第15話~衝動買い~
さんさんと降り注ぐ太陽を全身に浴びながら、俺はトリスターニャの表街道を歩いていた。
さて、無事にトリスターニャに到着した訳だが、これからどうしようか……。
暫く歩いて、ある考えに行き着く。
「そうだよ。宿を探さないと」
考えてみれば、至極当然なのだが、忘れていた。
そうと決まればと思い、良い宿がないか見回したのだがそれらしき建物の区別がつかない。
しょうがない。誰かにいい宿がないか尋ねるか。
見てみると、少し先の広場に、人だかりが出来ている。
丁度いい。あそこで話を聞こう。
広場まで歩いて、人だかりの中に溶け込む。
ガヤガヤと皆が何やら喋っているが、何を話しているのだろう?
人混みを押しのけて、その中心に入ってみるとそこには。
「オラァ! 立て!」
「はぁ……はぁ……」
苦しそうにうずくまっている女の子と、その女の子に鞭を振るっている小太りの男の姿があった。
俺と同年代ぐらいのその女の子は、元は綺麗な白い髪だったのだろうが、今はその髪もくすんだ白になっている。
だが俺が驚いたのは、女の子の両足と両手に、鉄製の枷がはめられていることと、人為らざる獣の耳が生えていることだ。
まさか、あれって獣人じゃないのか!
異世界だから存在するのではないかと疑問があったのだが、本当にいたようだ。
しかも、枷をはめられていることから、多分奴隷なのだろう。
でも、あの様子は明らかにおかしい。
尋常じゃないくらいに顔から汗が出ているし、顔色も明らかに悪い。
「何チンタラしてんだ! 立てよ!」
女の子様子が明らかにおかしいのがわからないのか、男は鞭を振るう。
いくら奴隷とはいえ、女の子に鞭を振るうのは流石に、苛立ちを覚えてしまった。
「オイ! やめろよ! 明らかに様子がおかしいのがわかんねぇのか!」
俺が大声を出しながら、男の元へ駆け寄ったもんだから、周りの人々がざわつき始めた。
男は突然、他人にとやかく言われたからなのか、不機嫌そうに
「アァ! 何なんだよお前は! しゃしゃり出てくんじゃねぇ!」
つい言ってしまったが、相手の言っていることが正論な気がしてきたぞ……。
このままじゃただの痛い奴になってしまう。えーと……。
「か、彼女は病気なんじゃないのか! アンタが彼女の主人なら奴隷の体調の変異ぐらい気づけよ!」
「うるせぇな! 俺は奴隷商人だし、仕入れた奴隷のことなんて誰が気にするか!」
仕入れた? つまり、まだ買われてはいないということだろう。
あ、そうだ。
「気にするわ! だって俺がその奴隷を買うんだからな!」
周囲から、おー! という歓声が沸きあがる。
どうしよう。もう引き返せないとこまで来てしまった気がする。
でも、もう後に引けない。腹を括ろう。
俺の宣言を聞いた男が、意外そうな顔をして俺を指差し
「買うのか? コイツを? お前が?」
「あぁ。金はある!」
事実、俺の手元にはローゼン村の皆から貰った沢山の金貨がある。
この世界の物価は知らないが、奴隷の一人は買えるんじゃないかと思う。
「いいぜ、こっちとしても病気の奴隷は価値が無くなるからすぐに捨てちまいたいんだが、金になるのなら話は別だ。
そうだな、獣人の奴隷は珍しいんで、普段なら金貨二十枚ってとこだが、状態が悪いのを加味して金貨十五枚でどうだ?」
金貨十五枚か……。高いかどうかわかんねぇから乗っておこう。
「分かった。金貨十五枚だな。」
そう言ってリュックの中から小さな巾着袋を取り出して、一枚一枚数えて男の掌に乗せる。
人々は、大量の金貨を見て驚愕の声を漏らしていた。
やっぱり貴重な物なのかね、金貨って。
丁度十五枚渡して、男は、満足した笑みを浮かべて
「よし、確かに受け取った。それじゃあ、契約書を作るから、そこの商館まで着いて来てくれ」
男が、顎で、近くにあったレンガでできた大きな建物を指す。
それに促されて、俺はその建物に足を踏み入れた。
商館の中は意外と広く、質素な造りとなっていて、俺に謙虚な印象を与える。
「こっちだ」
通路を歩いた先にあった応接室と書かれている木製の扉を開けると、やはり簡素なテーブルと椅子しかなかった。
座るよう促されたので、互いに、テーブルを境目にして座る。
「この度は、我がディーン商会の商品をご購入頂き、誠にありがとうございます。私、ディーン商会に籍を置きますアバンと申します」
なんだコイツ。急に丁寧な口調と営業スマイルを浮かべてきたぞ。
「なぁ。さっきのため口はどうしたんだよ」
「客では無い人間に敬意は払いませんが、大切なお客様には最大限の敬意を払えが我が商会のモットーですから。
それでは、契約の前に商品の説明を致しますね。
商品名は、エリー。女、十六歳、獣人銀狼族。健康状態悪し。スリーサイズは……」
「ちょっと待て。なぜそんな情報を知っているんだ」
「なぜって? 当然じゃないですか。お客様のニーズに答えるのが我々ですから。それに、一定値以下のサイズの奴隷しか買わないお客様もいるにはいますから」
なにそれ、ただのロリコンじゃん!
「続けますね。先ほども申しましたが、本来なら、金貨二十枚ですが、状態が悪いのを加味して金貨十五枚ですね。料金は貰いましたので、この契約書にサインをお願いします」
と言ってアバンはテーブルの上に、羊皮紙でできた契約書と羽ペンを俺に向けて置いた。
これに書けばいいんだよな。ショウ・ユウキっと。
さらさらっと書いた契約書をアバンに渡す。
受け取った契約書を見たアバンはそれを上着のポケットに仕舞い込んで
「確かに受け取りました。それでは、エリーを連れて来させますね」
アバンがパンパンっと手を二回叩くと、少しの間の後に、浅黒い肌のガチムチがさっきの女の子を連れてきた。
ぐったりしているエリーはやはり体調が悪そうだ。
「おい、この方がお前の主となるお方だ。粗相のないようにな」
「はい……。よろしくお願いしますご主人様」
アバンは、エリーにそう釘を刺して、手枷がつながっている鎖を俺の手にそっと置いて
「治療費はご自身で出してくださいね。それでは、またのご来店をお待ちしております」
その後、アバンに見送られて商館を後にしたのだが、これからどうしよう。
「はぁ……はぁ……。待って下さいご主人様」
「大丈夫か? 無理すんなよ」
エリーは立っている事も辛そうで、ふらついている。
それでも、俺に付いて行こうと必死だ。
そうだよな。まず、お前を病院に連れて行こう。
☆★☆
「単なる風邪ですね」
「……はい?」
町の人に尋ねて訪れた病院で、エリーを診てもらったのだが、まさかの風邪だった。
一応枷を全部解いたエリーは今、病院のベッドで眠っている。
何なんだろうな。この徒労感。
「疲労がたまっていたんでしょうね。念のため、きょう一日安静にしてあげて下さい」
一応薬を貰って、まだ寝ているエリーをおんぶしながら病院を出た。
これでやっと宿を探せる。
「あぁ~。やっとゆっくりできる~」
俺は、部屋に着いて早々にリュックを机の上に置いてベッドにダイブした。
ベッドがフカフカで気持ちいい。
部屋はそこまで広くないが、二人が泊まるぐらいは十分の広さがある。
一応、エリーも、俺の隣のベッドで寝かせた。
「ん……ご主人様?」
「おう、起きたか?」
エリーが目を覚まし、こっちをじっと見ている。
ヤバい。上目づかいが最高にかわいいんだけど。
「私、どうなったんですか? 頭がボーっとするんですが」
「安心しろ。ただの風邪だよ。じきに良くなる」
「そうですか……。っくしゅん!」
エリーが小さなくしゃみをして、またベッドに横になり、すぐに寝てしまった。
さて、俺も一眠りしますかな。