厄介事1…理事長
朝、出勤してきた遥が、直接俺の所に来た。亜耶ちゃんの様子を伝えに。
話を聞いてる限り、そこまで深刻にはなっていなくて安心したが、最後に嫁に対して苦言を挺していた。
なので、俺は陽子を呼び出した。
「何?」
理事長室に入ってくるなりに苦虫を噛み殺したような顔をし、呼び出された理由がわからないと言う顔をしてソファーに座る。
「お前、昨日、亜耶ちゃんに余計なことを言ったようだな」
俺は、そんな陽子に怒気を含めた声で聞く。
「余計な事?」
そう口にして、首を傾げ。
「"悩みがあるなら相談して"が? 私は、ただ養護教諭としてごく当たり前の事を言ったまでで、余計な事だなんて思わない」
強気な発言で言い返してくる妻に。
「その一言が余計な事だと思わないのか? しかも、遥から苦言だとも言われたんだぞ」
養護教諭としては、当然の事だろうが、相手を選ばずに言うから困る。
まぁ、その甲斐があってか、一部の生徒からは慕われているのだが、他の生徒には不快な思いをしているようだ。
それに相談されたはいいが、手に終えないと思ったら俺を巻き込むから質が悪い。
「遥くんが、苦言? そんな筈無い。だって、環境が変われば不安だって出てくるだろうし、だから、そんな時は相談して欲しいって思っただけだし……」
口を尖らせて言う妻。
しかし、軽はずみでそんな事を言われれば、遥も怒るだろうが……。
「お前は、彼女の育った環境の配慮はしたのか?」
俺が聞けば、首を横に振る始末。
だろうな。
何時もの事とはいえ、俺も呆れてくる。
「亜耶ちゃんはな、信頼の出来ない大人には相談しないんだよ。何時、誰かに話してしまうリスクがあるからな、それが弱点にもなる場合があるしな。亜耶ちゃんが相談する相手は、家族以外では遥だけ。赤の他人に相談なんてもっての他なんだよ。なのに軽く"相談に乗るよ"なんて言われれば、亜耶ちゃんを戸惑わせるだけだ」
俺は、今までの事も踏まえてそう口にしたのだが。
「それって、他の意見を聞き入れる事はないってこと? 可笑しくない?」
と反論してきた。
その考えは違うんだ。
亜耶ちゃんが、今まで他の人の意見を聞かなかったことなんて、一度もなかった筈だ。
「陽子。その解釈は間違ってる。俺の言い方も悪かったかもしれないが、企業のトップになると色々な噂が回る。特に、亜耶ちゃんは、女の子っていうのもあって、犯罪に巻き込まれないようにひた隠しにされてる。鞠山家では、亜耶ちゃんの素性を知らない大人達には何も話すなって、幼い時から口を酸っぱくして本人に言い続けてきた。だから、信頼のおけない人に相談を持ち込む事は一切無い。一教諭としての信頼だけでは、絶対に口にしない。そして、その捌け口……相談役が遥一人だと言うことを覚えておいてくれ。遥は、亜耶ちゃんから信頼を得ている唯一の存在だから、それと同時に遥も亜耶ちゃんには心を許してるんだ。それと他人の意見を取り入れない事はない。自分の意見と他人の意見を比較し、より良いものにしようとするのが、亜耶ちゃんだ。ただ、相談できる相手が、限られているってだけ」
ここまで言えば、わかってもらえるだろうか?
まぁ、俺自身も極たまに遥から相談を受けるだけだから、そこまで詳しくないが……。
陽子が、自分の思い違いに気付いてくれたら、それで良い。
彼女の顔を伺えば、自分が言った言葉がいかに軽率だったのかが分かったみたいで、顔を青くしていた。
「俺達は、見守ることしか出来ないんだ。今後、二人の事には口を出すな」
釘を刺すように言う。
「……わかった」
陽子は、首を縦に振った。
理解してくれたことで、安堵する自分が居たのだ。




