エレベーター内…亜耶
「雅斗、助かった」
エレベーターの入り口が閉まるのと同時に遥さんが言った。
「あぁ、別に構わない。お前こそ、大変だったな」
何て冷静に労っている、お兄ちゃん。
「何で、わかったんだ?」
遥さんが、お兄ちゃんに問う?
それ、私も気になった。何も言ってないのに、良く気付いたなって思った。
「ん?亜耶の事必要以上に見てたし、しかも顰めっ面だったからな」
何て言葉が返ってきた。
観察眼が鋭すぎですよ、お兄ちゃん。
「で、何て言われてたんだ?」
お兄ちゃんが、逆に質問する。
「俺と亜耶では不釣り合いだ。年相応の自分の娘と結婚しろってさ」
遥さんが、ぶっきらぼうに答える。
その言い方が、本当に嫌だったのだと伺える。
その娘さんに会った事あるのかな?
何て思ったりする。
「ふーん。それで、亜耶に謝ることもなく立ち去るのは、大人としてどうなんだ?」
お兄ちゃんが不機嫌な顔をして言う。
「それなぁ。本当に参るよ。姉さんに言って、降格させてもらうわ」
遥さんが苦笑した。
ん?降格って…。
「そうしてくれ。理由も説明しておけよ」
「そこは、抜かりなくしておく。後で突っ込まれて説明できなかったら困るしな」
何か、悪いことしちゃったかも…。
私が落ち込んでると。
「…で、今日の亜耶は、遥に振り回されっぱなしの一日だったんだな。ブラック遥を見たって言うし…」
お兄ちゃんが面白そうに言う。
「そのブラック遥のキーワード、何言われた時だった?」
お兄ちゃんが、ニマニマしてる。
「んっとね。主に私に関しての言葉かな。"そんな娘"とか"あの娘よりも癒してあげられる"とか"可愛くない"」
身体を捩って、遥さんに詰め寄ってたもの。
そういうの嫌いなの知らないから出来たんだと思うけど(私には、できないけどさ)…。
「ぶはっ…。遥、何それ。亜耶の文句に対して切れるとか、お前、どんだけ亜耶に一途なんだよ」
お兄ちゃんが、お腹を抱えて笑ってる。
笑えるような事今あった?
「悪いかよ。俺は、亜耶が居ればいいんだよ」
遥さんが、拗ねるように言いながら抱き締めてくる。
堂々と宣言されて、身内の前で抱き締められるのって恥ずかしいです。今の私の顔真っ赤だと思う。
「はいはい。全く、仕方の無い奴だなぁ。そんなんで、仕事できるのかよ」
お兄ちゃんが、呆れたように言う。
「ん?まぁ、出来るって言えるのかな。殆んど、古株の先生だし…。そういえば、変な話し聞いたんだけどさぁ。亜耶が入院してたって本当?」
遥さんが、探るような目でお兄ちゃんを見る。
「あぁ、本当だ。夏休み前のレクでな、体調崩してたのに参加して、悪化させたんだ。責任感の強い亜耶だから、言えなかったんだろ」
お兄ちゃんが、淡々と言う。
それって、言ったらダメな案件だったんじゃ…。
「何で、その時に言ってくれなかったんだよ」
遥さんが、お兄ちゃんを睨んでる。
「言ったってしょうがないだろう?お前、どっちにしても帰ってこれなかったんだから」
お兄ちゃんも遥さんに睨み返してる。
う…っ。冷たい空気が二人の間で漂ってる。
「だけど、それだけじゃないんだろ?亜耶が、突き落とされたって聞いたぞ」
そんな事まで…。
どこから漏れたんだろう?
悠磨くんが言うはず無いし、当事者の泉ちゃんが、話すとしても遥さんとそこまで仲良くない。
唯一言うとしても、湯川くん…でも、それも無いだろうな。遥さんの性格知ってるし…。
じゃあ、誰が?
お兄ちゃんもその話が出た時、驚いた顔をしていた。
「どうして、それを…」
お兄ちゃんがそう口にすれば。
「古株の先生が…。って言うか、口を滑らせたのは、亜耶の担任で、それから話しが膨らんで、亜耶がプールに突き落とされたって話しが出たんだ」
遥さんが、種明かしをする。
先生から漏れるとは、思っても見なかった。お兄ちゃんも口止めしてなかったみたいだし(遥さんが、学校で働くなんて思ってなかたんだから、仕方ないか)。
「…はぁ。そっか。聞いてしまったのなら仕方がない。突き落とした生徒にもきちんと謝罪してもらってるし、何せ、亜耶が大事にしたがらないからな」
お兄ちゃんの言葉に私を見てくる遥さん。
私は、ゆっくりと頷いた。
「そうか…。ならいいけどさ。何か、俺だけ知らないって言うのやだからな」
そう告げる遥さんが、凄く子供っぽく見えた。
私が、クスッて笑うと。
「亜耶が笑う所じゃないだろ」
口を尖らせる遥さん。
「ごめんなさい。だけど、遥さんが可愛いから」
大の大人に可愛いって、ダメだと思ったけど、それしか思い付かなかった。
「遥が可愛いって…。亜耶、お前の目、どうにかなったんじゃないのか?」
お兄ちゃんが、目を一瞬開かせて、心配そうに私を見てくる。
遥さんは、動揺しているのか顔を赤くしてる。
「まぁいいか。遥の珍しい顔を見れたし…」
お兄ちゃんが苦笑して言う。
「はっ…。ちょ、雅斗。この事お前の嫁には言うなよ。絶対、からかってくるんだから…」
遥さんが、おどおどしながらそう言う。
普段落ち着いてる遥さんの動揺する姿が見れるなんて、嬉しい。
もっと、見せて欲しいなぁ。私だけしか知らない姿を…。
「亜耶。やっぱお前じゃないとダメなんだな。そんな自然体の遥は見れない」
お兄ちゃんが、目を細めて笑ってる。
ん?自然体の遥さん。素の遥さんって事でいいのかな?
どう言うことだろう?と首を傾げながら考えていた。
あっ、そうか。
遥さんは、他の人の前では気を張るばかりで、休めれて無い。私の前では、素の遥さんに戻るんだって、お兄ちゃんが言ってるんだ。
「亜耶以外の奴に気が許せるものか」
遥さんが、真顔で言う。
嬉しくて、遥さんの背に腕を回して抱きついてみた。
「亜耶。それ以上俺を煽るのは、やめてくれ」
そう言って、顔を逸らすが赤くなってるのがわかる。
「亜耶に振り回されてる遥って、滅多に見れないな」
お兄ちゃんの苦笑混じりの声が聞こえてきた。
遥さんの心音が耳に届く。
ここが私の居場所なんだって、言ってるみたいだ。
私と同じような(早鐘)心拍を刻んでいたから…。
話してる内に、展望レストランがある階に着いた。
「亜耶、降りて」
遥さんに促されて、エレベーターを降りる。
お兄ちゃんが、颯爽と私達の前を歩く。
歩調は、私に合わせてくれてるみたいだけど…。
そして、レストラン内に入り、どんどん奥に入って行く。
どうしよう…。
今頃になって、緊張してきた。
初めて、遥さんのご両親、兄弟と対面する。
ちゃんと、挨拶できるかなぁ…。
そんな私に気付いた遥さんが。
「亜耶。緊張してる?大丈夫だよ。俺も居るし、安心しな」
そう言って、私の頭をポンポンと軽く叩き、笑顔を見せる。
「まぁ、無理もないだろ。何かあれば、俺もフォローするからな」
お兄ちゃんが、振り返って言う。
「う…うん」
頼りになる二人が居るんだから、大丈夫だよね。
私は、自分に言い聞かせるように胸の打出呟いた。




