第31話~闇を穿つ紅蓮の炎~
無数の針を目の前に、俺はただ、立ち尽くすことしか出来なかった。
針がゆっくりゆっくり迫っているように見えるのは、男がそう仕向けているのか、脳が見せる走馬灯のようなものかは分からない。
――初めから勝てる勝負ではなかったのか?――
頭の中に、俺の物ではない低い声が響く。
「当たり前だろ! 相手のカードの効果を受け付けない上に攻撃を止めることが出来ないカードとどう相対しろって言うんだ!」
頭の中の声にそう叫ぶ。それでも、その声は冷静に語る。
――ほぉ、それほど強大なカードなら既にお前も所持しているのだがな――
「何?」
そう、聞き返す。すると声の主は可笑しそうに
――ハッハッハ! もう、忘れてしまったのか? 我の封印を解き放ったお前が?――
その一言で確信する。その声は間違いない、幾度となく俺の危機を救ってくれた――
「すまねぇな、パージ。奴の方がえげつなさすぎて少し忘れたよ」
――ようやく思い出したか愚か者よ。それで、どうなのだ? 諦めるのか?――
「そ、そんなわけ……」
否定したいのだが、どうにも言葉が詰まってしまう。
というか、もう攻撃されている。その上それを防ぐことができないのだが。どうしろと言うんだろうか?
そんな俺の気持ちを見透かしたのか、パージは少し口調を強め
――あるではないか。逆転の一手が――
「…………え?」
唐突に告げられた衝撃の一言に、一瞬思考が途切れる。
え? 何? あるの? そんな一手が?
――はぁ……。気が付かなかったのか?――
パージの呆れ声が聞こえてきたかと思うと、脳内にあるイメージが浮かび上がる。
それは確かに逆転の一手となりうるカードだった。
なんで今まで気が付かなかったのだろうとブルーな気持ちになるとのの、少しだけ希望が見えた。
そうだ。まだ可能性があるのなら、諦めている場合じゃない。
――行くぞ、少年。勝利を我等が手に掴む為に――
「……あぁ!」
そして世界は加速する。
☆★☆
『バカなッ! 確かに邪神の攻撃は決まったはず! 何故貴様は立っている!』
立ち込めた白煙が晴れると、男がまるで幽霊でも見るかのような表情を俺に向けていた。
そりゃそうだろうな。俺が奴でも驚くと思う。
「残念だったな! 俺は墓地から古代魔法《D・D・B》を発動していた!」
『何!? 墓地から古代魔法だと!?』
うん? このカードゲームでは墓地からカードを発動することは少ないのか? まぁいい。
「コイツは本来ならば受けるダメージを全て相手に跳ね返すカードだが、墓地に存在する時、一度だけ俺へのダメージを最大三つまで肩代わりさせることが出来る!」
その証拠に今俺の横では、白と黒のまだら色をした箱が浮いている。
箱の中身が少しだけ見えていて、箱の中には先程の針が大量に収まっていた。
このカードは《紅龍イグニス》で攻撃した時、効果で墓地に送られたカードだ。
まぁ、俺のモンスターが全滅したことがショック過ぎてよく見ていなかったのだ。
「但し、このカードを発動した後、俺のターンの終わりに俺はこのカードが肩代わりしたダメージを受ける。
更に、このカードのもう一つの効果により、一枚ドロー!」
どうにかこの場を凌ぐことはできた。
だが同時に、次の俺のターンで奴を倒さないと負けるというリスクも負ったことになる。
かつてない程のプレッシャーの前にして、俺の手は汗で湿り、呼吸も荒いものになっている。
それでも、口から零れる笑みを抑えられなかった。
そう、俺はこんな戦いがしたかったんだと改めて実感する。
テレビ越しに広がっていた、命を賭けた限界ギリギリのバトル。それらを今体感できているんだ。
楽しまなければ損というものだ。
そんな俺の笑みを見たのか、男は少し焦ったように上ずった声で
「フン! たかが汝の寿命が少し延びたに過ぎん! 我はセットゾーンにカードを一枚セットしてターンエンドだ!」
そして回ってきた俺のラストターン。ここで決着をつけてやるぜ!
「俺のターン、ドローッ!」
引いたカードは、俺の切り札を呼ぶカード。この戦いを終わらせるキーカードだ。
「スタンドフェイズ、ムーブフェイズをスキップ。
行くぜコールフェイズ! 俺は二体目のランク3《龍騎士エルド》を召喚!」
俺のフィールドに、二体目となる老年の騎士が現れる。そして!
「《龍騎士エルド》の効果により俺はもう一度だけ、種族がドラゴンのモンスターを召喚出来る!
よって俺はランク1《炎獄覇龍の巫女》を召喚!」
エルドが剣を天に掲げ、祈りを捧げる。すると天から一筋の光と共に、赤い髪の少女が舞い降りる。
これで条件は全て揃った!
「更に、《炎獄覇龍の巫女》の効果発動! このカードが召喚に成功した時、このカードと、自分のフィールド上に存在するモンスターのランクが合計ランクが10になるように墓地へ送り、手札及びデッキから《炎獄覇龍パージ》を前衛に効果召喚する!
俺は、ランク1《炎獄覇龍の巫女》とランク3《龍騎士バルザック》二体、《龍騎士エルド》を墓地に送る!」
四体のモンスタがー地面から吹き出す火柱に飲み込まれ、消失する。
だが、一際大きな火柱から翼を広げ現れるのは、巨大な赤き龍。
「現れろランク10! 灼熱の世界を統べし龍よ。その炎で、汚れたる世界を焼き尽くせ! 《炎獄覇龍パージ》!」
パージは地面に降り立ち、邪神と対峙する。
その時だった。周囲を覆い尽くしているどす黒い闇が、確かに薄らいだのは。これが覇龍の力なのか?
でも、今はそんなことを気にしている暇はない。
「パージの効果発動! このカードが効果召喚に成功した時、四から俺のライフを引いた数×5000ポイントBPが上昇し、その数だけ追加攻撃ができる!」
パージが邪神に向かって吠える。邪神の表情に一切の変化はないが、確実に動揺してる。その証拠に周囲の闇がどんどん薄れていた。
これでパージはBP25000で三回攻撃が可能となった。行くぜ!
だが、俺が攻撃を宣言しようとしたその時、男が動いた。
『我を甘く見るな! 炎獄覇龍を持つものよ! 我は古代魔法《怒りの矛先》を発動する!
このカードにより、汝の炎獄覇龍は邪神に攻撃しなくてはならない! そして邪神のBPは26000。炎獄覇龍の25000には及ばない!』
パージの口から生み出される灼熱の炎が邪神を包み込む。しかし、邪神は全くそれに動じることなく大きく腕を振るう。
そこから発生する突風が、パージの炎を全て掻き消してしまった。
そして邪神はパージの首を掴み、強く力を込める。パージも必死に抵抗するが、力の差は一目瞭然だ。
男はその光景を見て勝利を確信したのか、俺を指差し、叫ぶ。
『分かったか! 汝の脆弱な力など、わが闇の前では無力だということを!』
確かに、俺一人の力じゃあコイツには勝つことは到底出来ない。……だが!
「それはどうかな! 俺は現代魔法《種の絆》を発動!
このカードは自分フィールド上のモンスター一体のBPを、墓地に存在するそのモンスターと同じ種族のモンスターの数×1000ポイントアップさせる!」
「何だとォ!?」
「パージの種族はドラゴン。俺の墓地に存在するドラゴンの数は十体。よってパージのBPを10000ポイントアップさせ、BPを35000にする!」
邪神に首を絞められ、今にも息絶えそうなパージの目に、再び強い光が宿る。
その背後には、この戦いで散っていった俺のモンスター達がいた。
パージが邪神の腕を掴み、首絞めを振りほどく。邪神は後方に吹き飛ばされ、地面を転がった。
更に、パージが空高く舞い上がり、邪神へと急降下する。その手は、闇を裁く煉獄の炎に燃えていた。
「行けェエエエエエエエパージィイイイイ!! 断罪の煉獄火炎拳ォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
『バカな……我が……我が負けるなどォ!』
炎の鉄拳を食らった邪神は全身にヒビが入り、それが全身へと行き渡ると、バラバラに砕け散り、消滅した。
同時に二回攻撃が入り、男のライフが五からゼロになる。




