閑話~青いローブの男~
慌ただしいトリスターニャの表通りから少し外れた路地を、一人の男が歩いていた。
青いローブに包まれたその顔は見ることは出来ないが、ローブの隙間から覗かせる瞳は、まるで、よく切れるナイフのように鋭い。
複雑に入り組んだ路地を迷わず進み、男は黒い鷲の看板を掲げる小さな酒場に行き着いた。
酒場の看板には『一見さんお断り』の文字が掲げてあるが、男は躊躇せずに店に入る。
「……表の看板が見えなかったのか? ここはお前みたいなガキの来るところじゃ無い」
寂れた店内に入ると、店主とおぼしき中年の男が、青いローブの男に冷たい視線と言葉を向ける。
更に、店の奥から下衆な笑い声が聞こえて来た。
早速手荒い歓迎を受けたのだが、青いローブの男はそれを無視して、カウンターに座り
「トリスタンエールを一つ貰おうか」
といきなり、この店で最も高級な――普通の店ならまず注文しない粗悪な酒――を注文した。
これが煽りに思えたのか、店主は殺気を少し出しつつ
「聞こえなかったのか? ガキに出す酒は無いからさっさとママの所へ帰んな」
しかし、男は帰らない。そこへ、店の奥で酒を飲んでいた巨漢の男がゆらりと立ち上がり
「へっへっへ。いいじゃねぇかマスター! 一見さんにはここのルールってモンを教えてやらねぇとなァ!」
いきなり背後から青いローブの男に、さっきまで座っていた椅子を降り下ろす。
だが青いローブの男は、それを読んでいたかのように体を半歩ずらし、攻撃を回避した。
その一連の動作のせいでローブで隠していた顔が表に出る。
青いローブに男の正体は、白い髪と青の瞳を持つ美青年だ。しかし、特筆すべきところはそこでは無い。
「お前! 獣人か!」
店の奥から誰かが叫んだ。
そう、青いローブに隠されていたのは人ならざる獣の耳だ。
それは髪と同じ白い毛で覆われていて、まるで狼のようにぴんとたっている。
露になった顔を呆れの表情にしながら青いローブの男は小さくため息を吐いて
「はぁ……。争いごとはこれで解決じゃないのか?」
と言って腰ベルトから取り出したのは、コントラクトモンスターズのデッキケースだった。
契約者の暗黙の了解として、デッキケースを向けられたら、それは宣戦布告の合図となっている。
巨漢は粘ついた嫌な笑みを浮かべ
「表に出ろ! イヌごときが、人間に勝てると思うなよ!」
と言い、どこからかデッキケースを取り出す。
そして、二人は店を出て、路地でデッキケースを構える。
店内でコントラクトモンスターズをするには、店のサイズがいささか小さかったからである。
「「誓いを此処に(コンストラクション)!!」」
こうして、青いローブの男対巨漢の戦いが始まった。
☆★☆
青いローブの男対巨漢の勝負も決着に近づいていった。
「はっはっは! 大したこと無いじゃねぇか! イヌが大口叩いてんじゃねぇよ!」
「……言ってろ」
巨漢が男を嘲り笑う。
現在、ローブの男は窮地に立たされていた。
互いの手札はゼロ。
しかし、男のライフは残り一つ。後衛にモンスターが三体だ。
対する巨漢のライフは残り三つ。前衛にモンスターが二体いる。
そして今、男のターンが始まろうとしていた。
「俺のターン。ドロー!」
ドローしたカードを見て、男の口端がつり上がった。
そこからは、鋭い犬歯が覗いている。
「スタンドフェイズ、ムーブフェイズをスキップし、コールフェイズ! 俺は、ランク1《氷獄覇龍の巫女》を召喚!」
男のフィールドに、晴れ渡った空のような青い髪と瞳を持った女の子が現れた。
その凛とした表情は、冷たい印象を相手に与える。
「はァ! 召喚したのは、そんな貧弱そうなカードかよ! ざまぁねぇな!」
巨漢の罵倒に臆することなく、男はターンを続ける。
「俺は、《氷獄覇龍の巫女》の効果発動!
自分のライフが三以下で、このカードを召喚した時、このカードと、自分のフィールド上に存在するモンスターのランクが合計10になるように墓地に送り、手札及びデッキから《氷獄覇龍ラヴィーナ》を前衛に効果召喚する!
俺は、ランク1の《氷獄覇龍の巫女》と、ランク3《スノーマンソルジャー》三体を墓地に送る!」
吹きすさぶ吹雪が、男のフィールドを埋めつくした。
あまりの寒さに巨漢は、鳥肌を立たせながら腕をさする。そして、吹雪が止んだ後には、何も残ってなかった。
しかしその直後、地面から巨大な氷塊が突きだす。
それは内側からの力によってヒビが入り、やがて、雛が卵を割る様に氷塊の中から、鋭い牙と爪と一対の翼を携えた青い鱗に身を包んだ龍が解き放たれた。
「現れろランク10! 紺碧の世界を統べし龍よ。その吹雪で、不浄なる世界を凍てつかせよ! 《氷獄覇龍ラヴィーナ》!」
「何ィ! ランク10のモンスターだと!」
信じられない物を見たと言いたげな表情をした巨漢が、尻餅をつきながら驚くのだが、男はそれを気にも留めない。
ただ無情に、勝利へと突き進む。
「ラヴィーナの効果発動! このカードが効果召喚に成功した時、四から俺のライフを引いた数だけ、フィールドに存在するカードを持ち主の手札に戻すことが出来る!」
「テメェのライフは残り一つ。……まさか!」
「お察しの通りだよ。俺は、お前のフィールドに存在する三体のモンスターを手札に戻す!」
ラヴィーナが巻き起こす猛吹雪により、巨漢のフィールドに居た三体のモンスターが吹き飛ばされ、巨漢の手札に強制的に戻される。
「これでお前を守るモンスターは居ない。止めを刺せ! 《氷獄覇龍ラヴィーナ》! 贖罪の絶対零度波動弾!」
青いローブの男が命令を下し、ラヴィーナの口から、全てを凍らせる必殺のブレスが放たれる。
断末魔の声すら聞こえなかった。
ブレスにより発生した白い煙が消えたその後には、奇妙な形をした氷のオブジェだけが残った。
「さて、と」
「ひぃッ!」
男は、オブジェに見向きもせずに、この勝負を見ていた店主の元へ歩み寄る。
店主は腰を抜かしたのか、へたりこんだままその場を動けずにいた。
「そう怯えるな、何もしないさ。俺はただ、情報が欲しいだけだからな」
「情報……?」
「生き別れた妹を探している。ここ数日で、俺と同じ銀狼族の女について知らないか?」
店主はしらを切ろうと思ったのだろうが、男が鋭く睨むと、自分もさっきの巨漢のように凍り漬けにされてしまうのではと思い
「……直接は知らないが、面白い噂を聞いた。数日前、奴隷商人が珍しい奴隷を仕入れて来たってな」
「そうか。助かる」
そう言って男は、ローブの内側から金色に光るコインを店主に投げた。
「痛! なんだこれ……は!」
弧を描いて店主の額に当たったもの。それは金貨だった。
普段ならまずお目にかかれない金貨を貰い、狂喜乱舞している店主を尻目に、男は裏路地を後にした。