第27話~予選、そして闇~
「アーアーマイクテス、マイクテス。皆さま、たいへん長らくお待たせいたしました!これより第九十二回トリスタン杯を開催いたします!」
夜が明けて間もない頃、トリスターニャの丁度中央に位置する闘技場で大会の開会式が行われていた。
選手である俺は当然参加している。エリーは選手でないので観客席から見ているはずだ。
石造りの闘技場はすり鉢状で、すり鉢の底辺にあたるところに俺を含む全ての選手がバラバラに立っている。
さっき開会宣言をした司会らしき男は観客席の隅っこで、スポーツ中継の実況のように座っている。
ちなみに、どうやって隅っこから闘技場全体に声を響かせているかというと
「実況は私、ペリアと《拡声するメガホーン》でお送りいたします!」
男の隣で座っている、全長一メートルほどのサイからしっぽの代わりに生えているマイクから声を響かせていた。
サイの背中にはスピーカーらしきものが生えており、まさにサイとメガホンを合体させたような姿だ。
「それでは、開会に先駆けまして、国王陛下のお言葉です!」
司会がそういった後すぐに、観客席とは一線を期した、恐らく皇帝席と思しき所に座っていた王が大声を張り上げ
「よくぞ集まってくれた勇敢なる戦士たちよ! この大会は、優秀な兵士の選抜会場でもあるということでもあるということを忘れずに正々堂々戦い抜いてくれ! 以上!」
王の言葉に選手たちは拳を突き上げるなどして大いに盛り上がる。
俺は周りのテンションの突沸ぶりにただただ茫然としている事しか出来なかった。
「それではこれより第一回戦を開始します!」
ペリアが一回戦の開始を宣言するのだが、どうにも腑に落ちない。
普通の大会なら対戦カードが表示されるはずなのだが、それが無いからだ。
「ちょっ! 眩し!」
違和感が膨らむ中、突如胸のあたりから、眩しい光が視界を奪う。
目を細めて光源を見てみると、選手の証であるバッジが先行手榴弾のようにまばゆい光を発しているようだ。
「一回戦はバトルロワイヤルで行われます! ルールは簡単で、日が落ちるまでに各選手は互いのバッジを賭けて勝負してもらいます! そして、先にバッジを十個集めた選手がここへ再び戻り、二回戦を行うという仕様になっております!」
成程。要するにバッジを賭けて戦って、十個集めたらいいわけだ。
沢山の選手がいるからこれで一気に人数が減る。そうしたら大会の日数も予算も短くて済む。そんな意図が見え隠れしているようにも見えるんだが、知らぬが花というやつか。
「選手の皆さんはそれぞれ散らばってください! 花火が打ち上げられましたら一回戦の開始です! 尚、好マッチの場合は闘技場に中継されることもありますのであしからず」
事実上の解散宣言を受け、選手はゆっくりと会場を出る。
俺も会場を後にして、どこかへ行っておこう。
それからほどなく歩いて、近くにあった川べりに腰を降ろすと、空をつんざく轟音が鳴り響いた。
空を見上げると色鮮やかな煙が尾を引いているのが確認できる。試合開始の合図だ。
「さてと、ちゃっちゃっとバッジ集めて二回戦に進みますか!」
そう決意し、たまたま近くを歩いていた選手に歩み寄る。
☆★☆
「止めだ! 《ツイン・ガトリングドラゴン》!」
対戦相手を倒し、その胸に付いているバッチをもぎ取る。
その作業をかれこれ五回は繰り返していた。
太陽は丁度一番高く上り、小腹も空いてくる時間帯だ。
「バッチも六個集まったし、何か食いたいな……」
というかさっき気づいたのだが、大会中、というか今は商店が開いていなかったのだ。
このままだと空腹で勝負に支障が出そうだ。
「誰かバッジ四つを賭けて勝負してくんねぇかな……」
「クックック。ならば私とバッジを賭けて勝負しませんか?」
つまらない絵空事を呟いていると、いつの間にかいたのか、一人の男が立っていた。
全体的に黒っぽい服装で固めた背の高い男。その瞳はどこか汚れた川の底のように濁っているようにも感じる。
そして、男は懐からバッジを四つ程取り出して、俺の元へ放り投げる。
「これは先払いです」
「気前が良いな。よし、受けて立つ!」
軽口を叩きながらでそれをキャッチし、デッキを構える。
さて、サクッと倒して一番乗りするとするか!
「クク、そう来ると思っていましたよ。炎獄覇龍の持ち主よ」
「ッ!」
男の一言に思わず後退りをしてしまう。
何故か分からないが、本能が全力で逃げろと警報を鳴らしている。
だが、これだけは分かる。コイツは普通じゃない。
「逃がしませんよ!」
動揺する俺を嘲笑うかのような口調で男が叫ぶ。
その瞬間、男の全身から黒い霧のような物が吹き出し、俺と男の周りを囲むように漂った。
「何だこれ!? 動けねぇ!」
実際、この霧が吹き出してから俺の足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
これは本気でヤバイ! どうにかしねぇと!
「おい、どういうことだ! 放せ!」
「この霧を解除するためには、私を倒すしか方法はありません。
ただし、この戦いは命を賭けたゲーム。敗者の魂は闇に消えるのみです」
男は俺の質問に答えることは無い。
ただ一人、狂ったピエロのように身振り手振りを交えて俺に説明するだけだ。
だが気掛かりなのは、今コイツが命を賭けたゲームと言ったことだ。
今までそういうのは余り無かったし、今回のような黒い霧で拘束するような奴も居なかった。
「ククッ! いやぁ、本当に苦労しましたよ。ローゼン村に兵をけしかけたものの、炎獄覇龍を入手できず、盗賊をつかって奪おうとしましたが、それも失敗に終わりました。
それも全て、貴方という存在があったからです。
おかげで私の地位も失墜し、危うく本部から制裁を受ける所でした。
しかし! この私が直接貴方を葬り、炎獄覇龍を手に入れることによって私の地位は以前よりも高い所に上り詰めるでしょう!」
「さっきから訳の分からねぇことをゴチャゴチャ言いやがって! お前は一体何者なんだ! どうしてパージの事を知っている!」
「全ては我らが黒き神の為に!」
駄目だ。会話が全く成立してない。
こうなれば、戦いの中で上手いこと聞き出すしか無いみたいだ。
「行くぞ! 誓いを此処に!」
「ククッ! 誓いを此処に!」
互いのデッキが光を発し、戦いの幕が上がる。