居酒屋にて③…遥
気付けば、結構良い時間になっていた。
「今日は俺が払うな。」
俺が口にすると。
「あ~、もう支払い済ませた。」
雅斗が気まずそうにそう答えた。
「誘ったのはこっちだし、それに亜耶の為に貯めていたお金が浮いたから、その分をお祝いの為に使おうと思って、先に払った。」
苦笑を浮かべた顔には、ちょっとだけだが罪悪感が浮かぶ。
「遥を攻めてる訳じゃないぞ。ただ、自分の為だけに使うのが忍びなくてだな。二人で祝い酒を飲むには良いかと思っただけだ。」
雅斗が慌てて弁解し出す。
その慌てっぷりに笑みを浮かべて。
「わかったよ。ごちそうさん。」
そう口にした。
親の会社にバイトとして入ってから少しずつ亜耶のドレスを作る為に貯めてきていたのだろう。それをこうして飲み会で使うのは、理に叶ってるんだろうが……。
「残りの金は、今後生まれてくる子ども達の為に取っておけよ。何が起こるかわからないからな。」
今のこのご時世は、何が起きるかわからないから、少しでも貯金しておいた方がいいと常々思う。
「あぁ、今日だけだ。残りは手を付けないと決めてるからな。」
雅斗の決意が伺える。
「亜耶、明日退院だろう?」
「あぁ、明日、退院してから一旦家に帰ってから、お義父さんの所に暫く厄介になることにした。」
俺がそう言うと怪しげな顔をしてこっちを見てくるから。
「ほら、亜耶利き腕を折ってるからさぁ、介護が必要だろ。俺一人では限度があるから。」
と話せば。
「確かにきついな。」
納得の答えだったみたいだ。
「それにさぁ、うちの実家だと亜耶がゆっくり出来ないだろう。だからお義母さんに連絡して、明日からギブスが取れるまで、厄介になることにしたんだよ。」
俺の説明に雅斗が頷き。
「なるほどな。じゃあ、俺も明日顔出しに行くよ。父さんと母さんにはまだ話してないから、そのついでにな。」
悪戯っ子の顔をして言う雅斗。
「ん、わかった。じゃあ、また明日な。」
俺はそう言って、部屋を出た。
カウンター越しに店主に。
「ご馳走さまでした。今日はありがとうございました。」
と声をかける。
店主が作業の手を止めて此方を見ると。
「遥さん。また来てくださいね。今度は奥さんと一緒に。」
笑顔で声をかけられて。
「はい、今度は妻と一緒に来ますね。」
俺も笑顔でそう約束して、店を出ると駅に向かい歩き出した。
駅のロータリーでタクシーが客待ちをしていた。
俺はそのタクシーで家まで帰った。
翌日、少しだけ酒の匂いが残っていた(飲酒後から八時間以上は経っている)からシャワーを浴びてリフレッシュさせ、亜耶を迎えに車で病院に向かう。
車内で俺は心を踊らせていた。
これで寂しい思いをしなくて済むと……。




