依頼
ジャスタは24歳の迷宮探索者。
産まれ持ったジョブ・スキルは決して恵まれた方ではではなかったが、冷静さと高いチーム統率力を持っていた。
若くして10層の壁を越える有望な人材だったが、迷宮で戦闘のさいに利き手の親指を損失する怪我を負ってしまう。
大きな報酬を得たが、部位欠損を治癒するポーションが支給されるには半年の時間がかかると言われ、途方に暮れていた。
早く迷宮に、迷宮の奥に、さらに奥に
焦りと苛立ちを募らせていたジャスタだったがそこに仕事が入る。
物語はここから始まる。
付いてない。
心の底からそう思う。
もちろん、自分より不幸な人間なんて山ほど居るし職業柄、生きてるだけ運が良いとも考えられる。
それでも現状に対する不満が無くならない。
仕事でドジ踏んで指が一本なくなった。
治すには半年待たなければならない。
普通なら、指の欠損くらいそこそこ値の張る中級ポーションで簡単にひっつくのだが、千切れた指を回収できずに傷口を完全に閉じてしまった為にバカみたいな時間上級ポーションの入荷待ちする羽目になってしまった。
時期も悪い、後20日早く怪我してれば直ぐに手に入った物だが買い占めがあったせいで上級ポーションの素材が手に入る季節まで待つしかない。なんでも、お偉い様の怪我だか病気だとか。
町中で高額買取の貼り紙があったから、在庫が見つかったとしても吹っかけられれば手の出ない値段になってしまうし街に来て日の浅い自分にツテもない。
王都からそれなりに離れたこの街まで買い占めがあったてことはどこまで探しに行けば見つかるか分かった物じゃないし、そもそも一本ギリギリで買えるかと言う値段なのに働かずポーション探しなんかしてたら半年後に買えなくなった、なんて事になりかねない。
結論、半年は低階層での雑魚狩りをしつつ資金集めをする。
怪我が治った後の計画をしっかり練る。
「後、5レベ上げれば新ジョブに着けるのに」
マジで付いてねぇ。
「よぉ、落ち込んでんな」
「あ?」
「おいおい、良い話持ってきてやった優しい仲間に結構な態度じゃねーか」
面倒な奴が来やがった。この街で仕事をする時に組んでたギルド員のおっさんだ。
「上級ポーションを相場で売ってくれるのか?」
そんな訳ない、嫌味だ。こんなおっさんに見つけられるなら自分で見つける自信がある。
多少割りのいい仕事でも見つけて声をかけてきってところか?ギルドに所属してないねくさなしの俺と違ってこの街で10年もギルド員やってるおっさんだ、頼りになる事で。
ギルド員と組んでるせいで、ややこしい依頼に付き合わされた記憶がよぎる。
まぁ、それなりに面倒見てもらったことだし多少面倒な依頼でもどうせ迷宮の奥に行けないんだ、恩返しついでに受けてやっても構わんが。
「相場よりずっと安く手に入るぜ」
「………え?本当か!どうy」
いや、待て。怪しすぎる。
このおっさんがお人好しなのは知ってるがそんなうまい話はなかなか転がってる訳がない。
そもそも、上級ポーションはめちゃくちゃ高価だ。迷宮のそれなりの階層を探索している俺の持ち金がほぼ全部吹っ飛ぶ値段だ。
しかも怪我を負った探索で、かなりの額の臨時収入があってだ。
そんな高級品がこの圧倒的な品薄の状況で相場より安くって
「おいおい、なんだその目は。話も聞かずに失礼な奴だぜ」
………確かに、怪しすぎるが話を聞くだけならタダだ。
むしろ話も聞かずにヘソ曲げられたらこっちが困る。
「すまんな、どうも冷静じゃなかった」
「そうだろ、そうだろ。いいか聞いて崇めろ、見て靴舐めろ!今回の話はまぁ依頼でな、お前には学園の臨時職員をやってもr
「わざわざありがとう、でも大丈夫だ。そろそろ嫁が心配してるから帰るよ」
そんなうまい話はないと思ってたさ。
「まぁ、待て。最後まで話を聞いてけ。お前に嫁なんて居ないだろ、しいて言うなら迷宮が嫁だろ」
「手を離せ!そんな見え見えの罠にかかるバカなら、今頃生きてねぇんだよ!」
こんな話が外様の自分に回ってくる時点で1つも良い要素が見当たらない。
完全に地雷の依頼だ。
「待て待て、お前の考えはわかるけどちゃんとした理由があるんだっての」
「なんか聞いたら丸め込まれそうで嫌なんだよ!餌を直視する前なら引き返せるだろ!」
「なんて勘のいい若造だ!だが逃がさんぞ!嫌がりながらもどこか期待してんだろ?ん?」
くそっ!なんて勘の良いおっさんだ!
この状況下で上級ポーションの入手。確かに条件次第ではなんて思ってるところもある。そこを突っ込まれたら何か嫌がってるフリだけしてるみたいで超恥ずかしい!
「……………聞くだけだぞ?」
「あぁ、分かってるさ。聞くだけ聞くだけ」
ニヤニヤしやがって。
「実はな、学園に通ってんのは地元の有力者の子供だろ?んで、もちろん貴族の子供もいる訳だから迷宮の探索技術を教える必要があるわけよ」
「んなもん、騎士連中の仕事だろ?」
貴族は、ルーツがダンジョンを踏破した連中がその土地を納めるようになたことから迷宮に入るのは義務になってる。
王族ですら、王位を継承する最低限の踏破階層がある程だ。
それでも、貴族は貴族。迷宮に潜ればそれなりに見かけるとはいえお偉い様だ。
貴族と一緒に潜るのは貴族だけ。まぁ、優秀な探索者にとって付けたような一代限りの騎士爵を持たせることも多い。
逆にいえば、爵位なしの探索者とはほとんど関わりはないし、俺は当然爵位なんて持ってない。
「最後まで聞けって。まぁ騎士の仕事なんだがどうもここ数年、貴族の迷宮での死亡率が右肩上がりらしいんだわ。んで、原因は一般の探索者との関わる機会が減ったせいで実力があんまり把握し切れてないってのがおおよその見方だ」
それは分かる、そもそも貴族と一般人じゃ母数も違うし貴族の中で優秀と言ってもたかが知れてると言うのは十分に考えられる。
「しかも騎士爵を与えられんのも、貴族とそれなりに長い付き合いがあったり、酷いもんだと貴族の子供が仲良くなってそのままなんてのもあるとか」
そりゃ死ぬ奴が多いのも納得だわ。確かに相性の悪い人間とは組めないが迷宮のメンバーを仲良しこよしで決めるとは。
「だからって急に実力にない騎士から爵位取り上げるわけにもいかんだろ?素性の知れない探索者をバンバン騎士にするのも無理って話だ。だから学園に一般の探索者を呼んだり共同探索をやって行こうって腹積もりらしい」
「話は分かったけど、その依頼そもそもギルド員でも無ければこの国出身でもない俺が受けれるもんなの?」
「安心しろ、むしろ自由民のお前の方が向いてるだろ。いざこざ起こしたって国を出れば良いんだし、それなりの探索者はこんな話受けねぇよ。お前だって怪我がなかったら全く興味がわかないだろ」
確かに、妙に納得しちまった。
「まぁ、本来なら地元のベテランやギルド員が受ける仕事だろうが、気ままにやりたい連中は避けるし、有力者に擦り寄りたい連中にはロクなのが居ないし色々条件的には厳しいのよ。緊急用のポーション1個が紛失するだけで片付くならみんなが幸せになれるだろ?」
完全なる横領じゃん。
「…条件次第だが受ける」
おっさんのにんまり顔は腹立たしいが、多少不利益があったとしても手に入るなら確実に手に入れるべきだ。半年後に適正価格でポーションが手に入る保証はない。
「奥の部屋に入っててくれ。依頼書と契約書を持ってくる」
スキップしそうな勢いで颯爽と裏に消えていくおっさんを見ながら、上手く丸め込まれたことに小さくため息をついた。
「期間は3ヶ月。週3日で時間は現地で説明と聞いてるが最長でも生徒の学院の滞在時間と同じ程度と聞いている。ポーションは250で売る。代金さえ払えばポーションは先に渡す。金は依頼が終わったら渡す。あと、学園が休みの日は自由だ。試験的な導入だから仕事も迷宮での直接指導以外はほぼないって聞いてるぜ」
ポーションがすぐに手に入るのはでかい。しかも最低でも300万からが相場の上級ポーションが250。3か月拘束で100万はかなり安いが、週3日なら合間に迷宮に潜る時間も取れそうだし指が治って深い階層に行けるのはでかい。
「どうする」
返事の代わりにガッチリと握手をした。
後日
「あれ、学園の依頼はどうしたんですか?」
「あぁ、受ける奴が見つかったからお役御免になった」
本当持つべきものは仲間だよ。
「え?あんな依頼良く受けてくれましたね。てっきり先輩がギルド長に捕まってたから行くもんだと思ってました。てか、ギルド長めちゃくちゃ機嫌悪くないですか?」
「そうだな、大事な物でも無くしたんじゃないか?厄介ごと押し付けようとした天罰だな」
具体的にはこっそりと隠し持っていた育毛に使う用の上級ポーションとか。
「そんな個人的な恨みで天罰が落ちてたら人間が絶滅しますよ」
違いない。天罰とは落ちるものてなく、落とすものだ。
「それで、誰が行ったんですか?」
「ジャスタだよ」
「は?」
「あれ?お前知らない?ほら、俺らのパーティまとめてあいつ。怪我で、優秀なあいつがしばらくは見合った仕事ができない。ちょうど良いだろ」
「…………あんな危ない人を頭の悪いボンボンの集団に放り込んで良いんですか?」
「おいおい、あいつは馬鹿の多い探索者の中じゃ、頭も切れるし気も長いし適任だろ」
「捕獲推奨の盗賊20人を1人で皆殺しにしたんですよ?しかもあの人、事情聞いた時なんて言ったと思います! “舐めたこと言ってたから、ついスイッチが入っちゃって”ですよ!本当に大丈夫何ですか!」
「俺らも居たんだけど?」
「先輩たちがほとんど介入せずにやった事は他のメンバーから聞きましたよ!本当に大丈夫ですよね!」
「知らねぇよ、ギルド長からオッケーが出たんだから大丈夫だろ」
そう言ったときの後輩の顔はめちゃくちゃ面白かった。
あと依頼の書類にギルド長がサインした時は、なぜか狂ったように探し物をしていて、適当にサインしたように見えたが気のせいだろう。
組織の長が大事な書類に適当にサインするなんてありえないもの。
さて肩の荷も降りたし、今日はうまい酒でも飲むか。