第2話~落ちた先で~
「んん……」
目を開けて最初に見たものは知らない天井だった。
というか、よくあの高さから落ちて生きてるな俺……
さっきまで電波神――個人的な彼女のイメージは可愛い女神から電波神へとランクダウンしている――によるパラシュート無しの空中落下をしていたはずなのだが、傷一つ無い。
マジでオゾンより下なら問題無かった。
と、それは置いておいて、どうやら誰かが気絶した俺をベッドに寝かせてくれたらしい。
寝かされていたベッドから上体だけを起こして周りを見てみると、家全体が木で出来ており、まるでキャンプ場にあるログハウスのようだ。
その時、ベッドから見たら正面にある、ドアから一人の老人が入って来た。
髪の毛は全て白髪になっているのだが、何かしているのだろうか、その体にはある程度の筋肉が付いていて、腰もしゃんとしている。
ちょっと怖そうな顔だが、その瞳には柔和な光が宿っていた。
「よく眠れたかの?」
「えぇ、まぁおかげさまで」
俺のその言葉で老人は嬉しそうに目を細め
「フォフォフォ。そうかそうか、それは良かった。道端で倒れておったお前さんを助けてよかったわい」
さっきの言葉から察するに、どうやらこの人が俺を助けてくれたらしい。
まぁ、道端で倒れていたって、そんな生易しいレベルじゃなかったんだけどな。
「あの……ありがとうございます」
取り合えず、助けてもらったお礼に、俺はベッドの上で頭を下げた。
しかし、老人は気恥ずかしそうに手を大きく降って
「いいんじゃよ。すごい轟音がしたと思って外に出てみたら、地面に大穴が空いていて、その中心にお前さんが倒れておってな、何事かと思って助けただけじゃからな」
ものすごい轟音って……そりゃぁそうでしょうね。
あれだけの高さから落下したんだ、クレーターが出来ていてもおかしくは無い。
「しかし、お前さん見慣れない格好をしておるのぅ、外国からの旅人かい?」
そう指摘されて自分の服装を見る。
しまった。学校帰りだったから制服のままだった。
まぁ、外国というのは正解なんだが、まさか異世界からだとは言えない。
とはいえ、質問にはそれとなく答えておこう。
「えぇ、そうなんですよ。日本っていう国から来ましてね」
「ニホン? 知らない国じゃのう」
「まぁ、遥か東の果てにある小さな島国ですからね」
嘘の中にある程度真実を混ぜておくと、相手を騙しやすくなるというが、どうやら本当らしい。
老人は納得したように頷く。
「東の果てからのう。大変じゃったな。それにしてもお前さん、身一つで旅とはちと無謀ではないのか?」
荷物? それなら肩に掛けるタイプのスポーツバッグがあったはずなんだがな。
そう思って辺りを見回してみたが、無い!
NI〇Eのスポーツバッグが無い!
まさか……
「お……落とした?」
恐らく、空中落下の時に肩から外れてふっ飛んだ。というかそれ以外あり得ない。
出てこいよ!電波神!! バッグには財布とデッキが入ってたんだぞチクショー!
無一文で異世界とか鬼畜過ぎんだろ!
「無くしたのか? それは難儀じゃのう。無一文で旅を続けるのは無理があるしのぅ……」
と俺の境遇を察してくれたのか、老人が解決策を考えてくれている。さて、どうしようか……
何か思いついたのか、老人がポンと手を叩き、
「おぉそうじゃ。一週間後に村の収穫を祝う秋祭りがあるんじゃがの、祭までの間、その手伝いをしてくれんか? 勿論お金と衣食住は保証するぞ」
と俺に提案してくれた。普通にこれは有難い。これで金にも食糧にも当分困らなさそうだ。
「宜しくお願いします。えっと……」
そういえば、この人の名前を聞いていなかった。
「ん? ワシの名前か?まだ互いに名前を言っておらんかったの。ハリスじゃ。宜しくの」
「俺はショウ・ユーキです。宜しくお願いします。ハリスさん」
異世界なのに外国風な名前の言い方で問題無かったらしい。
こうして、俺の一週間限りの村生活が始まった。
「それでは、早速ショウを紹介しに酒場に行こうかの」
「酒場……ですか?」
「そうじゃ。村の皆が集まる憩いの場じゃからな。ほれ、着いてきなさい」
と言われて、俺とハリスさんは家を出た。
ハリスさんの家は小さな丘の上に建っているのでちょっと下の景色が一望できる。
横を見れば、赤い夕日が山に差し込んでいて、眼下には何処までも続く草原、そして、いくつかの家。
それらの景色はあまりにも綺麗で、思わず感動してしまった。
「ほれ、ここじゃ」
景色を眺めながら歩いていると、いつの間にか酒場に到着していた。
看板には、龍の咢亭と書かれてある。
今気づいたんだが、俺はこの世界の文字と言葉を理解できているようだ。
流石の電波神も俺が言語も文字もわからない状態で異世界に連れていくのはマズイと思ったのだろう。そこだけは評価しておこう。
「ごめんください」
木製の扉を開けて酒場に入る。
小さなベルの音が鳴り、俺とハリスさんが店に来たことを知らせる。
小さいながらも手入れが丁寧に行き渡っている店内は沢山の人の活気で溢れていた。
「っかーッ! やっぱ仕事の後のビールは最っ高だねぇ!」
「おばちゃーん! いつもの奴ねー!」
「ここで酒飲んでる時が幸せだよなぁ!」
酒を飲んでいる人々は老若男女揃っていて、様々な声が行き交っている。でも、みんな笑顔だ。
「あら、ハリスさんいらっしゃーい。おや、見ない顔だね。旅人さんかい?」
カウンターの内側で、料理をしていたのおばちゃんが俺とハリスさんに話かけてきた。
四十代から五十代だろうか、幅の大きな人で、いかにも、酒場のおばちゃんって感じの人だ。
「よくわかったの、おばちゃん。彼はショウと言ってな、なんでも東の果てにある国から来た旅人なそうじゃよ」
「ショウ・ユーキです。宜しくお願いします!」
おばちゃんは笑いながら手を振って
「いいんだよ、そんなにかしこまらなくても。ウチの村は人が少ないからね。旅人さんは大歓迎さ」
そんなおばちゃんを尻目にしながら、ハリスさんはカウンター席に座って、まるで独り言のようにボソッと呟いた。
「おばちゃん。ショウは金に困っておっての。しばらくこの村で秋祭りの手伝いをしながら働くそうじゃよ」
それを聞いたおばちゃんの目がキュピーンと怪しく光った気がした。
「そうかい、金に困っているのかい。ウチも丁度人手に困っていてねぇ……」
とこっちを見ながら言ってくる。
あちゃー。これは逃げられないな。絶対に……
「そうなんですよー。なんでここで働かせてもらえませんか?」
おばちゃんはニンマリした。確信犯の笑みだった。
「そーかい!それなら働いてもらおうかねぇ!」
そうして三十分後
「こちらご注文のビールでーす!」
「おう! 助かるぜあんちゃん!」
えぇ、絶賛バイトなうですよ。
格好も制服から、おばちゃんの息子の古着を借りて接待していますよ。
しかし、注文が多いこと多いこと。さっきから動きっぱなしだ。
しかも、内容はジョッキの酒が多いから、重量もあってなかなかキツい。
「ショウ! 疲れたろう! ちょいと休憩してもいいよ!」
流石に働かせすぎだろうと思ったのか、おばちゃんからやっと休みを貰えた。
「ふぅ~~」
溜め息を吐きながら、カウンター席の椅子に腰を降ろす。
久しぶりに椅子に座った気がする。
しかしまぁ、毎日これだけ沢山の人を相手にしているのか、おばちゃんは。すげぇな。
そんなことをボンヤリと考えながら、近くのテーブル席を眺めていると
「行くぜ! このカードでトドメだ!」
「だぁッー! 負けたー!」
なんとカードゲームをしているではないか。
「あの……」
急いでそのカードゲームをしていたテーブル席に駆け込む。
カードゲームをしているのは若い男の人と中年の男の人だ。
顔もあまり似てないし、親子では無いのか。
「ん? どうしたあんちゃん。コイツが珍しいのか?」
そう言いながら中年の方はカードを俺に見せてくる。
やはり、電波神の言っていた通り、俺が今までに見たことがないカードゲームのカードだ。
「えぇ。俺の国では無かったものですから」
「それは驚いた。世界共通の物だと思ってたよ。なんせ、大体の国ではカードゲームで大抵の物事が決まってしまうからね」
と若い方は衝撃の事実をさらりと言ってのけた。
やっぱりか、だとしたら何としてでも、このカードゲームのルールを把握しておかないとな。
「お願いします! そのカードゲームのやり方を俺に教えてください!」
唐突なお願いに、二人は一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑いだした。
「はっはっは! 良いぜ!俺達がみっちり教えてやるよ。マルク。お前のデッキを貸してやれ」
「そうですね。さっきジークさんに負けましたし」
マルクと呼ばれた若い方は俺にデッキを貸してくれた。
カードをずらして数えてみると四十枚ピッタリある。
「それじゃ、僕はカードの説明をするよ」
とマルクさんは、席を俺に譲ってくれる。
「俺は基本的なルールの説明だ。やりながら覚えてくれよ」
とジークと呼ばれた中年の人がデッキをシャッフルし始めた。
馴れ初めはどうあれ、この世界に来て、初めて見るカードゲームだ。ワクワクが止まらない!




