第16話~邂逅~
どこか遠くで鶏の鳴く声がして、俺の顔に柔らかな光が差し込む。
もう朝か……。
俺は、ぼんやりと眠気眼を擦りながらもぞりと起き上った。……は? 朝?
急いでカーテンを開けた先には、慌ただしいトリスターニャの朝が広がっていた。
さっきまで昼過ぎだったのに、軽く一眠りしたらまさかの朝という衝撃の事実に、俺の意識は一瞬で覚醒してしまった。
「ふぁ~。おはようございます。ご主人様」
隣を見ると、エリーも丁度起きたようで小さく欠伸をしている。
もう風邪は治ったのか、動きに昨日の不自然さは無い。
目に小さく涙を浮かべているその姿は、まるで小動物のようで可愛らしい。
っと。エリーの寝起きを見ている場合じゃない。
まず、するべきことは朝食だよ朝食。
「朝飯を食べに行くぞ。ついてこい」
宿屋の主人によると、食事は各自で取らないと行けないらしい。
故にこの宿は安かったのだ。
「はい。ご主人様」
エリーがベッドから起き上がるのだが、今気づいた。
「そうだよ。飯食べる前にエリーの服を買わないといけないじゃないか」
エリーを買った時に着ていた小汚い麻の服は衛生的に悪そうなので、今はおばちゃんから貰った服を着せているのだが、どうもエリーには大きかったらしく、袖がだぼついている。
部屋で着ている分に問題ないんだが、街をうろつくとなると流石に同じ服というのはいろいろマズイ気がするのだ。
それに、まだそこまで腹も減っていないし、時間にも余裕があるから大丈夫だろう。
「本当ですかご主人様! でも、私なんかの為にご主人様のお金を使うのはちょっと申し訳ないといいますか……」
「問題無ぇよ。金には余裕がまだあるしな。だから遠慮なんてすんな」
実際、残金はまだ金貨十枚と、銀貨五十枚ほどある。因みに銀貨百枚=金貨一枚といった感じだ。
「ほら、さっさとしねーと買わねーぞ」
「あっ!待って下さいご主人様!」
☆★☆
「毎度アリー!」
「ふっふふ~ん」
なんてこった……。
嬉しそうに鼻歌を歌っている軽やかな足取りのエリーとは対照的に、俺の足取りはすごく重い。
理由はエリーの服だ。
黒いブーツを履き、紺色のキュロットの上に白のブラウスを着て、ベージュのカーディガンを着こなしているエリーはとても可愛いのだが、払った代償が大きかった。
エリーの奴、いくら遠慮するなとはいっても、全部で金貨二枚もするものを買わせるなよ。
「ありがとうございますご主人様! 私とっても嬉しいです!」
エリーの屈託のない笑顔は下がった俺のテンションを戻させてくれる。
しかし、多分天然なんだろうけど、あざといな。……可愛いから許すけど。
さて、今日の方針だが、服を買うときに面白い噂を聞いた。
何でも、裏路地に契約者を倒しまくっている《契約者狩り》なる人物がいるそうだ。
常勝無敗の契約者狩りに負けた人間は、氷漬けにされてしまうらしい。
面白い。そういうのとは一度戦ってみたかったんだ。
軽くデッキを確認した後、エリーを連れて裏路地に入ったのだが
「なんだ……こりゃあ……」
裏路地は複雑に入り組んでいて迷路のようだ。
これじゃあどこに契約者狩りがいるかわかったもんじゃないぞ。
「ご主人様。向こうの方に何人かの気配を感じます」
エリーが耳をパタパタさせて入り組んだ裏路地の一点を指し示す。
おいおい、気配って。やっぱり獣人っていうのは勘とかが優れているのか。
その通りに行ってみると――
「すげー! やっぱりお兄ちゃんは強いなぁ!」
「お願い、僕にも教えてよ!」
「ずるーい! 私が先なんだから!」
「分かった分かった。順番な」
――小さな子供たちに囲まれている、青いローブ姿の男がいた。
そいつは俺と同い年ぐらいの男で、白い髪。
しかしその耳は、エリーと同じ獣の耳だ。
男は俺達に気が付いたのか、こっちに振り向くと、優しそうな表情から一変して驚愕へと変わる。
「エリザベス……なのか?」
そう言って、男はエリーの元へ詰め寄る。
誰だよエリザベスってと思ったが、どうやらエリザベスというのはエリーのことを言っているらしい。
エリー自身も、突然の事態に困惑しているのか
「…………誰ですか?」
この正論である。
男の表情はそれだけで、絶望に染まっていた。まるで、最愛の妹に「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」と言われた兄のようだ。正直、見ていて面白い。
「分からないのかエリザベス! 俺だよ! お前の兄のディルだよ! そんなことよりも、どうしてここにいるんだ? 奴隷になったと聞いていたが、まさか自力で脱出を?」
流石に気持ち悪いと思ったのか、エリーは、俺の背中に身を隠して
「私には離れ離れになってしまった父と母しか家族はいません! それに、私は奴隷でしたが、優しいご主人様に拾って貰いましたから!」
なんでだろうね。ディルと名乗ったそいつに腹パンしたい。
あと、エリー。俺の事を優しいと思っているなら、もうちょい遠慮って物を覚えような。流石に優しいご主人様でもキレるぞ。
そして、そいつは何故か俺を親の仇のように睨んでいる。おお、怖い怖い。
「お前がエリザベスの主か?」
「そうだけど?」
「ならば、俺とエリザベスを賭けて勝負しろ!」
ディルは、語気を荒げ、腰から銀色に輝くデッキケースを取り出した。
勝負というのは恐らく、コントラクトモンスターズでだろう。
というか、短絡的じゃないですかねそのゲーム脳。
「断る! ゲームで人なんて賭けれるか!」
「逃げるのか? 自分が勝てないから勝負を捨てるのか? それならお前はエリザベスの主などではない! ただの臆病者だ!」
「ぁ?」
その言葉に俺の脳みそが一瞬で沸き立つのを感じた。
挑発なんてスルーしてナンボだが、流石に今の言葉は頭に来る。
どうせ、勝つのは俺だ。
「いいぜ、受けて立ってやる。その代わり、俺が買ったら契約者狩りについて知っていることがあったら教えろよ」
俺もデッキケースを取り出し、ディルと一定の距離を取る。
(気を付けろ少年。向こうから、何か気配を感じる)
(はぁ、どういうことだ?)
(具体的には言い表せんが、我と似たような気配を感じるのだ)
パージと似たような気配ってことはカードの精霊ってことか。
深いことは考えまい。さあ、行くぜ!
「「誓いを此処に!」」