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闇の水脈(仮題)  作者: 嬉野三太郎
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新米事件記者

「朝原君か、さっそくだが立川に行ってくれ。死体発見だ。」毎朝新聞に就職して西東京支局に出社したとたんに言われた。先輩から何かを教わったわけでもなく、なんの準備もない。もともと新聞記者になろうという意気込みがあったわけでもない。毎朝新聞に入ったのは文学部の学生の就職口は新聞社くらいしかなかったからだ。


学徒動員で徴兵され、満州で終戦を迎えた。関東軍の本体はさっさと内地に引き揚げ、開拓団の民間人と、最前線の一部の兵士だけが取り残され、ソ連に抑留された末、帰還したのは3年後だ。特務機関や防疫給水部なとは終戦とほぼ同時に優先的に内地帰還になったと聞いた。ソ連に知られたら困る秘密を握っていたからだそうだ。差前線にいた朝原は割を食ったほうだ。。


大学に戻ったけれど、修羅場を越えて来てみると、大学の講義が空疎に感じられた。中世文学への夢は一体何だったのだろう。周りの学生たちとは年も違うし、話はかみ合わなかった。生活のためにアルバイトをしなければならなかったし、学問への情熱もないまま、ずるずると日を過ごし、卒業と言う事になって、なんとなく新聞社に入ったのだった。。


記者は社用の車で現場に急行することが出来るとも知らず、電車を乗り継いで立川に向かった。米軍基地のフェンス沿いにある道路わきが現場だったのだが、着いた時には、もう遺体は運ばれ、現場検証を終えて警官も引き揚げる所だった。何か聞きださなければならないと思ったのだが、警官たちはそそくさと立ち去ってしまい、声をかけるタイミングを外してしまった。新聞記者としてはドジの典型だろう。


警官を見送ったあと、ふと道のわきを見ると何やら黒いものがあった。拾い上げて見ると手帳だ。びっしりと小さな文字が詰まっている。事件に関係あるかもしれない。警察の現場検証も雑なもんだな。あとで警察に渡すのがいいだろうと思ってポケットにいれた。。


このまま帰るわけにもいかないので、付近の人から聞き込みをして見ようと思った。少し先に喫茶店があったのでコーヒーを注文した。他に客はおらず暇そうにしていたからマスターに話しかけて見た。


「死体が発見されて大騒ぎになったでしょう?」

「外で叫ぶ声が聞終えたから飛び出して見たのだけど、いや、やっぱり死体と言うのは凄惨なものだね、長く伸びた道端の草に隠れていたのだけど、頭から血が流れてね。」

「どんな人でした?」

「どんな人と言われても、特に変わった所はない、ごく普通の人だよ。」

「何の事情があるのか、因果なものだね。昨夜見た時には死んでしまうなんて様子はなかったけどねえ」

「え、お会いになったのですか?」

「ああ、あんたと同じこの席でコーヒーを飲んで行ったよ。初めてのお客じゃない。、このところしばらく来なかったけど、406部隊がいた頃はしょっちゅう来ていたよ。昨日も誰かに会う約束があるのか時計を気にしていたなあ。あれは近隣の人だね」

「どうしてわかるのですか?」

「そりゃ、近頃は地方から出てきた人が多くて、私も訛りで、どこから来たかだいたいわかるようになっているからよ。あの人は東北とか関西の訛りがなかったし、信州でもないからね」

「406部隊って?」

「何でも米軍で防疫を担当する医療部隊らしい。。朝鮮に移動したから、このあたりじゃ、もうじき起こる戦争の準備だとかの噂だよ。米軍が北に攻め込むつもりなのか、北からの侵攻を予期しているのかわからないけど。」


確かに、米ソの対立が目立ち、朝鮮は宇安定な状態になっているし、国内も単独講和をめぐって騒然と派なっている。こんな遺棄死体くらいでは記事にならないかも知れない。店を出て、立川署に向かった。そろそろ何らかの発表があるはずだ。行ってみるとすでに何人もの記者が詰めかけていて、捜査課長が現れるのを待っていた。やがて捜査課長が現れ、早口で記者たちに語った。


「45口径の拳銃でこめかみを撃った自殺です。右手に拳銃が握られており、本人以外の指紋は検出されませんでした。身元は指紋から判明して工藤治夫35歳、住所は大阪市住吉区万代東です。」


大阪人か、喫茶店のマスターが言っていたこととは違うなと思った。


「指紋からと言うことは犯歴があるのですか」

「ジフテリア禍事件で一審、禁固1年3ヶ月の判決を受け、上告中です。まあ、裁判を思い悩んだのだろうね」

「でも、なんで大阪の人が立川まで来て自殺したんでしょうか」

「そこまでは警察の立ち入るところではないです。個人的な事情ですから」


たいした事件ではないという判断からだろう。記者たちからそれ以上の質問も出ずに散会した。しかし、大阪からわざわざ立川まで来て自殺するのが腑に落ちない。ジフテリア禍事件というのも詳細はよく知らないのだが、上告中ならなにも今自殺することもないだろう。喫茶店のマスターが言うように誰かを待っていたとすれば、ますます自殺らしくない。45口径の拳銃と言えば、米軍か警察しか手に入らないはずだ。


支局に帰って、デスクに報告すると、君が疑念を持っただけじゃ記事になならないよと笑われた。

「現場の記者というのは、もっとフットワークが軽くなくては、突っ込みができないよ。記事というのは足で書く物だと覚えておけ。どうも君は、事件記者には向いてないようだね。」

「でも、自殺にしては腑に落ちないところが多いんです。」

「気になるなら、自殺の背景ということでルポルタージュにまとめてみるかい。その方が君には向いているような気がする。」


翌日から大阪本社への出張になった。多分、支局では記者として、あまりあてにされていないと言う事だろう。


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