プロローグ
プロローグ
失ってしまった。
夜の暗闇よりも暗くて重い感情が、喪失感とともに生み出されてしまう。
ただの影となったベットに手をあて、目を伏せる。
「これで 良かったんだよな」
何か分からない答えを導き出した。
けど、その答えが正しいかは分からない。人生で初めて答え合わせが出来ない問題だ。それだけではなく、確信も保証も実績もない。全て無かった。
「お疲れ様でした 高橋さん」
「なぁ これで良かったんだよな」
「もちろんです」
機械的な彼女の言葉に苛立ちを覚えた。
おかしいな、いつもならこんな事絶対ならないのに。
隙間に開いたところに、温かい体温を入れるように、体は打ち震えている。
「お前は平気なのかよ」
「えぇ」
失った人との時間を狐につままれたようだった。
彼女の一つ一つの発言が、全てニセモノだと言っているように感じた。
僕は頭をかきむしり、どうにもならない拳を打ちつけた。
「高橋君 安心して下さい 死んだわけではありません」
「知ってるよ けど一生戻らねぇんだろ」
「えぇ ですが一年程度の記憶だけです 体も性格もそのまま…」
「それじゃあ意味ないんだよ」
思わず声を荒げた。冷静に一息置き、握りしめていた拳をゆっくりと開く。
だが、一度崩壊しかけたダムはもう止まらない。
「あいつは、あいつはやっと笑ったんだよ 心の底から 計算なしで初めて笑ったんだよ」
彼女は、はっと気付いたように少しだけ瞳の色を取り戻した。だけど、やっぱりこの揺さぶりは意味がない。
それは何度も体験して、何度も疑った。
無神経な病院の蛍光灯は、僕の隠していた部分を照らして、苛立ちを加速させる。
「病室で僕に大丈夫だ って言って笑っていた 自分の力が遠く及ばないことに泣いていた あいつがその記憶を無くしたら、また、ただの人形になっちまう」
言い終わってやっと気付いた。この言葉は、彼の根本を否定しているものだと。
「私たちは…人形なんか作っていません」
フラットな感情がやっと脈を打った。
彼女は人を単体で見てはいない。けれど、僕よりずっと、彼の根っこの部分を肯定している。
僕は後悔した。彼女の本心をえぐってしまったのだと。いや、彼女らの技術的と計画を破ってしまったのだと。
「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
何に対しての謝罪だったのか自分でも分からない。
ただ、これ以上いると、余計なことを言ってしまうことだけは分かっていた。
「あっ」と言う彼女の横を通り過ぎる。
役割の終えた廊下はいつもより暗く、沈んでいるように見えた。
別れのあと。