閑話~革命の灯~
一人の男が薄暗い牢獄の中で座っている。
その両腕には、漆黒の枷がはめられていて、逃げ出すことなど到底不可能な状態だ。
牢獄は日が当たらないので、今が昼なのか夜なのかさえも判別できない。
そのような状況の中、男は絶望していた。明日、自分の命が断頭台の露と消えるのを。
これまで、男は何人もの人間を蹴落とし、高い位に上り詰めた。
それは自分の才能だと信じて疑わなかった。
そうして、男は国を守る騎士という職に就いた。
護国心なんて一切無い。男にとって、騎士になるということは、単なる通過点に過ぎなかった。
そんなある日、男の元に一つの命令が届く。
しかも、その命令は男が仕える主から直々のもので、これを達成すれば、子爵として爵位と領地を与えるとも言われた。
貴族になれるのだ。そんな話を持ちかけられたら、誰だって二つ返事で依頼を受けるだろう。
例にもれず、野心の塊である男はこれを聞いて、天にも昇る気持ちで、この命令を受けた。
内容も簡単で、この国の南端にある、小さな村に存在する『伝説のデッキ』を回収せよ。というものだった。
早速、部下たちを集め、南端の村に向かった。
ここからが男の転落の始まりだ。
結果は失敗。『伝説のデッキ』を手にした少年が男の前を阻んだのだ。
更に、事前の契約によって男は『伝説のデッキ』に手出しすることが出来なくなり、やむなく帰還したのだ。
王にそのことを報告すると王は激怒し、男と、男の部隊をあらぬ罪で捕え、死罪を言い渡した。
そして、男は今に至る。
最初は抵抗したものの、デッキを奪われた男は無力だった。
彼の部下だった者も、ここ数日で頭と胴体が離れ離れになってしまった者も何人かいる。
男――グリフィー――は願う。
もう高い地位なんて望まない。ただ、生きていたいと。
そんな望みがかなうはずもないのに、願わずにはいられなかった。
だが、女神はまだグリフィーの事を見捨てていなかったらしい。
何かがはまる音の後、突然牢の扉がゆっくりと開かれる。
グリフィーは一瞬、刑の執行が早まったのかと思ったが、そうではなかった。
牢に入ってきたのは処刑人ではなく、黒いローブを纏った男だ。
グリフィーが目を見開き、数日間発していなかった声帯から乾いた声を絞り出す。
「あ……あなた様は……!」
グリフィーはこの男を知っていた。
だが、グリフィーの驚きは知人が訪ねて来た時の驚きとはまた違い、幽霊でも見たかのような驚きだ。
「君の力を借りたい」
男がそうグリフィーに語り掛けた。
その声音は、優しさと怒りを内包しているかのようだった。
「どうし……て」
グリフィーはなんとかその言葉を紡ぎだす。
数日間声を出さなかったのだ。のどにはかなりの負担がかかっている。
それに、すべてを失った自分に協力してほしいなどという言葉を掛けてくれるということがグリフィーには理解できなかったからだ。
「私はこの国に革命を起こすためだ。だが、私一人の力では、それは成し遂げられない。だから、君に強力してほしい。既に君の部下たちも開放してある」
グリフィーは周りを見回すと、そこには見知った顔が――何人か足りないものの――そこにいた。
みんなボロボロだが、誰一人として、今のグリフィーのような絶望に染まった表情をしていない。
「やりましょう! グリフィーさん。どうせここにいても殺されるだけです!」
「だったら最後に一発どデカいのをやりましょうよ!」
「あなたはこんなところで満足するような人じゃない!」
「お前ら……」
部下たちの言葉にグリフィーの頬を、温かい水が伝う。
そして、黒いローブの男を見つめる。
しかし、その表情は、先ほどのものとはまるで違い、希望に満ちている。
「貴方様の為に、この力捧げましょう!」
のどの痛みも振り切ってグリフィーは叫ぶ。
元々、野心の為に王に仕えたのだ。忠誠心というものは、あまり持ち合わせてはいなかった。
「いい返事だ」
男はそう呟くと、壁へ歩み寄り、グリフィーの拘束を解く。
自由になった両腕を握り締め、グリフィーは男の後に続いた。
こうして、革命の灯は少しずつ、少しずつ勢いを高めていく。