1-2 アロディと洗礼
俺、ヘルメスがいるこの王都は比較的小さいと俺は思う。
いや、記憶が戻る前はでけえっ!って子供ながらの感想を抱いたよ?
でもさ、前世の記憶のビル群を思い出すとこの王都はどうしても高さが無い。金属が建物に使われていないからもあるんだろう。
王族は白亜の宮殿、貴族は同じような白や赤やオレンジと茶色などといったレンガで建物が作られ、平民以下は土色の家が基本だ。
そのため重厚な感じであり、壮大な威厳が感じるような家々ではあるがそれがあるのは限られた区間内だけで、平民の俺は第三城壁という一番外側にある城壁の内側にまでしか入れない。
そしてその第二城壁の外側であり第三城壁の内側に今日お目当ての教会があるのだ。
「さあ、着いたわよ」
母親が俺の手を引いてたどり着いたのは真っ白な建物であった。毎日しっかり手入れされていると思われる庭と建物の壁は清潔感があり、僅かに香る花の匂いを風が運んで来て教会という建物を連想させるにはぴったりであった。
そして協会のシンボルで建物の頂上にあるのは十字架でありこれはどこの世界に行っても同じなんだな。
「やあ、おはよう。洗礼の参加者だね?こちらに並んで静かにしているんだよ」
教会の扉を開けると四十代中盤くらいの神父らしき男の人が出迎えてくれた。そしてそのまま教会の長椅子へと座らされる。五歳児だらけだからもっと騒がしいのかと思いきや、皆が皆緊張でがちがちになっており、普段緊張しないようなやんちゃそうな男の子も精一杯の正装をして椅子にちょこんと座っているのを見て俺は何だか微笑ましい気持ちになってしまった。
「退屈ね」
しかしその中でも例外というものはいるようで俺の隣にいるおめかしをしている少女はその一人だったらしい。淡い金髪は白っぽくも見えるが教会のガラス窓から入る光を弾いており、その下にある目はきりっとした切れ目であるも瞳は憂鬱そうで早く終わって欲しいと言った感情を物語っている。
「ねえ、あなたはそう思わない?」
「俺か?俺は――――」
少女は俺に聞いてきたがどうやら答えを求められているわけでは無く、自分の話を聞いてもらいたかったようで俺の言葉を待つより先に話し始めてしまう。
「決められた行事。決められた事象。決められた未来。これから起こることなんて今まで多くの人々が経験したことと同じ。自分が今それを辿ることで全く同じ道筋を進んでいく。これが退屈と言わずしてなんて言うのかしら」
小難しいことをよくまあこの五歳児は考えるものだと思い、同時にここまで五歳児が分かって言葉にしているとしたらこの少女はどこまで精神が成熟しているのだろうか。
まさか俺以上何てことはないだろうが、という思いはありつつも俺は何だか不憫な気持ちを抱く。
きっとこれは同情という感情で多くの人がこの視線を向けられることに嫌悪感を抱くことだろう。
しかしもし、五歳児がそれをしたとしたら?
少女は俺が向ける視線と違和感に気付いたようだ。
「あなた……」
「確かに、多くの人間が今まで同じ道を通って来たんだろう。俺ももしかしたら同じ道を辿っているだけかもしれない。でも」
ゴーーーーンという教会の鐘の音が鳴る。
音に驚いた鳥が飛んで、ガラス窓に鳥の羽の影ができる。
その羽の小さな隙間から俺達の座っている場所に小さな虹色の光の柱が落ちてくる。
「知らないことを知るのも、自分が色々なことをできるようになるのも、自分の進むべき道を探すこともきっと楽しいぜ」
異世界に転生して意識が戻ってからずっと俺は常に思っていたことを口に出す。
きっとこの思いがあれば前の世界でも多くの楽しいことが待っていたに違いない。
だからこの世界ではそんな気持ちで俺は前を向いていたいと思う。
前の俺と同じ道を進むかもしれない少女に俺は落ちてきた光を手の平に乗せて見せながら満面の笑みを浮かべながら俺はそう言ってやった。
洗礼は滞りなく終わった。
最初に神父から短い挨拶があり、その後子供が一人一人呼ばれて自分の名前を呼んでもらい神に認められる、それだけ。
その後に教会の経典の中にある物語や言葉を交えた神父からの有難い言葉を頂いてそれで終わりだ。
こういった物は長々とやるのが儀式的であり、決められた時間まで喋らないといけないものなので意外と言う人は大変らしいが聞く方ももちろん大変だ。
こう言った偉い立場の人が話すとき俺は前世で基本的に寝ているタイプの人間だったので子供に戻って改めて聞いてみるとその大変さが伺えた。
よくやった神父さんと言いたいが今の五歳児である俺が言っても馬鹿にしているようにしか見えないだろう。もちろん前世の俺が言っても馬鹿にしているようにしか見えないだろうが。
あの少女は洗礼が始まったあと、何かを考えるようにしてずっと神父の方を見ていた。その横顔は歳のわりに大人びていて思わず綺麗だなって思ったが、俺ロリコンじゃないよな?
思わずそう真剣に考えてしまうほどドキッとしてしまう物があったのでこの少女は将来美人になるかも、何て思ってしまった。名前をアロディというらしい。洗礼で神父がそう言っていた。
そしてお待ちかねの魔法の検査が……始まる。
「はい、ヘルメス君の番だよ。お母さんもどうぞこちらへ」
「はい」
「はい!」
名前を呼ばれてウキウキ気分で神父の案内で検査する部屋へ行く。
魔法。魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法だっ!
もうすぐ魔法が見れるのだと俺は興奮していた。そして自分が魔法を使えることを微塵も疑っていなかった。
「この水晶に両手を置いて――そう、それでいいよ。そのままじっとしててね」
部屋に入ると机と椅子が置かれていて机の上には小さな座布団に乗せるようにして水晶が置かれていた。
椅子に座ると神父の案内通りに両手を置く。
水晶はやはり鉱物だからかひんやりとしていて興奮して熱くなっていた手が冷えて気持ち良かった。
「お?」
なのに急に水晶がほんのり暖かくなる。急激に上がって火傷するような感じになる訳では無いので危なくはなさそうだがどうなってるんだ?
「水晶は冷たいですか?熱いですか?」
神父の問に、俺は気付く。これが冷たいか熱いかで魔法が使えるかどうか分かるのだ。そして神父が先に言った方の言葉からこの平民が訪れる教会でどちらが多いかも推測できる。
つまり。
「熱いです」
「おお。おめでとうございますヘルメス君、お母さん。ヘルメス君は魔法を使えるようですよ」
その神父の言葉に母のマイアーは唖然とした顔をし、俺はニヤリと笑った。
ほらな、やっぱり楽しいだろう?
俺は心の底から先ほどの少女アロディに向かってこの世界には楽しいことが溢れているんだとエールを送った。