第21話~依頼~
「よくぞ参った強者よ! 余がこの国の王。トリスタン七世である!」
日も落ちたトリスターニャ。
その中心地に位置する王城の中心にある王の間に、俺は片膝を付いた姿勢で待機している。
金貨が沢山貰える仕事だというのに、俺の他に依頼を受けた人が一人もいない。
そして目の前にいる小太りの男が、今回の依頼主、つまりこの国の王だ。
王の周りには数人の大臣らしき男たちがいる。
しかし、死んだ魚のような目をしている奴が多いんだが。
「ご主人様。あの王様、あんまり偉いっていう感じがしないんですが」
「おいばかやめろ」
小声でとんでもないことを話しかけてきたエリーを、王に見えない角度で小突いて注意する。
「うぅ~痛いです」
小突かれた場所を涙目で抑えているエリーから発せられる非難の視線が痛い。
俺も全く同じことを考えていたんだが、相手は一応この国の最高権力者だ。変なことを言ったら何をされるか分かったもんじゃないぞ。
「さて、依頼を出したのは他でもない。そなたに賊を捕らえて欲しいからだ! 奴は突如一年ほど前から、一月毎に出没し、我が王宮の財宝を盗むばかりか、それを民衆に分け与えるなどという、世紀の大悪党よ!」
雄弁に語る王とは裏腹に、俺はその説明を聞いて思わず唖然としてしまった。
なんだよ、賊って書いてあったからつい、この間の盗賊団みたいなのを想像していたのに、賊じゃなくて義賊じゃねぇか。
これじゃあ、依頼人も集まらないわけだ。誰だって自分たちの生活を豊かにしてくれる奴を捕まえようなんて思わないからな。
「そこでそなたには、王宮の財宝を守り、賊を捕えてほしいのだ! 如何なる手段を用いても構わん! だが、万が一にも失敗などということがあったら、断頭台の露と消えるということを肝に銘じておくがよい!」
「…………マジですか?」
その発言に背筋を、まるで水風呂に入ったかのように寒気が襲う。
ヤバい。なんか今までにないくらい怖いんですけど。
れれれ冷静になろう。深呼吸。深呼吸。
整理しよう。賊から宝を守る事に関して、王は手段問わずと言った。賊から宝を守るねぇ……。
その時だった。俺の脳裏に一瞬の閃光が走ったのは。
あ、これって、探偵ものの奴と同じシチュエーションだよな? なら、知識という名の異世界チートが使えるんじゃないのか!?
一応俺だって、探偵ものの国民的なアニメくらい見たことはある。
それらから得た知識を総動員すればワンチャンあるぞ!
そうと決まれば
「じゃあ。賊を罠に嵌めたいんで、かくかくしかじかしてもらえますか?」
王に作戦を説明して準備している内に、トリスターニャの夜が更けていく。
☆★☆
日がすっかり落ち、月が一番天高く輝くころ。
一人の兵士が、ゆっくり扉を開け部屋に入ってきた。
部屋の中は薄暗く、兵士が手に持っている蝋燭の明かりを頼りにようやく部屋の中身が見える程度だ。
ここは国中から税として集めた金を保管しておくための地下金庫。
兵士は、おもむろに蝋燭を地面に置き、服を脱ぎだす。
衣擦れの音の後、そこにいたのはただの平凡な一兵卒ではなく、全身を黒いマントで包んだ男だ。
そう、さっきの兵士は、賊の変装だったのだ。
そして賊は、蝋燭を片手に、コツコツ、と音をならしながら部屋を物色する。
目的は金貨だ。それを盗み、人々に分け与えるのが賊であるこの男の仕事だ。
部屋を物色しながら、男は一人考える。何度も繰り返し考えたことだ。
やはり、この王政は間違っている。と。
故トリスタン六世が病でこの世を去り、息子の現王トリスタン七世が統治するようになってはや三年。
人々は重税に喘ぎ、わずか三年で、税を払うことが出来なくなってしまった者たちが増え、トリスターニャにスラム街が出来たほどだ。
スラム街には酒、犯罪、女が行き交い、毎日誰かの死体がどこかに転がっている。
そのくせ、王は国民から搾り取った金で豪遊する。
それを諌める賢臣も、いわれのない罪で処刑された。
革命を起こそうとも、選りすぐられた真の契約者である兵士たちには決して敵わない。
男はそれを許すことが出来なかった。
このままでは、この国は滅亡してしまう。
いつか、国中を覆う大飢饉が発生するかもしれない。
そうなれば、何人もの餓死者がでるか想像が付かない。
故に、男は戦う。自分の愛するこの国のためにも。
しかし、男の目が驚嘆に見開く。
金が無いのだ。この部屋から、一枚残らず。
そんなはずは無いと男は思った。
自分はここ一年、何度も何度も王城の、学習しない杜撰な警備を掻い潜り、この部屋にあった金貨を盗んできたのだ。
「いや~ここまで簡単に引っかかってくれるとは思わなかったんだけどな」
誰かの声が聞こえた。
何だと思って、辺りを見回すと、いつの間にか男の正面には、一人の少年が立っている。
中肉中背で、この国では珍しい黒髪、黒目。
炎を模したチュニックと、脛までのズボンを着ていて、いかにも普通の少年の容貌だが、只ならぬ気配が漂っていた。
後ろには、女の獣人だ。
獣人は夜目が利き、素早い。と男は、本で得た知識を思い出していた。
何故だ。こんな兵士は今までいなかったはずだ。
男は、情報提供者からは、そんな話は聞いていない。
だが、現にこうして自分は包囲されている。
しかし、男には、それを突破できる手段――力――があった。
☆★☆
部屋の天井にスタンばっていた俺は、男の前に立ちふさがる。
男の正面には俺、後ろにはエリーが回っている。
「残念だったな。お前の求めている金はここには無い」
作戦はいたって単純だ。
この部屋にあった金を、丸ごと別の部屋へ移したのだ。
移動させるのに時間が掛かったが、兵士たちの協力もあって何とか間に合った。
そして、あとは賊が来るのを待つだけ。
一応保険として、金がある部屋には、兵士たちが厳戒体制で警備をしている。
まさかこんな簡単にうまくいくとは思ってなかったんだが、そこはコイツがバカだったということにしておこう。
「アンタが噂の義賊か。皆には悪いが、アンタにはお縄に付いてもらうぜ!」
「…………」
俺はそう言い放ったのだが、男は無言のまま、腰からあるものを取り出す。
正確な姿は分からないが、シルエットでわかる、あれはデッキケースだ。
ということは、男は真の契約者ということだ。
そして、デッキケースを突き出す意味は
「……私と勝負だ。お前が勝てば私を好きにするがいい。だが私が勝てば、今日の事は忘れて貰おうか」
「成程そうきたか。だが愚策だったな。アンタには俺の新デッキの実験台になってもらう!」
ちょうどいいや、どうせ宝を盗まれる心配も無い。思う存分新デッキのテストの相手に使わせてもらおうか!
俺も、腰に巻いたデッキケースを出し、十分な距離を取り、宣言する。
「「誓いを此処に!」」