第1話~いざ! 異世界へ!~
テーブルの上に置かれたカードを横向きにして宣言する。
「このカードで直接攻撃をします。何かありますか?」
学校が終わってすぐに、俺――結城翔――は家の近所にあるカードショップで行われるカードゲームの大会に出場していた。
今はその決勝戦なんだが、その対戦相手が凄い。
戦略、カードの組み合わせも凄いのだが、最も凄いのは、なんと女の子なのだ。
女の子のカードゲーマーと言う存在は、天然記念物、いや、世界遺産レベルに珍しい。
しかも、驚く程の美少女。
歳は、高校二年の俺よりちょっと下だろうか、顔に少しあどけなさが残っている。
腰まで伸びた黒い髪と、フリルの付いた黒いドレス――所謂ロリータファッションと相まっていてとてもよく映えていた。
今いるカードショップの顔馴染みになっている俺だが、こんな女の子は見たことが無い。
店員さんが言うには、驚くべきことに、彼女は俺がここに来るまでの間に、ベテランのプレイヤー相手に二十連勝していたそうだ。
現在、俺はその女の子と戦っている。
勝負は三本勝負で、先に二本取った方が勝者と言うものだ。
初めは対戦相手が女の子と言うこともあり、動揺してしまって、思うように行かずに負けてしまったが、すぐに頭の中を切り替えて、その次の一本で取り返した。
そして、三本目に突入した訳だが
「このカードで直接攻撃をします。何かありますか?」
俺は今、勝利に王手をかけている。
この攻撃が通れば俺の勝ちだ。しかし、彼女がこの攻撃に抵抗するかもしれないという、何とも言えない緊張感がある。
「何も……ありません」
少し間を置いて、彼女は、抵抗出来るものがないということを宣言した。
つまり、この攻撃が通ったことになり、俺の勝ちが決定する。
「ありがとうございました。良いバトルでした」
俺は椅子から立ち上がって、彼女に手を差し出す。
今となってはネタ発言となっているが、個人的にはこの言葉が好きだ。
対戦相手に対する敬意、素晴らしいバトルが出来たことの感謝が詰まっている言葉だと思うからだ。
女の子は、この行為に一瞬目を丸くしたが、意図を理解したのか、満面の笑みを浮かべながら、手を握ってくれた。
彼女の手はとても柔らかくて、温かった。
☆★☆
「ありがとうございましたー」
大会が終わってから、小一時間程、知り合いのカードゲーマーの人達とフリーで対戦を行って店を出た。
空は茜色に染まっていて、夜の訪れを待つばかりだ。
それにしても、あの女の子は強かったなぁ……。また、対戦出来たらいいなぁ……。
そんな、叶いそうにも無いことを思いながら、家に帰ろうとしたのだが
「あのー?」
後ろから声をかけられた。
声の高さからして女性の者だと判断出来るが、俺の知っている人の声では無い。
誰だろうと思って振り替えってみると、そこには、先程俺が対戦した女の子がそこに立っていた。
「ハイ! ナンデショウカ!」
なんで片言になってんだろうな俺は。
まぁ、家族以外の女の子になんて必要最低限の事以外では、あまり話しかけられないから、テンパってしまったのだろうと、冷静に自己分析出来ている自分がいるのも何か悲しい。
カードゲームしてるときは大丈夫だったのにな……。
テンパった俺が可笑しかったのか、彼女はちょっと笑って
「ふふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
と俺を慰めてくれた。
なんで、年下かもしれない女の子に慰められているんだろうな。泣けてきた。
「カードゲーム、お強いんですね」
「それはどうも」
美少女からストレートに誉められたからなのか、ちょっと照れ臭い気分になる。
「そんな貴方を見込んでお願いがあります」
何だろう? もしかしたら私を弟子にしてくださいとか。
いや! そんなはずは無いだろ! と見せる相手も居ないのに、一人漫才を心の中で繰り広げる。
しかし、彼女の顔は怖いほど真剣そのものだ。
「貴方の力で異世界を救って下さい!」
「…………は?」
何言ってんのこの人。電波なの?
今、俺の中で彼女に対する評価がだだ下がりになっているのを感じる。
「信じられないかもしれませんが、私は貴方達が神と呼ぶ存在です」
うわー。無いわー。美少女のくせに電波とか、どこのラノベだっつーの。
思わず、ドン引きしてしまった。
「ドン引きしないで下さい! 本当なんですって! この世界の神では無いですけど!」
「わかりました。で、その神様が、しがないカードゲーマーの俺にどうして、異世界を救ってほしいと言うんですか?」
取り合えず話だけは聞いてあげよう。
マジの電波だとしても、全力で逃げれば問題無いはずだ。
「私が管理する世界に、かつて私が力の殆どをつぎ込んで封印した邪神が復活しようとしています」
「なるほど」
「かつてのような力が私に無い今、邪神が復活してしまえば、確実に世界は崩壊してしまうでしょう」
「ほうほう」
「そこで、貴方に世界を救ってほしいんです」
「はいそこおかしいですよ!」
万が一この話が本当だとしても、何が悲しくて、自分と全く関係の無い、異世界を救わにゃならんのだ。
「丁重にお断りします。それじゃ」
これ以上付き合ってられないと思い、さっさと回れ右をして歩く。
さーて、帰ったらデッキ調整でもやりますか。
「な、何でですか!」
「そりゃ、いきなり世界を救ってほしいと言われて、はいそうですかって答える奴は居ませんよ!?」
「じゃあ! あなたの知らないカードゲームで物事を決めたり、邪神を倒せたりできる世界が有ると言ったら、あなたはどうしますか?」
その言葉を聞いて、思わず足を止めてしまった。
この子今、俺の知らないカードゲームが有ると言ったのか。
小さい時から、カードゲームデザイナーの叔父の影響を受けてカードゲームを始めた俺に知らないカードゲームなんて無いはずだ。
人気のカードゲームはもちろん。今は絶版となっているカードゲームだってやったことはある。
そんな俺に、その言葉は、とても魅力的に感じた。
正直、異世界を救うのなんてどうでもいい。ただ、俺の知らないカードゲームがしたいと言う欲望だけだ。
「カードゲームで邪神を倒すのなら話は別です。必ずや異世界を救って見せましょう」
そうキザな言い回しで、異世界に行くことを宣言すると、その女の子いや、神様は、花が咲いたように微笑んでくれて
「本当ですか! それでは早速!」
と神様がパチンと指を鳴らすと、突如回りの景色が一変した。
コンクリートの地面は芝生の生えた土に、街並みも平原に、変わる。
そして、平原のど真ん中に、ポツンと扉が立っていた。
扉は、高さ五メートル程はある巨大な物で、様々な物を模したレリーフが彫られている。
俺は、改めてこの女の子がただの人間では無いことを理解した。
「その扉の向こう側が異世界に繋がっています。頑張ってくださいね! 私は世界に干渉することは出来ませんがいつも見守っていますので!」
そう手を振る神様の姿は段々薄くなっていき、やがて消えた。
一人残された俺は、すぐに扉に手をかける。
「さーて。未知のカードゲームか! わくわくするなぁ!」
勢い良く扉を開け、一歩踏み出した。
しかし、地面の感触が無い。というか、足場その物が無い。
「…………ゑ?」
気づいたときにはもう遅く、俺の身体は空中に投げ出された。
一瞬後には、扉は遥か上だ。
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
なんか凄い速度で落下してるんですけど!?
下を見れば、黒い点のようなものが段々大きくなっているのが見える。
最悪だ。
最後にそう呟いて、俺の意識は途絶えた。




