第30話~絶望~
『我のターン。ドロー!』
遂に訪れる男のターン。来るなら来い!
『スタンドフェイズをスキップし、ムーブフェイズ! 我は……』
ここで奴は間違いなく邪神を前衛に出すだろう。だが、そうは問屋が卸さないぜ!
「《光輪龍ドラグーンヘイロー》の効果発動!
このカードがフィールドに存在する限り、お前のモンスターは召喚されてから次の自分ターンにモンスターを移動させることは出来ない!
よって《邪神エレジレフ・レプリカ》は後衛のままだ!」
ドラグーンヘイローの翼から、無数の鎖が現れる。
鎖はまるで意思を持つかのように邪神へと向かい、その体を縛り上げた。
これで、次のターンに勝てる!
俺はこの時、そう慢心していた。だが――
『我にそのような小細工が通用するとでも思っていたのか?』
男がこちらを軽蔑するような冷たい目で見る。
瞬間、ドラグーンヘイローが苦しそうな呻き声をあげた。
見てみると、ドラグーンヘイローから伸びていた光の鎖が、少しずつではあるが、どす黒く染まって行っているのが分かる。
やがて、鎖が完全に黒く染まる。
そして何かが砕けるような破砕音と共に鎖が引きちぎられ、拘束していたはずの邪神が解放された。
「どういうことだ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
確かにドラグーンヘイローの効果は発動していたのにも関わらず、邪神にはそれが効かなかったことが理解できない。
そしてその疑問に答えるかのように、男は俺に言い放つ。
『神にそのような物はゴミも同然だ、《邪神エレジレフ・レプリカ》は、お前が支配するカードの効果を受け付けないのだから!』
神の名を冠するカードだからまさかと思ったが、なんつー効果だ。
効果による退場が望めないとなると、コイツを倒すためにはバトルでこいつのBPを上回るモンスターを出すしかないようだな。
『改めて宣言しよう。我はムーブフェイズで《邪神エレジレフ・レプリカ》を前衛に!』
咆哮をあげ、邪神は前衛へと進撃する。
邪神から生み出される強大なプレッシャーが、再び俺の体を蝕む。
既に背中は脂汗でシャツがびっしゃりだ。
『我はコールフェイズをスキップし、アタックフェイズ!
《邪神エレジレフ・レプリカ》で攻撃! 天堕つる落星!』
邪神が手をこちらへかざす。
その掌には、小さな黒い球体が発生し、刻一刻と大きくなっていた。
やがて球体の膨張が限界まで達した時、轟音と共に黒い球体が放たれる。
正直、あんな攻撃を食らったらひとたまりもない。だから!
「お前が俺に渡したモンスターの存在を忘れたか! 俺は《邪教の呪術師》でブロック!」
迫る黒い球体を前に、一人の少女が俺の前に立つ。
相変わらず表情に変化はないが心なしか、その体が小さく震えているように見える。
きっとコイツだって怖いのだろう。だが、済まねぇが、お前の力を貸してくれ!
『別に忘れてはいなかったさ。別段恐れる心配も無いのでな。
我は《邪神エレジレフ・レプリカ》の効果発動。このカードの攻撃を相手は止めることが出来ない! さぁ、受けてもらうぞ、神の一撃を!』
黒い球体は《邪教の呪術師》の前に近づくと、無数の針に分裂した。
無数の針は呪術師を避けて嵐の如く俺に襲い掛かる。
嘘だろ……。カードの効果を受け付けない上に攻撃を止められないのかよ!
「がああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
範囲があまりにも広すぎて、回避することも出来ない。
出来ることは目に当たらないように顔を手でガードすることだけだった。
針が全身を突き刺し、頬にも一本かすめた。
頬を一筋の赤い液体が伝う。
だが、そんなことを考える余裕すら無い。耐え難い激痛はいとも容易く、俺の意識を刈り取る寸前にまで至った。
「はぁ……! はぁ……!」
朦朧とした意識の中、崩れ落ちそうになる膝を支えて、どうにか倒れるのを防ぐ。
正直、今こうして立っている事だけでも奇跡と呼べると思う。
これで俺のライフは残り四。次にこの攻撃を食らったら終わりだ。
『ほぉ、今の一撃を耐えるか。存外しぶといな』
「うるせぇよ……! まだ俺のライフは残っている! そう簡単にやられてたまるかよ」
男の褒め言葉とも、嘲りとも取れる発言を俺自身に発破をかけるように返す。
事実、このターンさえ乗り切ってしまえば次の俺のターンで奴のライフを削り切れる自信がある。
『そうか。我はカードを二枚セットしてターンエンドだ』
ついに巡ってきた俺のターン。このターンで奴のライフを0にするしか道はなさそうだ。
じゃないと次のターン、確実に負けてしまう。
「俺のターン! ドローッ!」
カードをドローするにも全身に激痛が走る。
既に指先の感覚が無くなって来た。頼む、あと少しだけ持ってくれよ……。
「スタンドフェイズで全てのモンスターを活動状態に、ムーブフェイズで《龍騎士ケール》を前衛に!」
弓を構えた一人の龍騎士が男に対峙すべく、前へと歩を進める。
これで俺が削ることのライフの総量は五。男の残りライフは五。これが決まればジャストキルだ。
「コールフェイズをスキップし、アタックフェイズ!
行け! 《光輪龍ドラグーンヘイロー》!」
まずはツインブレイクを持っているドラグーンヘイローからだ。
ドラグーンヘイローは再び、男に突撃する。
『我はセットされてあった古代魔法《殺意の集結》を発動する!
このカードを発動したターン、汝のモンスター全ては攻撃しなければならない!』
「ハッ! 今更そんなカードを発動してもドラグーンヘイローの攻撃は止まらないぜ!」
『更に我は《殺意の集結》にチェーンして、古代魔法《怒りの矛先》を発動する!
このカードを発動したターン、汝は我が選択したモンスターにしか攻撃することが出来ない!
我は当然《邪神エレジレフ・レプリカ》を選択!』
「だからそんなカードを使っても……まさか!?」
《怒りの矛先》で俺のモンスターは邪神にしか攻撃出来ない上に、《殺意の集結》で俺のモンスターは全員攻撃を強制されている。そこから導き出せる答えは
『そう、汝のモンスターは全て邪神とバトルしなくてはならないのだ!』
まずいまずいまずい! BP勝負では邪神に勝てない。つまり
ドラグーンヘイローをはじめとする全てのモンスターは、邪神へと向かっていく。
そして全員、例外なく邪神に握りつぶされた。
一応《紅龍イグニス》の効果を発動するが、めくったカードは古代魔法。ドラゴンじゃなかった。
「そんな……! 全滅だと……!」
唐突すぎる事態に俺は茫然とすることしかできなかった。
さっきまで勝利を確信していただけに、その落差は俺のメンタルをガリガリ削っていく。
これで俺の前衛にいるモンスターは全ていなくなり、アタックフェイズは終了となった。
といっても、他にすることもない。
「ターン、エンドだ……」
俯きながらターンを終了する俺の姿はとても惨めだろう。
『分かったか。神に逆らうということが、どれ程愚かということが! 我のターン。ドロー!」
そして訪れてしまった男のターン。
男はドローしたカードを一瞥し、嘲るような口調で
『ふん……。なかなかやると思っていたのだが、どうやら万策尽きたらしいな。
スタンドフェイズで《邪神エレジレフ・レプリカ》を活動状態に。ムーブフェイズをスキップし、コールフェイズ!
我はランク3《邪教の殉教者》を召喚!』
邪神に付き従うように現れたのは、真っ黒な死装束を着た、若い女性だ。
だが、次の瞬間。その姿は邪神が発する闇へと飲み込まれる。
「どうなってんだ!?」
出オチのように一瞬で消えたのを見て、俺は驚きを隠せなかった。
そして心なしか邪神の姿が一回り大きくなったように見える。
『《邪神エレジレフ・レプリカ》の効果により、我のフィールド上に存在する《邪教の殉教者》を破壊することで、汝に与えるダメージを一増やし、《邪教の殉教者》のBP4000を《邪神エレジレフ・レプリカ》に加えたのだ!』
男の説明もあり、ようやく納得できた。
これで邪神のBPは26000。遂に、俺のデッキの中で最強のBPを持つパージのBPを上回ってしまった。
極め付けは次に与えるダメージが六。一撃食らったらライフが半分以上消し飛ぶ計算になる。
そして男は遂に、その口角を吊り上げ宣言する。
『さぁ、滅びの時を迎えるがいい!
アタックフェイズ、《邪神エレジレフ・レプリカ》で攻撃! 天堕つる落星!』
放たれた無数の針、その一つ一つが目で捉えることができるほどに俺の脳内時間は加速しているように感じた。
この攻撃を食らえば残り四つの俺のライフは一気にゼロとなり、俺の負けが決定する。
万事休す……か
腹を括り、大きく息を吸い込む。
そして、無数の針が襲いかかる。




