弱音…遥
職員室に辿り着き。
「ここで待ってて」
亜耶にそれだけ告げ、中に入る。
自分に宛がわれている机の下から、通勤用の鞄を取り出す。
これがないと、今日の目的は果たせないもんなぁ。
何て、呑気に考えてた。
「遥くん。さっきは堂々としててよかったよ。下手したら、この学園無くなってたかもしれないんだな」
何て声をかけられ。
「それ、俺だけの力じゃないですよ。鞠山兄妹が居たから成せたんですよ」
俺は、苦笑混じりでそう答える。
「そうは言うが、ピンチを乗り越えるってのは、難しいと思うが…」
そう言われても、あの場は亜耶の一言が決め手になったんだ。俺は、何もしてない。ただ傍にいただけ……。
なんか、落ち込んできた。
亜耶のためにと思ってたことが、全て裏目に出てる気がする。
「まぁ、取り合えず落ち着いたんだ。これから、しっかり頼よ」
俺の肩を叩いて、ニコヤカに去って行く先生を見ながら、これで良かったんだろうかと疑問を持ったが、過ぎたことを気にしても仕方がない。これから結果を出せばいいんだと前向きに考えた。
職員室ので入り口で。
「お先に失礼します」
と声をかけて廊下に出れば。
「奈津先生じゃ、遥さんを癒すことはできませんよ。それに、家との釣り合いもとれてない。遥さんも実家の事、ご存じなんですよね。遥さん、末子だけど、会社における貢献度、高いですよ。それに、元々、女性嫌いですから、先生が言い寄っても絶対に受け入れられる事は、無いと思います」
亜耶が興奮した声で言ってるのがわかる。
何を言われたんだ?
亜耶が攻撃的になるなんて、滅多にないんだが……。
そう思いながら、もう少し聞いてみることにする。
「そんなのわからないじゃない。今は、克服できてるかもしれないわよ」
なんか、やたらと自信めいた声で言われてるが、俺自身そうじゃないんだがな。
「亜耶の言う通りですよ、奈津先生。俺はね、昔から女性に追い駆けられてたから、怖くてね、女性を信じる事が出来ないんですよ。唯一俺をホッとさせて…癒してくれる存在が、亜耶なんです。亜耶は、俺の容姿や肩書き一切関係なく、自然体で接してくれる。俺自体が、自然体で居られる場所なんです。貴女が、俺の隣に立つことは出来ないでしょう。貴女は、野心家で俺の容姿、スペックだけが欲しい人ですからね」
俺は、自らの言葉でそう告げ、亜耶の傍に行く。
亜耶の方を見れば、不思議そうな顔をして俺を見ている。
そりゃあ、そうだ。自分から過去の事を話すなんて、滅多に無いからな。
「それでも、私はあなたを……」
そう言い出したから、俺はそれを遮るように。
「"愛してる"ですか?そんなの信じられません。俺が、信じられる女性は、ここに居る妻の高橋亜耶です。他人など眼中に無いんです!」
俺は、愛しい妻である亜耶の肩を抱きしめ。
「俺は、妻と出会ってなければ、今の自分は居ないと断言できます。もっと尖ってる人間でしたからね」
俺は、昔の事を思い出して身を震わせた。
あの恐怖は、未だに癒えないんだ。
「大丈夫?」
ふと優しい声音が聞こえてきて、それは俺を包み込むように体に巻き付いてきた。
巻き付く腕を目で辿れば、心配そうな顔をした亜耶がこちらを見上げていた。
あぁ、そうか。
亜耶が居るんだ。俺には、護る相手がちゃんと居る。
俺は、改めて確認するように亜耶の手の甲を軽く叩き。
「ありがとう、亜耶。大丈夫だから…。あーあ、俺、カッコ悪いなぁ」
って口にすれば。
「どんなにカッコ悪くったって、遥さんは遥さんです。他の誰でもないんです。私には、何時も頼りになる旦那様なんです!」
って、力説してくれる亜耶。
あぁ、もう、何でこんなに可愛いんだよ。
俺の弱さも全て受け入れてくれる娘なんて、この世で一人しかいないよ。
「亜耶、嬉しい。って事なので、奈津先生が何を言っても俺は、亜耶一筋なので、諦めてください。亜耶、行くぞ」
頬を緩ませて、亜耶の肩を少し押しながら、歩くことを促す。歩幅は、亜耶の歩幅に合わせて……。
「ちょ…と、待って。高橋先生にとって、鞠山さんって?」
我に返った奈津先生が、背後から聞いてくるから、顔だけを向けて。
「さっきも言いましたけど、唯一無二の存在で、俺の片想いがやっと実ったんです。もう、俺たちの事はほっといてください」
そう返した。
横に居る亜耶の顔は、真っ赤に染まっていた。
相変わらず、うちの奥さんは可愛いです。




