閑話 パリキの日常
8話目です。
今回はパリキ目線の話です。
パリキが普段、ドレッドをどう思っているのか分かる話です。
朝、太陽が顔を出すより早く目を覚ます。
私のメイドとしての一日は太陽が出る前から始まります。
屋敷の裏手にある井戸で顔を洗います。まだ誰も起きていないので静かに行います。
ガイル様から支給されたメイド服に身を包んで私のトレードマークである髪を結びます。こうすると気合いが入って今日も頑張れる気がするのです。
服装を正すと部屋を出て、厨房で朝食の支度をします。
昨日の夜のうちに食材の仕込みは済ませておきました。
なので朝食はそれを調理するだけなので簡単です。
朝食の用意ができましたら、次にドレッド様を起こしに行きます。
ドレッド様の部屋に向かう道すがら、私はドレッド様について考えていました。
ドレッド様は不思議な方です。
産まれてからずっと夜泣きをしたことがないんです。
それどころか、泣き方が何がしたいのかによって違うのです。
お腹が空いたら大きめな声を上げ、トイレならえずく様に泣く、といった具合に泣き方に違いがあるのです。
最初はそんな訳がない、自分の勘違いだ、と思い直しました。
ですが、泣き方に規則性を見出すとドレッド様が泣き分けているということに確信が持てました。
そのことに私は戸惑い、それと少しの恐怖を感じました。
まだ生まれて間もない赤ん坊が、泣き分けて何をしたいのかを伝えてくる。
それはつまりドレッド様には知性があるということです。
赤ん坊に、泣き分けれる知性が存在する。そのことに、私は恐怖を感じたのです。
私はこのことをガイル様やアリス様に知らせませんでした。
このことを知らせて、ガイル様やアリス様がどんな反応をするかが分からなかったからです。
もしこのことを知らせてドレッド様が嫌われてしまったら、そう思うとドレッド様が不憫でなりません。
ですがこのことを知らせないということは、メイドが主に反抗するということ。メイドが主に背いてはいけない。
私の中で凄まじい葛藤の末、私はドレッド様を優先しました。
これで良かったのです。もし私がガイル様から罰を受けても甘んじて受け止めましょう。ドレッド様が嫌われることだけは絶対に嫌だったのです。
話が少し変わりますけど、ドレッド様は赤ん坊なのに本が好きなんです。
それも、子供が読む様な童話などではなく、私のような村人が読めない、難しい本を好むのです。
私は出身は村人ですけどメイドになるために多少の教養は受けました。
その私が読めない本を好んで読めとせがんでくるのです。
最初は、勇者の物語とかを読んでいたのにこの前なんか『バラキルド大陸の全て 下 』という、すごく難しい本を読めとせがんできたのです。
私はメイドです。たとえ読めない難しい本でも、それがドレッド様からの命令とあらば、読んでみせましょう!
眠ってしまいました。
本を開いて文字を追っていくだけで頭痛がしました。
読んでいても内容が頭に入ってきません。
そして途中で根を上げて眠ってしまいました。
一生の不覚です。それよりも何故ドレッド様は難しい本ばっかりを読みたがるのですか。もう少し簡単な本は読まないのでしょうか。
しかも目が醒めると、ドレッド様が隣で私が眠ってしまった本を見ていたのです。
私にはそれが、読んでいるように見えました。
この前1歳になったばかりの赤ん坊が、本が読める訳がないと、その時はたんなる見間違いか寝惚けているだけだと思いました。
そんなことを考えていると、ドレッド様の寝室の前に立っていました。
扉を手の甲で規則正しくリズム良く叩いて私がきたことを知らせます。
コンコン
「失礼します。ドレッド様」
そう言ってから、扉を押し開け、ドレッド様の寝室に入ります。
ドレッド様は大きなベッドの上で寝返りを打っていました。
そのときドレッド様の寝顔が見えました。
思わず鼻から血を噴き出してしまいそうでした。
やばいっ、ドレッド様の寝顔の衝撃が強すぎる!
女子のように長く麗しい睫毛。ぷるんとした愛らしい唇。整った可愛らしい小鼻。
どこを取っても可愛い。いや、顔の造形一つ一つが合わさってこの最強の可愛さを出しているのか。
きっと今の私はいつもの毅然とした風貌が崩れてふにゃふにゃになってしまっているのでしょう。体が火照っていくのを感じます。
私は、そんな変態性を晒しながらドレッド様の寝顔を数分間堪能堪能し尽くした。
しかし、本来の役目を思い出してきりっとした顔に戻った後、ドレッド様の体を揺すり起こします。
「んぅ、ぱりき、はよ。」
あぁドレッド様の寝ぼけ眼の顔も可愛らしい。少しうつらうつらとしている感じがまたなんとも言い難い愛らしさをかもちだしていた。
じゃなくて、そうドレッド様はまだ少しですが、喋れるようになったのです。まだ1歳児の赤ん坊が、喋るのです。舌足らずで呂律が回ってない口から声を出すドレッド様可愛い。
いけませんね。また思考がそっちの方向に飛んでしまいました。ここ最近はドレッド様の可愛さが急上昇して困ります。私がドレッド様を襲いかねません。
平常心、平常心を保つのですよ私。
「おはようございます。今日もいい天気ですね、ドレッド様。」
なんとか平常心を取り戻した私はドレッド様に返事をしました。
返事をしながら私は思考します。
ドレッド様は、私たちが喋っている言葉を正しく理解しているのです。まだ言葉も教えていないのに。
これには私の理解の範疇を超えました。言葉も教えていない赤ん坊が喋って、言葉の意味もちゃんと理解する。
あり得ない。そんな筈が無い。何かの間違いだ。
私はドレッド様を本当は1歳じゃないのではないか、と疑ってしまいました。
ですが、私は直ぐにその過ちに気づきました。
ドレッド様は言葉が喋れる賢い子。それでいいじゃないですか。メイドである私が主を疑うなんてことあってはならないのですから。
それにドレッド様は可愛い。可愛いは正義。つまりドレッド様は正義。こんなに可愛いドレッド様を疑うなんて、私は馬鹿ですね。
そんなことを考えている間に、ドレッド様は寝ぼけ眼から目が覚めていました。
可愛らしいあくびをしながら起き上がってベッドから降りようとします。
私はその体を支えようとしましたが、ドレッド様はベッドの淵に行くと、体を器用に使って床に立ちました。
そしてそのまま部屋の扉の前まで歩いていきます。
そう歩くのです。
この前1歳児になった数日後に、覚束ない足取りですが歩いたんです。
これに私は歓喜に震えました。
ドレッド様が遂に自分で立てるようになったのです。これを喜ばずしてなんとしましょう。
すぐにガイル様とアリス様にご報告しました。ドレッド様がトコトコとこちらに向かって歩いてくるのを見て、私は悶え死にそうでした。
ドレッド様が初めて歩いた時のことを思い出して興奮している間に、ドレッド様はいつの間にか扉の前に立っていました。
「ぱりき、とびら、あけて」
おっと、そうでした。ドレッド様のことで興奮するのは良いのですがちゃんとドレッド様の役に立たなくては。しっかりするのですよ私。
私はドレッド様の隣に立つと、その扉を開け放ちました。
すると、ドレッド様は少々ヨロヨロしてらっしゃいましたが、歩いてリビングを目指しました。
ですが、ドレッド様の寝室は二階、リビングは一階です。その間にあるドレッド様にとっては難関の階段があります。
そのとき私はほんのちょっとした好奇心からか、ドレッド様が階段を降りる手伝いをしませんでした。
ドレッド様はどうやってこの階段を降りるのでしょうか。そんな下らない好奇心から、私はドレッド様を危険に晒してしまったのです。
私がドレッド様を見守っていると、ドレッド様はしゃがみました。
そして階段の淵に手を突くとそのまま、んしょ、んしょと、可愛らしい音を出しながら降りていきました。
「はぅっ!」
思わず口から悶絶の声が漏れてしまいました。
しかし、それも仕方のないことなのです。全てはドレッド様がこんなに可愛いのがいけないのです。
また、新しいドレッド様のキュートポイントが見つかりました。これは僥倖ですね。
それはそうと、私もドレッド様の後を付いていきます。
「あっ」
「ドレッド様!」
階段を降りていくドレッド様が不意にこけて、そのまま階段の下まで落下しそうになりました。
それは咄嗟の判断でした。考える余裕はありませんでした。無意識に体が動いていました。
私はドレッド様の体を胸に抱いて、そのまま階段を転げ落ちました。
幸い、背中を強打しただけなので、そこまで大事には至りませんでした。
背中に激しい痛みを感じます。しかし、今はそんなことはどうでもいいのです。
「も、申し訳ございませんドレッド様!お怪我はございませんか?どこか痛いところとかはありませんか?」
私の所為でドレッド様が怪我をしてしまったら。そう思うと自分を責めずにはいられません。
「全ては私の怠慢から起こったことです。そんな私を私は許せません。どんな罰でも受け入れましょう。」
私は、どんな罰でも受け入れるつもりだった。
しかし、ドレッド様は私に一言。
「ぱりき、ありがと。」
それだけ、はっきりと言いました。
私は、ドレッド様の慈悲に甘えてしまいました。そんな私が不甲斐なさ過ぎて涙が出てくる。
もうこんなことが起こらないように、起こさないように、ドレッド様の慈悲に甘えないように、私はさらに粉骨砕身でドレッド様に尽くすことを誓いました。
「ドレッド様に、感謝を。」
私はこの日を、絶対に忘れません。
はいこんにちは、作者です。
ドレッドをどう思っているかが分かるパリキの話でした。
ドレッドくんは気づいてないようですが、大分異常ですよね。
次はちゃんとしたドレッドくんの話です。