大惨事の後には…遥
親たちが居なくなって静まり返る会場内。
そんななか。
「亜耶ちゃん、遥さん。有難うございます」
龍哉の声が響く。それを皮切りに次々とお礼の言葉が上がってきた。
引き離されることがなくなった事へのお礼だと直ぐにわかった。が、亜耶の顔を見れば何の事か解らずに首を捻って困っている。
そんな姿も可愛らしいと思いながら。
「亜耶、知らなかったみたいだな」
俺がそう言葉にすれば、キョトンとした顔をして、俺を見上げてくるではないか。
あーあ、もう。
全校生徒の前でなければ抱き締めてるのに……。
まだ気づいていない亜耶に。
「この学校、龍哉みたいなカップルが多いってことだ」
そう告げれば、納得のいった顔をした。
ほんとに、この娘は恋方面には疎いんだから……。
苦笑いを浮かべる俺。
「今日はこのまま解散してくれ。部活も中止だ。各々気を付けて帰れ」
何時の間にか上がってきた伯父が、そうマイクを通して通達した。
生徒がゾロゾロ出て行くなか、雅斗が俺に近寄ってきた。
「あのお嬢、来てたな」
って言葉に俺は頷き返し。
「あのお嬢、亜耶の事を憎たらしそうに睨み付けていたぞ。亜耶に何か仕掛けてくるかもな」
雅斗の言葉にお嬢の顔を思い出す。
確かに鋭い目付きで睨み付けていた。
あの目は、亜耶に危害を加えようと目論んでる目だ。
「あぁ。亜耶の事を射ぬかんばかりに睨んでいた。だが、何処で仕掛けてくるかわからん」
俺も雅斗の意見に同意する。
「だから、わざとお披露目の事を言ったんだよ。まぁ、細川商事は招待しないと思うが、何らかの方法で入ってくるだろうよ」
雅斗が、何かを企むような顔を見せる。
「あぁ、そうだろうな。まぁ、普段から亜耶の傍を離れないように気を付けるだけだ」
俺がそう言葉にしたときだった。
「遥、雅斗くん。亜耶ちゃん。理事長室に来てくれ」
伯父が声をかけてきた。
その後ろでは、亜耶が聞き耳を立てようとしているのを目にして、亜耶の耳には届いてなかったんだと安堵した。
「亜耶。先に鞄を取ってこいよ」
雅斗が告げると素直に頷く亜耶。
理事長室に行くのなら、そのまま一緒に帰宅すれば良いだろう。
俺は、そう思った。
「俺も一緒に行く」
おどけた振りをしてそう言葉を発した。
何となくだが、あのお嬢が待ち伏せをしてる気がしたからだ。
俺の思い過ごしであって欲しいって想いながら、亜耶の手を取り。
「ほら、行くぞ」
ゆっくりと亜耶のペースで歩き出した。
体育館の出入り口を出たとたん。
「遥さん!!」
と呼び止められて、真正面から抱きつかれた。
俺は、すぐさま引き剥がして亜耶を背に庇う。
彼女は、亜耶の存在に気付いてないようだ。
その事には、安堵したが次の言葉に俺は、固まることになった。
「遥さんが、私と結婚するんですよね」
彼女は、嬉そうな顔を浮かべて、あたかも自分が俺の妻になるんだと言う顔で俺に問い詰めてきた。
俺は、呆れて一瞬言葉がでなかった。
だって、そうだろ。
さっき、あの場所で亜耶と婚姻してると告げたばかりなのにコイツと結婚。何の冗談だよ。
二重婚なんて認められてないだろうが(認められたって、俺は亜耶一筋だがな)。
目の前の彼女は、夢に現を抜かしてるみたいだが、そろそろ覚めて欲しい。
夢見がちの少女を亜耶がしてたら、可愛いと思うんだろうけど、
コイツはそう思えんのだよな。
ここは、はっきりと言うしかないか。
「俺との結婚は、破棄されてる筈だ。俺は、鞠山亜耶と婚姻を結んでる。君とは結婚できない。否、元々君と結婚するつもりなんてはなっから無かったよ!」
自分で思ってた以上に低い声が出ていた。
「そんな…だって…私とお見合いした……でしょ」
目に涙を溜めて言ってくるが、泣き落としは俺には聞かない。
「お見合い、ね。あれは、姉さんの顔を立てる為だけにしただけだ。あの時から、亜耶とは許嫁同士だったし。そもそも、その話しはとうに無かったことになってるだろ」
本当、自分の都合の良いように生きてる女だな。
こういうタイプ、一番嫌いなんだがな。
「えっ……」
彼女が声をあげた。
今しがた、知ったみたいな驚いた顔を見せる。
「あぁ、それから。君が、俺たちに不用意に近付いた事で、違約金が発生してることも聞いてない?聞いてないから、近付いてくることができるのか」
まぁ、親に言われても聞いてなかったんだろうなと想像がつくがな。
「なぁ、雅斗も知ってるよな」
俺は、隣に来ていた雅斗に言葉を投げ掛けた。
まぁ、違約金はあちらの両親と雅斗と俺に弁護士を踏まえて決めたことだがな。
「あぁ。遥と亜耶に近付いた時点で、違約金が発生してる。証拠の写真付きで君の親に送ったから、直ぐにでも連絡が来るだろう。第三者の目撃者も居ることだし」
って、雅斗行動が早くねえか。
今頃あちらさん、顔を青くしてるぞ。
そういや、第三者とは誰だ?亜耶ではないよな。
そう思いながら、雅斗の隣を見れば、伯父が無言で頷いていた。
成る程な。
「そ…そんなはずない。だって、私が、遥さんの婚約者で、あんな小娘なんかじゃない」
彼女が、震える声で語尾を強めて言う。
"あんな小娘"だと。
俺は、怒りを押さえきれなくなり。
「いい加減現実を見れよ!俺は、この世の中で女と認めたのは、亜耶だけなんだよ。俺の唯一の癒しなんだ。他の女なんて、ただの木偶の坊なんだよ!!」
一気に言葉を言い放った。
俺にとって一番傍に居て欲しいのは、亜耶だけなんだよ。
「亜耶の事"あんな小娘"って言うがな、君よりも優秀なんだよ。そして、誰よりも優しい。俺が幸せになれるならって、一時期身を引いたんだ。俺の為を思いながら、自分を犠牲にする娘なんだ。だからこそ、自分の手で護りたいって思うんだ」
俺は、心の底から亜耶に惚れてるんだ。年は離れてるかもしれないが、他の女に目なんか行くかよ。
心の中で言葉を紡ぐ。
「そんな……」
絶望的な顔をする彼女を一別して、亜耶を見れば、戸惑いの顔で俺を見てくる。
そんな亜耶に声をかける。
「亜耶。行くぞ」
そう声を掛けたら、俺の背中のスーツの上着をギュッと握りしめて俯く亜耶。
それは、酷く怯えてるようで、俺は安心させるためにそっと背中に手を回し。
「亜耶」
優しく呼び掛けてやっと歩き出した。
彼女の横を通る時に何やら亜耶に呟いていたが、今はこの場から亜耶を連れ去ることにした。
ゆっくりと歩を進めていく内に亜耶の顔色が優れないのに気付いた。
あの女、亜耶に余計なこと言ったな。
俺を怒らせたこと、後悔させてやるよ。
俺は胸に誓った。
暫く経って、亜耶が俺の袖を引いた。
俺は、足を止めて亜耶を見た。
「どうした、亜耶?」
そう言葉をかければ、目にうっすらと涙を浮かべながら、此方を伺うような顔をして。
「遥さん。あの人の事、よかったの?」
って、か細く不安そうな声で聞いてきた。
何で、そんなに不安そうな顔をしてるのか、俺には解らずにいた。
亜耶が、彼女と顔を会わせたのは、初めての筈だ。
それなのに、俺の袖を掴んでる手は、小刻みに揺れていて、今にも俺の前から消えるんじゃないかって、思えて仕方がない。
「あの時一緒に、居た、ヒトだよね」
って言葉にピンときた。
「亜耶」
俺が呼べば、ピクンっと肩が跳ねた。
そんな亜耶に。
「俺には、亜耶が一番大切な嫁なんだ。ずっと傍に居て護ってきた大切な姫だよ」
耐えきれなかった涙が一筋亜耶の頬を伝う。
「俺は、初めて亜耶に会ったときから、ずっと亜耶の虜になってたんだ。俺は、亜耶以外の女は、女とは思っていないから」
そう言葉にしたら、亜耶の驚いた顔否首までもが、赤く染まった。
あー、もう可愛い。
俯く亜耶に。
「俺から絶対に離れるな」
そう告げて、抱き締めた。
亜耶は、ゆっくりと俺の腕の中で頷いた。
この温もりを絶対に護ると改めて誓った。




