第25話~二日前~
日がまだ頂点に達するにはまだ早い時間帯。
俺とエリーはトリスターニャの表通りをとぼとぼ歩いていた。
昨日と違い、その足取りはかなり重い。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。
下がっている視線は自然と、握り締めている右手へと向かう
結局、王との交渉で得た金貨は、元の報酬の十分の一である金貨六枚。
これで生活できないこともないのだが、流石に守銭奴すぎるだろ。
「お、落ち込まないで下さいご主人様。お金がもらえただけよかったじゃないですか」
「確かにそうなんだが、いくらなんでもなぁ……」
エリーの慰めも、今回ばかりは俺のメンタルは回復できない。
「しっかし、こりゃ本当にひどい有様だな」
「本当ですね……。皆さんから元気を感じませんし」
辺りを見回しながら歩いているのだが、やはりこの国はどこかおかしいらしい。
エリーの言う通り、人々に元気が無いのだ。
表面上は元気があるように見えるかもしれないが、みんな空元気のようで、どこか諦めのあるような表情だ。
こんな町で大会すんのかよ……。
そんなことをぼんやりと考えていた俺だったのだが、ここで重要なことを思い出した。
寧ろ、なんで今まで忘れていたのかというレベルで。
「やべぇ! 大会にエントリーしてないじゃん!」
いくら大会が二日後にあるとはいえ、できるなら早くエントリーしておきたい。
それに、ディルとの決着を果たさないといけないんだ。
だが、そのためにはエントリー場所がわからないと話にならない。
「ご主人様。あの、あそこに看板が見えるんですが」
エリーの指差す方向を見ると、確かに『トリスタン杯参加者はこちら』という簡素な木の看板があった。
ぼんやりしていて気が付かなかったが、目的の場所はすぐ近くにあったらしい。
「急ぐぞ! エリー!」
「はい!」
善は急げということで、俺とエリーは、だらだらと動かしていたギアをフルスロットルにして、看板が指し示す方向へ駆けだした。
☆★☆
「あの……! 大会に出たいんですけど……!」
息を切らしながら駆け込んだテントには少し列が出来ていたが、少し並ぶとすぐに順番が来た。
受付をしているのは、二十代くらいの綺麗なお姉さんだ。
「ご主人様……!」
エリーが何か言いたげだが、気にしないでおこう。というか気のせいだ、うん。
「はい、それではこちらの紙に必要事項を記入して提出して下さい」
言われるがまま、手渡された羊皮紙と羽ペンを持って、俺は隣のカウンターへ移動した。
ここも人だかりができていて、それらが皆、この大会の出場者ということだ。
出場者も様々で、屈強な強面、がりがりに痩せた老人、仮面の人物etc……。
なんか色々な人が参加してるんだなぁと思わせる光景だった。
そうこうしている内に、カウンターが空いた。
必要事項をさらさらと書いて、受付のお姉さんに渡す。
お姉さんは、それを軽く流し読みし、百パーセント営業スマイルで
「確か拝見しました。それではショウ・ユウキ様、こちらのバッジをお受け取り下さい。このバッジが大会参加者の証です。くれぐれも失くさないようお願いします」
と俺に銀製のバッジをくれた。
バッジの表面には87という数字が彫ってある。
これは恐らく、俺のエントリーナンバーなんだろう。失くさないように気を付けないと。
そう心に決め、テントを後にした。
その後暫く通りを歩いていると、エリーが俺の服の裾を引っ張り、ある一方向を指差す。
「ご主人様。あそこで何かお店が沢山並んでいて、いい匂いがしますよ」
そこには何軒かのテントが立ち並んでいて、何か売っている。
目を凝らして見てみると、どうやら食べ物を売っているようだ。
いかん、見ているだけで腹が減ってきた。
時刻は丁度お昼時。それを告げるかのように、俺の腹の虫が自己主張を始める。
「本当だな。よし、行ってみるか」
エリーを引き連れて向かった路地は、様々な食べ物の匂いで混沌と満ちていた。
それなのにも関わらず、混沌とした匂いは俺を不快な気持ちにさせるどころか、更に食欲を加速させる。
「ご主人様! 食べ物がいっぱいありますよ!」
エリーが目をキラキラさせて、テント一軒一軒を見ている。
その姿はまさに餌を目前に待てと告げられている子犬のようだ。
「そうだな、時間もいいころ合いだし、何か食うか」
だが、それぞれの品の値段がやはり少し高い。
買うにしても慎重に買わないとな。
俺もどれを買おうか慎重に品定めをしていると、エリーが一軒の店の前に並んで、その店で売られている菓子パンのようなもの(銀貨一枚)を手に取って
「すみません! これ下さい!」
「うぉおおおいいい!」
何やってんだあいつは!?
速攻でエリーの首根っこを掴んで引き下がる。
危なかった。このまま放置していたら、数少ない全財産があっという間に尽きてしまう。
「何やってんだよお前は!?」
とりあえず首根っこを掴むのをやめてエリーを立たせる。
ところが、よほど欲しかったのだろうか、エリーが頬を餅みたいに膨らまして
「えー。いいじゃないですかー」
「ぶーたれるんじゃありません! 買うならもうちょっと安いのしてくれ!」
思わず少し語気が強くなってしまったせいか、エリーは耳をたたんでシュンとしてしまった。
それを見ていたら、此方が申し訳ない気持ちになってしまう。
「ごめんなさい……」
涙ぐんだ上目づかいでこちらを見ているエリー。
その姿に思わずドキッとしてしまった俺は、慌てて顔を逸らしてしまった。そんな俺の顔は恐らく赤くなっていることだろう。
その後、俺はエリーと食べたい物と値段で話し合い、結局銅貨八十枚の肉まんのような物を買うことで妥協した。
「美味しいですね! ご主人様!」
「あぁ! 値段の割には味が染みてて美味いな!」
安物だったので味には期待してなかったのだが、これが意外と美味い。
もちもちした生地に、沢山の野菜や肉が詰まっていて味が消えない。
そして、テント街を歩きながら肉まん(のようなもの)を頬張るエリーはとても可愛らしかった。
頬に付いている肉の欠片が何とも微笑ましい。
「能天気だな、お前は」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには青いローブに身を包んだ白髪の獣人、ディルがいた。
ディルを見た瞬間、エリーは俺の後ろに隠れ、さっきまでのぼのぼのした空気は一瞬で消え去り、険悪なムードが流れている。
その三白眼はいつもより細められて、不機嫌なのが一目でわかった。
そして、ディルは俺の胸元に付けられたバッジを指差し、口走る。
「そのバッジを見るに、どうやら逃げずに大会へ参加するようだな」
「あぁ。たった今エントリーしてきた」
それを聞いたディルは、嘲るように俺を見つめる。
その瞳には、憎しみの炎が灯っていた。
「面白い。俺はこの大会で再びお前に勝ち、エリザベスを返してもらうとしよう」
「ほざけ、エリーは何があっても絶対に渡さねぇ。今度こそテメェに勝ってエリーを守る!」
強い勢いで俺が言うと、ディルは後ろを振り向き、此方に手を上げ
「そうか。精々、俺と戦う前に負けるなどという無様な結果を晒してくれるなよ」
キザっぽい捨て台詞を吐きながら、人混みへと消えていった。
面白れぇ! 絶対にお前と戦うまで負けねぇし、お前と戦っても負けねぇ!
拳を強く握り締め、俺はそう誓ったのだ。
もう、エリーを泣かせないために。
そして二日後、王城近くの闘技場で、陰謀と熱戦が渦巻く大会が幕を上げる。
第二章 完