2匹なら、俺も倒したことがある。でも茂みから出てきたのは、一目では数えきれないような数……10匹以上は確実にいる。


「君っ! 急いで逃げるんだっ!」


 かなり後ろから、衛兵さんが叫ぶのが聞こえた。それくらい街のすぐ近くで、だけど。だけど、ゴブリンたちが俺を取り囲む方が、ずっと早い。

 カバンに、ばあちゃんのくれた特製の毒霧薬があるけど、出している暇なんてない。


「ひぃ!!」


 右足に、噛みつかれる。そのまま、引きずり倒された。腹めがけて、ゴブリンのこん棒が、振り下ろされる。ずんっ、と重い音がした。


「げぇっ!」


 口いっぱいに、血の味と酸っぱい臭いが逆流する。ゴブリンの数は、俺が目にした時より増えているようだ。衛兵さんたちも、そのせいでここまで来れない。


(あの子、これから逃げていたんだっ!)


 ゴブリンは集団で暮らす。だから、何かの拍子に、大きな群れに引っかかると、凄く危険なモンスターだとばあちゃんから聞いていた。ゴブリンに押し付けられて、もう身動きが取れない。


「ぁが、ぁ……」


 意識が、もうろうとしていく。


「”分かつ 月 一人 花 朧”」


 何か聞こえる。

 瞬間。

 俺を押さえつけていたゴブリンが全て、吹き飛んだ。いや、吹き飛んだというより、消し飛んだ。まるで灰みたいにばらばらになって、どさりと落ちる。


「……え?」

「しっかりしろ」


 手がかざされた。大きさは、俺より少し大きいくらい。誰かが、俺を覗き込む。黒い髪、黒い目。にっかりと笑った少年は、俺より年上……くらいだろうか。

 腰には剣、太もも当たりに小さな盾がある。それから荷物を背負っていて、この装備は……なんだろう、見たことはないけど上等なのは分かる。


「よし、治癒も効いてるな。話せるか?」

「……はい」


 びっくりしすぎて、目が丸くなったまま戻らないような心地だ。

 恐る恐るあたりを見回すと、ゴブリンなんてどこにもいない。あるのは、灰のような白い粉だけだ。そして、俺の腕や胸の痛みも、完璧に消えていた。


「……俺は、アロルド、です」

「そっか。俺はタケル、冒険者だ」

「は、はい」


 体を起こされて、パンパンと土埃を払われた。すると衛兵さんが駆け寄ってきて、俺たちの顔を覗き込む。


「君! 無事かい!?」

「え、あ、はい。無事です。この人の、おかげです」

「ゴブリンがここまで出るのは珍しいみたいだな、無茶した冒険者がいるかもしれん。俺の方から、通達しておく」


 そう言った彼が、衛兵さんに何かを見せた。冒険者証と呼ばれる、特別な札だ。木材とも、金属ともいえない、独特の色をした手のひら大の板である。


「これは……はっ、承知いたしました。宜しくお願い致します」


 かしこまった口調になった衛兵さんに驚く俺を、彼。……タケルさんが、もう一度のぞき込む。


「なぁ、お前。アロルドって言ったか」

「は、はい」


 じっと見つめてくる彼が、唐突に言った。


「お前、醤油臭いな? 醤油持ってるんだな?」

「えっ、臭い!? ショウユ臭いってなに!?」

「ゴブリンに触られてなお香る、このかぐわしき匂い……醤油に他ならない」

「は、はい!?」

「明日、必ず見舞いに行く。気をつけて帰れよ」


 そう言うと、タケルさんは、さっさと立ち去ってしまった。通常は衛兵さんが何かと確認するが、それも無しだ。多分、凄い冒険者なのだろうとは、何となく分かった。


 この、素っ頓狂なことを言ってくる彼が、大陸全土を見てもたった1人のソロのS級冒険者だと俺が知るのは、翌日のことである。

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