私の……亜耶
御無沙汰してます。
気持ちが幾分か落ち着き、顔を上げれば遥さんの困ったような顔があった。
私は、何気に自分がしがみついていた場所を見れば、遥さんが着ているワイシャツが私の涙でベトベトになっていた。
あっ、私ったらこんなにも濡らしてしまって……。
遥さんに申し訳ない気持ちで一杯になって、どう謝ろうかと思案してたところに。
「遥くん、これ使って」
と、カーテンの向こう側から声が聞こえてくる。
自然に肩がはねあがり、遥さんの腕の中に居るのが恥ずかしくなって、離れようと身体を捩って動かすがびくともしない。それどころか、逆に腕に力が込められる。
遥さんが、そっとカーテンを細く開けて何かを受け取ったと思ったら、それが私の目許に充てられた。
ヒンヤリとした気持ち良さに放心してると。
「遥くん。次の授業に行かなくていいの?」
って言葉が、カーテンの向こう側から咎めるように聞こえてくる。
私は、自ずと今何処に居るのかと再確認させられ、遥さんがここに居る訳を思い出す。
「遥さん、行っていいよ。私は、大丈夫だから……」
そう口にして、遥さんから目に充ててるものを奪うように手にする。
その行動に遥さんが戸惑ってるのが見なくてもわかる。
本当は、もう少し傍に居て欲しいって思ってる。だけど、公私混同はしたくない。矛盾してるとは思う。でも、遥さんをこれ以上困らせたくない。
「だがなぁ…」
遥さんの心配そうな声。
「ほら、遥くん。うちの人に"仕事で来てるんだから、公私の区別もつかないのか‼"って怒鳴り込まれる前に行った方がいいって」
養護教諭の言葉に遥さんの腕が離れていく。
今まであった温もりが、無くなっただけで寂しく思ってしまう。
「それに、亜耶ちゃんには、私が着いてるから、仕事はキチンとこなしてくださいね」
有無を言わせぬ言葉が、聞こえてくる。
遥さんの溜め息が漏れ聞こえてきた。
「亜耶。授業が終わったら迎えに来るから、ここに居ろよ」
遥さんの仕方がないって声が聞こえてきた。
「仕事を片付けてから来てくださいね」
私は、今日の分の仕事を全て終わらせてから来て欲しかったから、そう口にした。
翌日に残していくなんて、しかもそれが私のせいでなんて嫌だったから。
「わかった。仕事を片付けてから迎えに来るから、大人しく待ってろよ」
そう言って、私の頭もをポンポンと叩いてから、出ていった。
保健室に残った私と養護教諭。
二人になったとたん、暫しの沈黙が続いた。
「亜耶ちゃん。大変だったでしょ?」
と、声をかけられた。
知らない人からの心配ほど、安っぽいものはないと前から思っていたし、なぜ、彼女は一生徒である私の名前を名字ではなく名前で呼ぶのかそれすらわからないのだ。
「大変って、何がですか?」
私は、目許を冷やしながらそう答えてた。しかも、ワントーン低い声で。
「亜耶ちゃん…」
顔が見えない分、先生のどう声をかければいいのか戸惑ってるのがわかる。
「私は、大変だとは思っていません。そういう環境に生まれ育ったから。それに、私はまだ未成年で、護られてる存在ですのでね。大変なのは、私よりも遥さんの方です。成人男性が、女子高生と結婚してるなんて、パッシングされても何も言えないですよね。しかも、御曹司の彼にしたらよけいです。私たちの中では当たり前ですが、世間では当たり前ではないもの……。ただ、普通に恋してたのにそれが、教師と生徒という枠組みに組み込まれただけなんです」
最初は、遥さんと学校生活が送れたらなって、本当に単純に思っただけ。
十才の歳の差は、大きいんだって、嫌でも思い知らされてしまった。
だからかなぁ、学校での龍哉君たちを見ていて、羨ましく思ってしまったんだと思う。
教室で、二人が一緒に居るところを見ると私も遥さんと…なんて想像してしまったりして……。
私の思いが、どんな風でも形になったんだって……。だけど、遥さんには迷惑でしかないよなって、思ってしまう。
「亜耶ちゃん。余り思い悩んじゃダメだよ。少し横になった方がいいわよ」
私は、相当疲れていたのか、その声にしたがっていた。
「何も心配しなくてもいいの。大人の私たちが居るのだからね」
そう言って、私の頭を撫でてくる。
それが、心地よくて気づけば意識もとんでいた。




