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日本共和国138・二〇六五  作者: 夏草かげろう
第一章
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第1話 自由な談話 ~Libre Propos~

 鶴田(つるた)(じん)は大阪都立第一高校に通う三年生だ。髪は黒よりの茶色で日があたると完全な茶色になる。顔は童顔で、好んで学ランを着ているため年齢より2つほど若く見える。昼休みが終わり五時間目に入るころ、彼はいつものように窓側の自分の席で本を読んでいた。


「何の本を読んでいるの?」


 同じクラスの沖花(おきはな)美唯(みゆ)が仁に話しかけた。仁は女性が苦手なため少し緊張したが平静を装った。そして、表紙はブックカバーで隠れているため1ページ目の見開きを見せた。美唯は屈みこんでそれを見た。顔が近づいて少し甘い香りがしたが、仁は無関心を装うために美唯から目をそらした。


「ゆう...こく?」

「そう、三島由紀夫の憂国だ」

「どういう内容なの?」


 仁は返事に困った。というのも、内容が青年将校の夫妻が自殺に至るまでを描いたもので、性描写が多く割腹自殺が最高のエクスタシーとしたものだったからだ。仁は女子にそんな話をするのも気が引けたため、少し話す内容を考えた。


「二・二六事件に加担した青年将校が自殺するまでを描いた話だよ」

「やっぱりそういう話が好きなんだね」


 仁は少しムッとした。いつも変人のレッテルを張られていた彼にはもうこういった話題はうんざりだった。


「それで、何の用?もし無いならー...」

「い、いや、あるよ!あのね」


 美唯は何かを言いかけたが、そこで5時間目の開始のチャイムが鳴り、席に戻っていった。

 5時間目は日本史の授業だった。授業中はいつも不真面目に本でも読んでいる仁だったが、日本史の授業は好んで受けていた。教室に社会科教師の勝俣(かつまた)芳彦(よしひこ)が入ってくると、学級委員長の男子生徒が礼をして、教師の合図で生徒全員が席についた。そして授業を始めた。


「今日はここをやる。教科書の57ページ。出席番号2番、読みなさい」


 出席番号2番の男子生徒が立ち上がって音読しはじめた。


「2030年代からの日本の問題。2030年に入り、日本は欧米諸国に追いつくために国主導の大規模な機械化政策を行なった。結果、単純作業の仕事は駆逐され大量の失業者を生んだ。それを見た政府は、機械ではなく人間のみができる高度な仕事ができるように、国民のレベルを上げるために教育水準を高めた。しかし、2040年に入るまでに高度な教育に付いていけず、社会から脱落していった人びと"教育難民"が大量に生まれた。彼らは職につけず、わずかなベーシックインカムのみで生活をせざるを得なかった。そのうち彼らは国の認可のない店を開きはじめ、やがて大きな闇市へと発展した。最も大きな闇市は北海道札幌市にあった。」

「そこまで。よく読んでくれた」


 教師は板書をはじめ、教育難民が生まれるまでの過程を書いてから生徒の方を向いた。ほとんどの生徒がノートをとることに必死になっていたが、仁はノートを開いてすらいなかった。教師は仁の方を向いて質問した。


「鶴田、札幌そして教育難民、そこから思い起こせる2047年に起こった事件はなんだ?」


 仁は机の上の教科書から顔を上げて教師の方を向いて質問に答えた。


「日本大革命」


 教師は満足そうな顔をした。決して仁を陥れようとしたのではなく、仁なら答えてくれると思い、質問したからだ。仁もそれを分かっていたため悪い気はしなかった。教師は教室全体を見回してから話しはじめた。


「一度ノートをとるのをやめろ。日本大革命、教科書では日本共和国独立事件となっているな。テストでは事件の方で書け。俺は大革命の方が好きだけどな。日本大革命は明らかになっていることが少ないんだが、分かっていることだけ言うぞ。日本大革命はハイネと呼ばれる指導者によって教育難民達が北海道札幌市で日本共和国の独立宣言したものだ。そして、その後に起きた南北戦争では北から独立軍と中国からの義勇軍が、南からは日本の自衛軍とアメリカ軍が戦い、2048年11月9日に停戦協定が結ばれた。本州はその時の最前線だった東経138度で分断され、停戦ラインは静岡糸魚川線と呼ばれている。それまで頑なだった共和国側が停戦を申し出たのは、指導者ハイネが殺害されたからだと言われている。さて、ハイネは何時、誰に殺された?出席番号15番」


 出席番号15番は沖花美唯だった。美唯はノートをとっていて話を聞いていなかったため指されたようだった。少し驚いて慌てた様子を見せたが、諦めて分からないと言った。


「少し意地悪だったな。分からない、それで正解だ。ハイネについては全く分かっていない。当時でも詳しくは報道されなかった上、日本大革命に関する資料は革命後、ことごとく焚書されている。日本共和国とも国交がないため情報が入ってこない。だから年齢、性別すら分からず、死因も分かっていない。余談だが、当時されていた噂によれば18歳の青年と言われていた。だが、それも本当かどうかは分からない…」


 5時間目が終わり、6時間目が終わり、終礼も終わったところで、再び美唯は仁に話しかけた。仁はたいていすぐに教室を出てしまうため、美唯は急いで仁の席に行った。


「あ、あのっ!」


 仁は声に気づくと、帰る準備をする手を止めて美唯の方を向いた。


「...何か?」

「昼休みのことなんだけどね、お願いがあって...」


 美唯はそう話しはじめたが、仁は別のことを考えていたため、まったく話を聞いていなかった。そして意識せずに美唯を見つめていたため、気づいたときには仁は恥ずかしくなって顔をそらした。そのしぐさに美唯は仁が不快に思ったのだと勘違いし、慌てて謝罪した。


「ご、ごめんね!図々しかったよね...」


 仁はハッとした。彼は人の気持ちの変化には敏感なのだ。


「いや、ごめん。考え事をしてて話を聞いていなかった。もう一度言ってほしい」


 それを聞いた美唯は驚いたような顔をした後、少しこらえた笑いをした。


「フフッ...仁君って、ちょっと抜けてるところがあるんだね」


 仁はムッとした顔をしたが、どうやら悲しませたわけではないと分かって安心した。教室で笑いあうふたりに、当然クラスメイトの注目を集まったが、ふたりは気にしていなかった。


「それで、用はなに?」

「あのね、今度のテストなんだけど、日本史のところが全然で...」

「ああ、なるほど。だけど、俺みたいな落ちこぼれに聞かなくてもいいんじゃないか?」

「仁君じゃなきゃダメなの!」


 まだ人のいる教室の中で美唯がそんなことを言うものだから、再び視線が二人に集まった。仁は慌てて言った。


「とりあえず外に出よう」


 仁は美唯と一緒に教室を後にし、その間に何人かにふたりの仲を弄られたが無視した。玄関でサンダルからローハーに履き替えて、校門に差し掛かったところで美唯が口を開いた。


「あの...どこに向かっているの?」

「旧市街の入口だ」


 南北に分断された日本において、南側を領土とする日本国、その首都は大阪にあった。国家基盤の不安定化により、革命以前から存在する地方インフラは維持できなくなったため、日本国は人口を大阪都に集中させた。結果、大阪は再開発が必要になり、中心地の大阪都は再開発された新市街と、開発が進まない旧市街とが存在する。大阪都の沿岸部から難波までが新市街で、それより東は旧市街だ。仁たちの学校は大阪難波駅の南側にある。


「どうして旧市街なんかに?」

「いいからついてくるんだ。危なくもない」


 美唯は目的の場所まで後ろを付いて行き、10分ほどで到着した。


「ここはー喫茶店?」

「そうだ。機械で入れられたコーヒーは味気ない」

「すごい!まだ存在してたんだ!」


 純粋に驚き、喜んでいる様子の美唯を見ると仁も嬉しくなった。


「平日にはあんまり来ないんだけど、ともかく入ろう」

「うん」


 ふたりは店に入り、窓際のソファの席についた。ソファは異常なほど柔らかく、軽く座ったつもりでも深く沈み込んでしまい、背もたれに倒れてしまう。仁はそれが好きだった。しかし美唯は落ち着かないようだった。しばらくすると、店員が水とお手拭きとメニューを持ってきた。仁はメニューを美唯にも見えるように横にしてテーブルに置いた。


「うーん…ちょっと高いかな…」


 美唯は価格に驚いているようだった。実際、大量生産品が安く流通している現代では考えられない金額だ。仁は裕福な家庭で小遣いも多かったが美唯は違う。それを見て仁は言った。


「安心して、お代は俺持ちだよ」

「そんな、悪いよ…私が呼び出したのに」

「話し相手がいるだけで、俺は十分なんだ。それでチャラだよ」


 それは仁の本音だった。普段は人付き合いを好まない仁だったが、大人数ではなく一対一の付き合いなら好んでいた。美唯も他に選択肢はなかったため、それを受け入れるしかなかった。


「すみません…お願いします…」

「いいよ。気にしないで」


 美唯は申し訳なさそうな顔をしていたが、なにかを思いつき、身を乗り出して言った。


「今度、私が仁君を誘って奢るから!」


 仁は少し驚いたが、意図を理解すると声を出さずに笑った。美唯は言った後に、発言の意味を考えなおして頰を紅潮させた。


「青春だねえ」


 その時店に入ってきた男がそう言った。


「おや、(すう)さん、お久しぶりです」


 その男は鄒という仁の知り合いだった。鄒は美唯の方を向いて言った。


「こちらのお嬢さんは?」

「クラスメイトの娘です」


 美唯は小さく挨拶して会釈をした。鄒は美唯をしばらく見てから、顎に手を当ててニヤニヤしながら言った。


「まさか、仁が女の子を連れてくるなんてね、いつからだい?」

「そ、そういうのじゃありませんから!」


 美唯は急いで訂正した。仁も少し顔を赤くしたが、すまし顔をして、バレないうちに元に戻した。


「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ。僕は子牛(ねのうし)(すう)。よろしくね」

「あ…沖花美唯です。よろしくお願いします」

「さて、デートの邪魔をしちゃいけないからね。僕はカウンターに行くよ」


 鄒はレジ近くのカウンター席に行った。仕切りがあるため窓際の席からは見えない位置だ。ふたりは再びメニューを見たが、美唯はコーヒー豆の種類や紅茶の茶葉を知らないため、メニューの内容に混乱しているようだった。仁は美唯が注文を決めるのを待っていたが、決まらないうちに店員が聞きにきた。


「美唯…さん、俺が決めて大丈夫かい?」

「うん…」

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「紅茶でお願いします」


 仁はアップルパイふたつと、自分用にカプチーノ、美唯用にアッサムのミルクを注文した。店員は注文をメモすると、厨房の方に戻っていった。それを見届けると、美唯が口を開いた。


「あの…ね」

「うん?」

「さっき、名前で呼んでくれたでしょ?」

「そうだね」

「その、さん付けじゃなくて、その…」

「ああ、分かったよ、美唯、でいいんだね」

「うん!」


 美唯は照れながらも嬉しそうに笑った。それを見て仁も微笑んだ。


「ところで、えっと…美唯、どうして俺になんかに関わってきたんだ?」

「それってどういう…」

「俺は問題児だし、テストもいつもギリギリで教育難民一歩手前だ。わざわざ君のような優等生が関わるべき人間じゃない」


 美唯は仁の発言を否定しようとしたが、下手な慰めをしても意味がないと思い黙った。そしてしばらく考えた後、話しはじめた。


「仁君がいつだか言っていた“子供の持てる世界なんて家と学校しかないんだから、それ以外から何かを得なければ、飛び抜けることなんて出来やしないんだ”っていう話。あれを聞いたときに、私が何にも持っていないことに気付いたの」


 それは仁が学校教師と口論になったときに言ったものだった。教師の行う全体主義的な抑圧に対して、多くの生徒は何の疑問を持たずに従うだけだったが、仁は反抗したのだった。しかし、当然ながら理解を得れずに、後に呼び出しを受けて問題にされた。仁は美唯の発言を聞いて鼻で笑い、自嘲気味に話した。


「そんな前のこと…忘れるべきだよ。あんな場所で、あんな人たちに、あんな事を言うのは間違いだった。現状が幸せな人もいるんだ。変化を望まない人も。ともかく、あれは余計な考えだよ。特に君のような優等生にはさ」

「…どうしてそんな風に言うの…?」

「どうしてもこうしても、さっき言った通りだよ。俺の考えは、君には毒にしかならない。こんな事で、周りの評価を落とすべきじゃない」


 美唯はそれを聞くとうつむいてしまった。仁も美唯を落ち込ませてしまったことに若干の気まずさを感じていたが、彼女を自分のような人間にしてしまってはいけないと思っていたため、誤魔化すようなことはしたくなかった。

 お互いに黙ってしまい、この空気をどう変えるかでふたりが頭をひねっていたときに、店員が注文したものを持ってきた。紙ナプキンとフォークを置いてから、飲み物と、アップルパイを置いていった。仁は店員に礼を言って、厨房に戻ったのを確認してから話しはじめた。


「ごめんね、空気を悪くして。それより早く食べよう。ここのアップルパイはおいしいんだ」

「うん。そうだね」


 美唯はアップルパイを添えてあるアイスクリームと一緒に食べて、紅茶を口に含んだ。


「凄い…普段食べてるものよりずっとおいしい…紅茶もいい香り」

「そりゃ、今の国内品は全部流通しやすい冷凍食品ばかりだからね。まあ不味くはないけど、同じような味ばかりで飽きてくる。この店の品は高いけど全部が本物の味だ」

「よく来るの?」

「土曜授業は昼で終わるだろう?そしたら、午後はここで過ごすんだ」

「ひとりなの?」

「もちろん」

「じゃあ、次の土曜からは一緒に来てもいい?」


 仁は少し戸惑い即座に返事はできなかった。美唯はその間、断られないかとハラハラした。


「俺に、誰かが店に入るのを止める権利はないよ」

「じゃあ…」

「ああ、大丈夫だ」


 美唯は今日いちばんではないかというほど嬉しそうな笑顔をした。その後、ふたりは陽が傾くまで談笑を続けた。時計が5時の鐘の音を鳴らし、お開きになり、支払いを済ませた後、店を出た。


「仁君の家ってどこなの?」

「ここの旧市街をもっと東に行ったところだよ」

「そっか、じゃあ反対なんだね…」


 美唯は内心寂しかったが、それを顔に出さないように努めた。しかし隠しきれていなかった。人を悲しませることを極端に嫌う仁は、少し考えた後に言った。


「もう暗い、新市街の人通りのあるところまでは送っていくよ」

「そんな、悪いよ」

「こんな道、女の子ひとりで歩かせられない。無事を確認できたら俺も安心するんだ」

「フフッ…心配性なんだね」

「ああ、実はそうなんだ」


 ふたりは暗い道を横に並んで、新市街まで歩いていった。

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