何時の間に…亜耶
美味しそうな匂いが、鼻に付き我に返る。
目をさ迷われば、遥さんが横に座っていた。
「…はるか、さん…」
ゆっくりと名前を口にすれば、此方を見て。
「やっと戻ってきたか……。取り敢えず、飯にしようか。着替えておいで」
優しい声音でそう言う。
ふと見れば、ホッとした顔で私の頭を抱き込みだす。
もしかして、遥さんに迷惑かけちゃった?
「私……」
落ち込んで次の言葉が出てこなくなる。
「話は、飯食べてからゆっくりと聞いてやるからな」
安堵ともとれる口調で告げられる言葉。
自分の姿を見れば、未だ制服のままで、時計を見れば夜八時過ぎを指していた。
もうこんな時間だったんだ。
私は、ゆっくりと立ち上がると自分の部屋に向かった。
何時、家に帰ってきたんだろう?
不思議に思いながら、部屋着に着替える。
自分の意識の中には、保健室の出来事で途切れていて、その後どうやって帰ってきたのかさっぱりわからないのだ。
遥さんに迷惑掛けてるよね。
ハァー、落ち込むなぁ…。
これ以上心配掛けたくなくて、両頬をパシパシと叩いて気合いを入れてから部屋を出たのだけど、ダイニングテーブルに準備されている料理を見て更に落ち込んだ。
「折角、亜耶の為に好物を作ったのに、自分を攻めるような顔はするなよ」
遥さんが、頭を撫でてくる。
あうっ……。
「だって…」
またしても、言葉が続かないよ。
申し訳無さすぎて……。
「あのさぁ。前にも言ったと思うが、亜耶が一人で背負うことなんて、何にもないんだ。やれない事があって当たり前だ。全てが上手くなんていかない。各々の思いだって在る。それを巧く纏めるのは、難しい。学生の内なら、何度でも修正ができるんだ。そして、亜耶は今はそれを学ぶ時。間違ったことに自分で気付けるときもあれば、他人に指摘されて気付くこともある。…でだ、今は、食事の時間で俺と二人で楽しむ時間だと思うのだが、違うか?」
至極真面目なことを言ってるようで、最後の方は茶化してる。
遥さんらしい励まし方だ。
確かに、今目の前には湯気がモクモクと上がってる、出来立ての料理が並んでる。
それが、自分が好きな中華で冷めてしまったら美味しく頂けない。
「そ…うだね。遥さんの手料理、早く食べたい。」
そう言葉を出していた。
遥さんに導かれるまま、自分の席に座り遥さんが座ったのを見てから。
「「いただきます」」
二人手を合わせて合掌すると早速料理に口をつけた。
うっ……。
「遥さん、これ辛い!」
思わず指を指して、遥さんに訴える。
遥さんは、不思議そうな顔をして麻婆茄子を口にするが、なんともないようで……。
「亜耶。辛いの苦手だったか?」
って、突然の質問にゆっくりと首を縦に振る。
口には、お茶を含んでいて喋れなかったから。
「家で食べてた時は、中辛だった……」
私は、自分で作るときも中辛にしていた。カレーもだ。
「それは、俺が悪い。今度作る時は、気を付ける」
激しく落ち込みだす遥さん。
言わなかった、自分も悪いのだから。
「折角遥さんが作ってくれたのだから、全部食べるよ」
そう言って口角を上げて言えば。
「無理して全部食べる必要ないからな」
目許を細めてそう言う遥さん。
どことなく嬉しそうに見えたのは、私の見間違いかな。
何て思いながら、楽しい夕食の一時を過ごした。




