第5話~襲来~
お待たせしました。ここから本格始動です。
俺がこの世界に来てから六日ほど経過した。
ここ三日間は昼は秋祭りの準備、夜は酒場でバイトとを繰り返している。
そして、一日の終わりにジークさんやマルクさんとコントラクトモンスターズを楽しむことが日課になりつつある。
何より、準備をしている中で村の皆と仲良くなれたし、この村のことも分かってきた。
この村はローゼン村というらしい。
トリスタン王国という国の直轄地で、その国の南端に位置するそうだ。
村の歴史も中々興味深かった。
なんでも、何百年も前からこの村は存在し、この村の外れの遺跡に眠る『伝説のデッキ』を守るために作られたんだとか。
そして、秋祭りの前日となった今日の昼下がり。
その日を以てして、この世界の歯車は確実に動きだす。
俺が村の皆と秋祭りの準備に追われていた所に、突然、招かれざる客はやって来た。
彼らは重たそうな鎧を身に付け、腰には剣を差している。
数は十人程で、その中でも一際豪奢な鎧を纏った男が前に進み寄った。
年は俺より少し上だろうか。その男は、ソフトモヒカンのように刈り上げている金髪をしていて、厳つい顔だ。
そして、いきなり
「ローゼン村の諸君! 我々はトリスタン王国第三騎士団である! 村長はいるか!」
なんというバカでかい声だなオイ! これじゃぁ作業に集中できねぇじゃねぇか。
「私がローゼン村の村長を勤めております。どうかなさいましたかの?」
と言って出てきたのはハリスさんだった。
そう、こないだ気付いたことなのだが、ハリスさんがこの村の村長だったのだ。
ハリスさんが出てきたのに満足したのか、豪奢な鎧男(俺命名)はいかにも偉そうな雰囲気で
「私は第三騎士団団長のグリフィーだ。
我々がこのような田舎臭い村に来たのは、この村に存在するという『伝説のデッキ』を国王トリスタン七世がご所望だからだ。
悪いことは言わん。おとなしく伝説のデッキを渡せ」
などと、豪奢な鎧男改めグリフィーは高圧的な態度でハリスさんに要求してきた。
というか、人に物を頼んでいるくせに、そんな態度で良いと思っているのかねコイツらは。
「お断りしますじゃ」
ほら、案の定ハリスさんが断ったじゃないか。
「わしら先祖代々、この村にある『伝説のデッキ』を守ってきました。たとえ、相手が国であろうとも、易々と渡すことは出来ませぬ。どうかお帰り下さい」
そうだそうだ!という声が村人達からも上がる。
自分が予想していた反応とは違う反応に、グリフィーは怒りで顔を紅潮させ、いきなりハリスさんの胸ぐらを掴んだ。
余程気に食わないのだろう、その声は荒らげだ。
「いい気になるなよ貴様ら! これは国家命令だぞ! これに従わなければ、貴様ら全員を国家反逆罪として、この場で処刑できる権限を私は国王からいただいてるのだ!
もう一度言うぞ! おとなしくデッキを渡せ! 二度は無いぞ!」
それでも、胸ぐらを掴まれたままのハリスさんの目は、俺が初めて出会った時なんかとは比べ物にならない位、強い意思を宿していた。あくまでも、渡す気は無さそうだ。
突然グリフィーはハリスの胸ぐらを放した。
ハリスさんはよろけると、すぐに地面に倒れこむ。
「そうかそうか! そこまでして貴様らは死にたいのか! なら、私が引導を渡してやる!」
とグリフィーは部下の男に小さな鉄の箱を持ってこさせた。
グリフィーが中を開けると、その中にはなんと、コントラクトモンスターズのデッキが入っていたのだ。
グリフィーはデッキの上からカードを一枚ドローし、天に掲げ、呟く。
「現れよ! ランク2『スケルトンナイト』!」
瞬間。信じがたい現象が起きた。
なんと、グリフィーの隣に骸骨の騎士が立っているではないか。
そして、骸骨の騎士は倒れているハリスさんを蹴り飛ばす。
「ぐっ!?」
うめき声を上げてハリスさんがうずくまる。
この一連の行為の原因となったグリフィーは高笑いをしながら
「最初から要求などという陳腐なことをせずに、力で言い聞かせれば良かったな。どうだ! これが貴様ら出来損ないの平民とは違う、本物の契約者の力だ!」
俺は自分の中に渦巻く怒りをどうにか抑えながら近くにいたマルクさんに小声で質問した。
「……マルクさん。さっきあの人が言っていた本物の契約者ってなんですか?」
「ああ……。本物の契約者というのは、あんな風に、モンスターを実体化させ、使役することが出来る人物の事を言うんだ。
彼らが行うコントラクトモンスターズではモンスターが実体化し、ダメージが現実の物となるんだ。
力の無い僕らが彼と戦ったら、こちらの与えるダメージは痛みを伴わないものなのに、彼が与えるダメージは痛みを伴う。
だから、彼らを倒す方法は、同じ真の契約者がコントラクトモンスターズで倒すことなんだ」
なるほど……。なまじ力があるものだからあんな奴がのさばっているんだな。
でもさ、なんでデッキが欲しいならカードゲームで奪わずに力で強奪しようとしてるんだ?
「おい、決闘しろよ」
思わずそんな事を口走ってしまっていた。
しまった。と思った時にはもう遅く
「あぁん? 小僧。お前誰に向かって口を聞いてんだよォ!」
偉そうなキャラを演じるのを止めたのか、本性を表したグリフィーが骸骨の騎士に命じて俺の腹を殴らせる。
「かはっ!?」
肺から強制的に酸素を排出させられ、息が出来ない。
それに、激痛で思考することすらもままならない。
俺をいたぶることに満足したのかグリフィーは骸骨の騎士をカードに戻し
「お前ら、そこの小僧とジジイを遺跡まで連れていけ。伝説のデッキを手に入れた後、すぐに処刑するためにな」
と部下に命令した。
一瞬の浮遊感の後、すぐに俺とハリスさんは男達に抱えられた。
☆☆☆
村の外れにある遺跡にたどり着いた途端、俺は男達に叩き落とされた。
上手く受け身が取れず、背中がひどく痛む。
初めて見る遺跡は、遺跡というより、洞窟というほうが近い。
入り口に石像が二本。脇に立っているだけだ。
突然、背中に衝撃が走る。グリフィーが笑いながら俺の背中をけっているのだ。
「ほら、貴様が先頭を進め小僧。罠があった時の囮にはなるだろうからなァ!」
渋々痛む背中を押さえながら松明を持って遺跡の奥に進んでゆく。
遺跡の中は暗く、松明の火だけが唯一の光源だった。
揺らめく炎はまるで、俺の不安を写し取っているような気がする。
遺跡は一本道になっていて、壁には壁画が彫られていたが、じっくり見ることもできなさそうだ。
そうしている内に広い空間へ出た。
部屋は一辺十メートルくらいだろうか。かなり広い。
しかも、俺が足を踏み入れた途端に、部屋の周りを囲っていた聖火台に勝手に火が灯る。
見上げてみれば、天井には巨大な壁画が彫られてあった。
赤い龍とその傍らに佇む少年。
しかし、その反対側の壁画は削り取られていて、見えなかった。
文字も彫ってあるのだが、俺には読むことができない。
「おぉ……あれが伝説のデッキ!」
グリフィーが見つめる先には赤と黒を基調としたデッキケースが、赤いオーラのような光を放ちながら宙に浮かんでいた。
「これで俺も貴族の仲間入りだ!」
気持ち悪い笑みを浮かべながら、グリフィーはデッキケースに手を伸ばす。
しかし、バチンという音がしたかと思うと、グリフィーはデッキケースに触れようとした手首を押さえていた。
「くっ! やはり一筋縄では行かないか!」
と言いながら何度もデッキに触れようと試みる。
結果は変わらず、デッキケースに触れることさえできない。
「畜生……! なんなんだよォ! この俺が触れることさえできないなんてありえねェだろうが!」
理不尽なことに、グリフィーがデッキケースに触れることができないことに対する怒りが暴力という形で俺に降りかかるのだ。
だが、幸運なことに、俺に向かって放たれたグリフィーの蹴りは、俺に当たることなく台座を直撃する。
奴は足元を押さえて悶絶していた。
今だ! と思って逃げようとしたのだが、運悪くグリフィーの足につまずいてしまった。
受け身を取ろうとして触れた先には、なんとデッキケースがあったのだ。
マズイ!
身を襲うであろう激痛に耐えるべく俺は目を閉じる。
「…………あれ?」
しかし、いつまで経っても痛みはなかった。
瞬間。目映い光が部屋中を満たす。
「……お待……ま……我……よ」
何かノイズ混じりの声が聞こえたような気がしたが、よく聞き取れなかった。
暫くして目を開けると、俺の手にずっしりとした重みがある。
確認してみると、なんと俺の手にはさっきまで宙に浮かんでいたデッキケースが握られていた。
目の前を見ると、グリフィーが驚愕と怒りが混じったような表情をしている。
大方、特別な存在である自分が触れることができなかったデッキケースをどうしてこんな奴が、とでも思っているのだろう。
どうして俺がこのデッキケースに触れることが出来たかは、今はわからなくてもいい。
今、やる事はただひとつだけだ。
俺はデッキケースを奴に突き付け、ある提案をする。
「俺とコントラクトモンスターズで勝負しろ。勝てばこのデッキをくれてやる。だが、お前が負けたら、俺の言うことを何でも聞いてもらう。どうだ」
どうせカードゲームで物事が決まる世界なんだ。これで決めてやる!
怒りが頂点に達したのか、グリフィーは歯ぎしりをしながら
「調子に乗るなよ小僧……! いいだろう! その勝負受けて立ってやる!」
と案の定グリフィーは勝負に乗ってきた。
何故だろうか。本物のコントラクトモンスターズの作法が頭に入っている。
まず、俺とグリフィーはそれぞれ、部屋の隅に移動する。
俺はデッキケースの紐の部分を腕に巻き、デッキケースの真ん中にある、ルビーで出来ているボタンを押した。
すると、シャコン! という音と共に、デッキケースの底がスライドし、中からデッキが出てくる。
丁度、あるカードゲームに出てくるディスクのように、カードが挟まる構造になっているので、デッキが落ちることも無い。
奴は部下にデッキケースを持ってこさせ、デッキケースにデッキをセットする。
そして、俺と奴はデッキケースを前に突き出し、宣言する。
「「誓いを此処に!」」
俺にとって初めてとなる、真のコントラクトモンスターズが始まった。
活動報告に重要なお知らせを書きました。