亜耶の意外な過去…遥
コンコンコン。
相沢がドアのノックをし、亜耶の返事も待たずに中に入って行く。
「亜耶、大丈夫?」
とベッドに近付きながら聞いている相沢。
亜耶は、ベッド横に有る椅子を薦めながら。
「うん、大丈夫だよ。頭を打ってるかもしれないからって、念の為の入院だし、重症なのは右腕の骨折だからね。」
って明るい声で言う。
「それでも心配だったんだよ。階段の踊り場で倒れていた亜耶を見たときは、生きた心地しなかったんだよ。何で、亜耶ばかり次々と事件が起きるかって、亜耶の元気な姿を見るまでは、ずっとグルグルと考え込んじゃったじゃんか。」
相沢の心境がよく分かる言葉だ。
そして、亜耶の元気な姿を見てやっと安心したようだ。
「ごめんね。相当心配させちゃったね。」
亜耶が自由が利く左手で、相沢の背中を擦ってる。
友達の前で、申し訳顔したの初めてじゃないか。余程心を許してるんだろう。
「亜耶ちゃん。これお見舞いね。」
龍哉が大事に持っていた箱を掲げて、相沢に渡し、そこから亜耶の手に移る。
何を持ってきたんだ?
箱の中身が気になるんだが……。
「そうそう、これ私たち六人からね。四人も心配してるのよ。特にユキは目の前で目撃しているから、余計にね。大勢で来ても迷惑だと思ったから、二人で来たの。」
相沢が龍哉の不足分を補足するように言う。
俺は、三人のやり取りを片隅に有る椅子に座り、さっき買ったサンドウィッチを口にする。
一日一緒に居て、食事をとってない事に気付かれると、亜耶が凄い形相で睨んで来るから、な。
今は、二人との会話を楽しんでるから、邪魔しないように食していた。
食べ終えて、コーヒーを飲もうとして他の飲み物とワッフルが目に入る。
亜耶の分のストレートティーを取り出し、二人に近付いた。
龍哉は俺に気がついたが、相沢は話しに夢中なのか気付かない。
「龍哉、これ持って帰ってくれ。」
袋に入ったまま、さっき買った飲み物を渡す。
「あっ、ありがとうございます。」
龍哉は恐縮しながら言う。
「で、あの二人は何の話をしてるんだ?」
「あぁ、頼られたらの話すですね。」
龍哉がとても言いにくそうに口にした。
まぁ、そうかもな。
亜耶、同級生に頼るの苦手だしな。
「うん、嫌いな人居ないから。それに嫌な事もないよ。」
という亜耶の言葉に何とも言えなかった。
それこそ、今の俺はどう説明すれば良いか悩むものだ。
亜耶が言う "嫌いな人居ない" は、友人として深く付き合っていないからというのと、亜耶自身が心を開かなかった事で、周りが嫌だと思ってる人にも平気で接する事が出来ているだけだ。
亜耶の言葉に驚愕し、二人が顔を見合わせて俺を見てくる。
「亜耶が本心をさらけ出せる学校での同年代は、お前らが初めてだ。今まで、一線を引いていたからそういう感情を表に出せなかった分淡々とこなしていたと言えるかな。」
俺は亜耶の今までの事を思い出しながら言う。
俺の言葉が衝撃過ぎたのか、二人は驚いた顔をしている。
「まぁ、頼られることは好きみたいで、直ぐに引き受けていたのは確かだな。このままではダメだと思い俺の従妹と会わせたら、やっと本心から話せる親友が出来たんだからな。」
あの時、真由に会わせていなかったら、違う亜耶がここに居たんだろうな。
「亜耶、それ寂しくなかったの?」
亜耶にとって、その質問は無謀だと思うぞ。
亜耶には、甘やかし上手な兄が居るんだからな。
何て思ってると。
「全然、寂しいなんて思わなかったよ。あの時は、お兄ちゃんと一緒に居ることが多くて、色々と教わっていたから、友達と遊ぶよりも学ぶ事の方が楽しかった。」
亜耶と接するうちに子どもとは思えない程の知識の豊富さに俺も驚いたもんなぁ。
「まぁ、亜耶の育った環境が特殊だったことは間違いないだろう。鞠山財閥の唯一の孫娘だから、隠されるように育てられたようなものだし……。」
周りの大人たちも大切にしていたのを見れば分かる。
唯一の姫を誰に託すのが一番なのか、集まる度に話し合っていたって聞いた事有る。
龍哉もコクコク頷いてる。
お前、本当に知ってるのか?
と疑いたくなる。
「今まで、公に出ていないんだよ、亜耶ちゃんは。何かあったら大変だからね。その代わりにお兄さんの雅斗さんが一身に請け負ってるんだ。」
得意気に言う龍哉だったが。
「龍哉、それは違うぞ。元々幼い時から雅斗は社交場に出ていた。次期会社を継ぐものとして顔を出していた。その後も兄弟が出きる兆候も無かったんだが、小学三年の冬休み明けに両親から兄弟が出きることを聞かされて、弟だったらどうしようと戸惑っていたからな。」
あの時、学区は違ったが初めて遊びに行った公園で出会ったのが雅斗で、直ぐに打ち解けてそんな話を聞いたんだよな(名字は聞いてなかった)。
思い出すように言えば、亜耶が驚いた顔をしている。
そうだろうな。
「でも、蓋を開ければ生まれてきたのは女の子で、小さな妹を自分が護るんだって、豪語していたそうだよ。妹に頼られるように運動も勉強にも一段と力を入れ出したのもこの頃。それまでは、何もしなくても大抵の事は出来ていたらしい。」
お義母さんから聞いた話だから、間違ってはいない筈。と思い返してると。
「こらっ、遥。何人の事、暴露してるんだ?」
と底冷えがするほどの低音ボイスが後ろから聞こえてくる。
ゆっくりと振り返ると、雅斗が鬼の形相で立っていた。
「あっ、いや、ちょっと……。」
言葉に詰まる。
亜耶に聞かれたくなかったことを話したから、メチャ怒ってる。
これ、後で倍に返されるヤツだ。
何て思ってたら。
「雅斗さん。お久し振りです。」
と天の助けならぬ、龍哉の助けが入った。
龍哉が、飼い主に近付くワンコのように嬉しそうに言ってる。犬の尻尾と耳が見える。
「おっ、龍哉。久し振りだな。隣に居る子は龍哉の彼女か?」
雅斗が龍哉の顔を見て嬉しそうにしている。
何故だと思ってると。
「はい、相沢梨花と言います。」
相沢が椅子から立ち上がりハキハキした声で答える。
あっ、雅斗が気に掛けている龍哉の彼女が居たからか。
「亜耶の兄の雅斗です。よろしくな。今日は、亜耶のお見舞いに来てくれてありがとな。」
何時もよりニコヤカに返す雅斗。
どうやら、亜耶の同級生がお見舞いに来たことも嬉しい要因なのだろう。
「クラスの代表できました。」
相沢が堂々と口にすることも、雅斗の好感度が上がってる筈。
そういえば、クラスメートがお見舞いに来たのは初めてじゃないか。
「ありがとうな、お転婆な亜耶の友達になってくれて。」
雅斗が亜耶の頭をポンポンと叩く。
そんな話しは、聞いたこと無いぞ。
「お兄ちゃん、言いすぎ!」
亜耶が雅斗の手を掴んで目を吊り上げて居る。
亜耶がお転婆とは、初耳だ。
「えっ、昔からそうだったじゃん。俺の後について同じことをしないと気が済まなかっただろうが……。」
苦笑して言う雅斗。
「お兄ちゃん、それ以上言わないで。それより、何か用事があったんじゃないの?」
亜耶が赤面しながら話を変えた。
その辺の話し、今度詳しく雅斗に聞くかな。
と思ってると、雅斗が意味深な顔をして居る。
何か企んでる顔だな。
「あっ、そうだ。遥、お前らの結婚報告パーティーだが、家の嫁の懐妊報告も一緒にしても良いか?」
との事だ。
何だ、別にそれぐらいなら構わない。って言うか沢口から聞いたのか。
まぁ、タイミング的にも丁度良いと思うが。
「えっ、亜耶次第じゃないか。亜耶が良いと言えば俺は別に構わないけど。」
主役は俺じゃなく亜耶だしな。
「私も構わないよ。おめでとう、お兄ちゃん。」
冷静に言う亜耶に雅斗が違和感をもったのか。
「なぁ、亜耶。余り嬉しそうじゃないな。もしかして。」
と言い出した。
確かに初めて聞いた時は、凄くはしゃいでいたよな。
「うん。お義姉ちゃんからこの間来た時に聞いたよ。お兄ちゃんには内緒にしておいてって言われてたから。」
とバカ正直に言う。
「やっぱり。俺は、昨日知った。ってことは遥も?」
雅斗が確認するように聞いてくる。
「あ~、俺は、亜耶がやたらと浮かれてたから、問い詰めたら素直に言ったな。」
質問を質問で返されたがな。
雅斗が落胆する。
「だけど、俺は直接本人から聞いた訳で無いからな。」
フォローになってない気もするが……。
雅斗の落胆は戻らず、凹んだまま。
「えっ、雅斗さん。由華さんおめでたなんですか?」
と驚いた声を出したのは、龍哉だった。
「おう。だが、公表するまで、ここだけの話しにしてくれよ。」
雅斗が、嬉しそうに言う。
「「おめでとうございます!!」」
龍哉と相沢の声が重なる。
「ありがとう。」
雅斗の目尻が下がってて、俺まで嬉しさが込み上げてきて、自然と笑みが浮かんでいた。
何となく視線を感じて、その先を辿れば亜耶と相沢がこっちを見ていた。しかも、二人とも赤面しながら小声で話し合っている。
俺、何かしたか?
考え込むが、思い当たることがなく何があったか気になるが、今は聞かない方がいいかと見過ごした。
龍哉が、雅斗の聞き役となっていてそれも一段落付いた頃。
「梨花、そろそろお暇するぞ。」
龍哉が言い出し。
雅斗と話せたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている龍哉。
「ん、そうだね。亜耶、月曜日学校で待ってるからね。」
亜耶にそう告げながら釘を刺す相沢。
月曜日、学校に行かなかったら何かしそうな雰囲気を持ってるな。
「うん。迷惑掛けると思うけど、よろしくお願いします。」
亜耶が友達に頭を下げた。
始めてみる光景に、俺と雅斗は驚きを隠せない。
雅斗は、その後ずっとニコニコしていて、とても気持ちが悪いったらありゃしない。
「うん。お願いされます。じゃあね、失礼します。」
そう言って部屋を出て行く相沢。
「雅斗さん、それでは、失礼します。」
「あぁ、気を付けて帰れよ。」
龍哉が雅斗に挨拶すると、相沢の後を追うように部屋を出て行く。
雅斗は、上機嫌だ。
「あ、俺、そこまで送ってくるよ。」
俺は、さっきの看護師の事を都さんに伝えに行こうとした。
部屋には、過保護な雅斗が居ることだし、少しは離れても大丈夫だろう。
「えっ、いいですよここで。」
廊下に居た龍哉が戸惑っている。
「俺も用事があるんだよ。」
と言って部屋を出たのだった。




