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闇の水脈(仮題)  作者: 嬉野三太郎
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毒性のバイアル

ジフテリア禍事件については、新聞記事を読み直してみただけでは良くわからない。84人が予防接種で亡くなったのだが、原因や経過が今一つ明らかでない。取材した記者から改めて話を聞いて見るしかない。。


「いや、あの事件ではウチも随分どミソを付けてしもたなあ」

「他社に抜かれたんですか?」

「いや、先行はしていたんやけどね」

「400人もの母親が子供を抱いて保健所に詰めかけて大騒ぎになったんや」

「それで、市立病院の院長に取材して、死ぬ心配はない、予防接種で熱が出たりするのはようあることや、という記事を載せたんや」

「そしたら、その翌日から、バタバタ死んでいく事になったやろ、面目まる潰れや。「やっぱり、現場の取材が足りなんだと言う事やな。鉄則やからしっかり反省はせんならん。」


そうか、デスクが記事は足で書く物だと強調していたのは、この事か。ベテランの記者でも取材不足で記事を書いてしまう事があるのだと知って、やっと足で書くという意味が分かった。。


「結局は製造工程で入れるホルマリンの量が足りなかったのが原因で毒素が残ったのですね」

「そや。10ccのメスピペットで2回半入れる所を間違えて1回半しか入れなんだと言うのが調査委員会の結論や」

「そのミスをしたのが工藤治夫なのですか」

「本人は、俺がそんなミスをするはずがないと言い張っているけどね。技術にはえらく自信を持っているみたいや。


製造上のミスがあっても、検査で見つかるはずだ。予防接種法が出来て最初の試みだから国も厳重な検査体制を敷いた。バイアルと言われる試薬の小瓶には一本一本検定済みの証紙が貼られていた。まさか接種薬に毒性があるとは誰も考えなかったことで被害が拡大されたと言われている。


「なぜ検査で見つからなかったのですかね。国は全てのロットを検査したと言うことですが」

「そこや。国は抜き取りで各ロット1000本から8本の検体を予防衛生研究所に送らせて検査した」

「ところが実はこの1ロットが4つに分けて作られていた。つまり本当は4ロットやったと言うわけや。」

「1000本には毒性のロットとそうでないロットが混在していて、たまたま抜き取った8本が全部無毒のものになってしもたから検査をすり抜けることになったんや。」


不幸な偶然、それがこの事件の結論であり、厚生大臣が国会でもそのように報告しており、被害者も納得して、訴訟は起こらなかった。しかし、検査が十分だったとは言えるはずがない。結果的に84人もの死者を出しているのだ。


「なぜ、1ロットを4つに分けたりしたんでしょうね」

「20ccのバイアル1000本と言うと20㍑やからね。手で揺らしながら72時間温めるんやけど、そんな大きなフラスコなんかあらへん。」

「だったら最初から1ロットを1000本にするのが無理じゃないですか」


1000本を一気に作れないなら4つに分けるのも仕方がない。そのことは査察した検査官も知っていた。。しかし、当然、検査を受ける前に混ぜ合わせて1ロットにするものだと思っていたと言うことだ。


「当然ですかねえ」

「少なくとも、裁判所は一審で当然と認定したね。」


結果的には検査で見逃した国の責任が問われると思われるが、驚いたことにこの裁判は厚生省が原告になっている。円滑な予防接種を妨害された被害者だとして、刑事告訴したのだ。


「で、工藤の他には誰が告訴されたのですか」

「所長、副所長、それに抜き取りを行った検査員の4人や」

「え、自分の配下の検査員が有罪なら、厚生省の責任で、原告と言う立場は変なことになりませんか?」

「まあ、変な話やけど、厚生省幹部がずらっと名前を連ねて無罪の嘆願書を出して、結果無罪になった。むしろ無罪にするための告訴と言うことやね。」


検査官が無罪で、所長、副所長も薬剤の製造に関与していなかったとして、執行猶予。工藤ひとりが過失傷害致死罪で実刑判決を受けた。こちろん本人は不満だから上告と言うことになった。


「しかし、所長も副所長も関与せず、医者でもない製造主任だけで新薬の製造が出来るのですかね。APTと言うのはアメリカで開発されたばかりの最新式の薬と言うじゃありませんか。工藤の経歴とかわかりますか?」

「第一連隊に召集されたと言うから東京近郊の出身やね。2.26事件で満州に送られてそこで小集会所。その後軍属を志願して再び満州に渡り、終戦時に徳25201部隊から復員した。技術有功章をもらったというから、何か技術的な仕事やったんやな」


朝原も満州からの復員だが25201部隊などと言うのは聞いたことがない。徳と言うからには満州軍の一部ではある。しかし、工藤に関西訛りがなかった理由はわかった。工藤が大坂に来たのは戦後になってからなのだ。所長、副所長が名目的であったことは事実らしい。工藤は現場だけで会社の運営には関与していない。では一体だれが采配を振るっていたのだろうか。最新式のAPTはどういった経緯でこの会社にもたらされたのだろうか。


大阪本社では日赤医薬学研究所の来訪者名簿を手に入れていた。記録によると厚生省の衣川純三と言う人が再三訪問している。京都府衛生部の太田黒猪一郎氏も単に接種薬を仕入れただけでなく製造段階から関与していた節がある。GHQのウイリアムズ大佐も通訳の内藤良一氏と共に何度も訪れている。大佐だからかなり上層部の人だ。これらの人たちが共同で実際の采配を振るっていたのではないだろうかという気がしてきた。所属もバラバラな人たちが、どういった繋がりでこの小さな会社に関与したのか。やはり、死んでしまった作山阮治中佐が、このつながりのカギを握っているようだ。


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