第13話~疑惑の戦い決着、そしてトリスターニャへ~
俺の真後ろには、盗賊団の首領ガンダーが俺に止めを刺さんとして斧を振り上げている。
俺の残りライフは一。この攻撃が決まったら俺の負けだ。
だが、俺は負けるわけにはいかない。
このイカサマ野郎を倒すまで!
「古代魔法《アドバンテージシールド》を発動! このカードは自分と相手のライフ差×1000ポイント以下のBPを持つモンスターの攻撃を無効にする!」
正にガンダーの斧が俺の首筋に当たる瞬間、俺の身を隠せるほどの大きな赤い盾が現れ、甲高い金属音を立て、斧を阻む。
俺と奴のライフ差は8。ガンダーのBPは6000。よって、この攻撃は無効だ。
「貴様ァ……! まだこのような手を持っていたか!」
「相手の攻撃を古代魔法で止めるのは当たり前のことだろ。特に、お前みてーな脳筋野郎にはな」
「いい気になるなよ小僧! まだ俺のライフは九も残っている。次の俺のターンが回ってくれば俺の勝ちだ!」
「は? 次のお前のターンなんてねぇよ」
俺がそう言うと、盗賊団のボスはそれを強がりだと思ったのか、やけに余裕のある声で
「ほぅ? ならば見せてみろ。ターンエンドだ!」
言われなくても見せてやるさ。
再び赤兎馬に乗り、奴を追う。
しかし、痛みで上手く集中できず、その距離は中々縮まらない。
「俺のターン。ドロー!」
引いたカードに目もくれず、ひたすら前を目指し続ける。
俺の手札の中には、既に勝利の方程式が揃っている。
「スタンドフェイズとムーブフェイズをスキップし、コールフェイズ!
俺はランク1《炎獄覇龍の巫女》を召喚!」
俺の横に、赤い髪と瞳を持つ女の子が現れる。
「更に、《炎獄覇龍の巫女》の効果発動! このカードが召喚に成功した時、このカードと、自分のフィールド上に存在するモンスターのランクが合計10になるように墓地に送り、手札及びデッキから《炎獄覇龍パージ》を前衛に効果召喚する!
俺は、ランク1《炎獄覇龍の巫女》、ランク3《マッハイーグル》、《ワイルドベアー》、《アヴェンジャーモンキー》を墓地に送る!」
石造りの道を走る脇から、巨大な火柱が俺のモンスターを飲み込み、火柱が一際高く昇った。
そして、火柱から現れるのは、全てを圧倒する力を持つ赤き龍。
「現れろランク10! 灼熱の世界を統べし龍よ。その炎で、汚れたる世界を焼き尽くせ! 《炎獄覇龍パージ》!」
パージが吠えると、ビリビリと空気が振動し、突風が吹き荒れた。
前は気絶していたので、パージの姿は初めて見ることになる。
それにしてもデカイ。一体何メートルあるんだ?
(おおよそ、十五メートルだな)
そう疑問に思っていると、突然頭の中に低い声が響く。
この声には聞き覚えがある。パージだ。
まさか、テレパシーで会話してくるとは思わなかったぜ。
(ようやく我の出番か。我の期待を裏切るでないぞ少年)
(わかってるっつーの)
偉そうなパージに短く返事? をして目の前の勝負に集中する。
「パージの効果発動! このカードが効果召喚に成功した時、四から俺のライフを引いた数×5000ポイントBPが上昇し、その数だけ追加攻撃ができる!」
「BP25000の三回攻撃だと!?」
地面から火柱が三本吹き出し、その勢いで巻き上げられた拳大の石が、パージの周りを衛星のように駆け回る。
俺がアドバンテージシールドを早い段階で発動しなかったのはこのためだ。
「行くぜ、クソ野郎。アタックフェイズ! パージで攻撃! 断罪の煉獄火炎弾!」
パージの口から燃え盛る火炎球が三つ吐き出され、盗賊団のボスへ向かう。
奴のライフは残り九。この攻撃が通れば俺の勝ちだ。
「そうはさせん! ガンダーの効果発動! このカード以外の盗賊団と名の付くモンスターを一体墓地に送り、相手モンスターの攻撃を無効にする!」
「させるか! 古代魔法《メテオバースト》を発動! ってうおおおおおお!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、俺がメテオバーストを発動した途端に、空から大量の隕石が降ってきた。
大地を抉る小さな絨毯爆撃の花が、あちこちに咲き乱れる。
その尋常じゃない衝撃波が敵味方の区別なしに襲い掛かってきた。
ヤバい! これは死ぬぅぅぅ!
(やれやれ、見ておれんな。少年、暫し代われ)
パージの呆れた声と同時に、ふと、体が軽くなったような気がする。
しかし、腕を動かそうと思っても腕が動かない。
さっきの台詞から察するに、恐らく、パージが俺の体を動かしているのだろう。
見えている視界の先には、辛うじて落馬から免れている盗賊団のボスと、沢山のクレーターが出来た草原と、翼をはためかして飛んでいるパージと、あたりをきょろきょろ見回しているガンダーの姿だけだった。
「何ぃ! ガンダー以外の盗賊団が墓地に送られている!」
「我が発動した《メテオバースト》は、互いの前衛に存在するランク2以下のモンスターを全て破壊する効果を持っている。そして、ガンダーの効果を使う為に必要だったモンスターのランクは全て2以下。
つまり、ガンダーの効果は不発に終わり、貴様の負けだ」
「バカな! この俺が……!」
奴の顔が絶望の色に染まり、言葉を紡ぐ唇は微かに震えてる。
(もういいだろパージ。体を返せ)
ここまで、勝利が確定したんだ。いい加減返してほしいんだが。
(よかろう。だが、次に無様な姿をさらしたらどうなるかわかっているな?)
パージが了承したことによって、体に感覚が戻ってくる。
よし! 行ける!
「姑息な手を使う奴に慈悲など無ぇ。行け、パージ! 断罪の煉獄火炎弾!」
まず一発の火炎弾で奴の馬を焼き払う。
馬を失った奴は、凄い勢いで地面に叩きつけられ、ゴロゴロ地面を転がった。
続いて二発目と三発目の火炎弾で全身をくまなく燃やす。
火だるまとなった奴から断末魔の叫びが聞こえてきた。
(おいパージ! やり過ぎだ!)
(なに? 慈悲など与えないのではなかったのか?)
(確かにそうは言ったが、殺せとはいってないだろうが!)
(そうか、ならば炎を消そう)
とパージが言うと、みるみる内に炎が消えていく。
火が消えた後には全身に火傷を負った奴の姿だけだ。
赤兎馬から急いで降りて生存を確認する。よかった。まだ息がある。
俺が安堵した直後のことだった。奴の体から現れたどす黒いオーラのようなものが奴を包み込んだのだ。
「がァァァァッ! お……お許しを……!」
苦悶の表情を浮かばせ、全身をかきむしる奴に、ある変化が起きる。
まるで空気に溶け込むように奴の体が少しずつ薄くなっているのだ。
「た……助け……」
奴は俺に手を伸ばして、助けを求める。しかし、それが叶う間もなく、奴の体は完全に消滅した。
そして、主を失ったデッキケースとカードは、どす黒いオーラに取り込まれながら、明後日の方向へ飛んでいってしまった。
何だったんだ……今の……?
「うわぁぁぁ! ボスぅぅ!」
「に、逃げろぉぉぉ!」
盗賊団のボスが消滅してからすぐに、残された盗賊団の部下達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
正直俺も、この事態に衝撃を隠せなかった。
俺が勝った途端に盗賊団のボスが消滅したんだ。まるで、戦いに負けた罰ゲームかのように。
しかし、この間のグリフィーは、負けても、ただ雷に打たれただけだった。
一つ言えることは、たった今、人が消滅したということだ。正直、もしかしたら自分もああなっていたかもしれないと思うと恐怖が沸き上がる。
詳しいことは後回しにして、ひとまずは赤兎馬に乗ろうと足を一歩前に踏み出した瞬間だった。
「痛だだだだだだだッ!」
えもいわれぬ激痛が俺の足を襲った。あまりの痛さに地面をのたうち回る。
ヤバイ! 足つった!
日頃の運動不足がたたったのか、中々痛みが引かない。
短時間とはいえ、体力を消費して赤兎馬を全力疾走させていたからな。さっきは集中していて、まるで疲れを感じなかったが、集中が切れた途端にこれだ。
それに、身体中汗びっしょりだ。
太陽は高く昇り、地面を焦がさんとするぐらい照らしている。
大量の汗をかくには当然な天気だ。
「気持ち悪りぃ……。着替えよう」
痛みが引いた後、誰も居ないことを良いことに、汗で濡れた制服のブレザーを畳んでリュックの中に入れ、リュックの中からおばちゃんから貰った、脛までの長さの黒いズボンと、炎をあしらった赤と黒のシャツを取りだし、着込む。
不思議とサイズがピッタリだった。
「うっし! 着替え完了!」
その後、昼飯代わりにパンを食べ、再びトリスターニャに向け、赤兎馬に乗って道を駆け抜ける。
☆★☆
暫くすると、横に大きく伸びていて、ずっと先まで続いていそうな壁と、そこに埋め込まれたかのように、石造りの大きな建物が見えてきた。
建物の近くには、人が列を成しており、何人かの兵士が先頭の人に話しかけている。
恐らく、ここがトリスターニャへの関所と城壁なんだろう。
流石に馬に乗ったまま関所を抜ける訳にはいかないので、赤兎馬をカードに戻し、歩いて関所へ向かった。
「次の者!」
「はい!」
屈強な兵士が俺を呼び、小さな部屋に通してくれた。ようやく、俺の番が来る。
いやぁ長かった。まさか、関所に着いてから長蛇の列に並んでも全然回って来やしないから足も限界だ。
小さな部屋の中には、さっき俺を呼んだ兵士と、書記だろうか、羽根ペンを持って机の上の紙とにらめっこしているもう一人の兵士しかいない。
「名前は?」
「ショウ・ユウキです」
「年齢は?」
「十七です」
こんな他愛も無い質問が繰り返される。
こちらとしてはさっさと宿を確保して寝たいんだけどな。
「ショウ・ユウキ。男性。異国生まれ。歳は十七で、観光目的でこの国を訪れた。これで間違い無いな?」
「はい」
「そうか。なら、通ってよし」
ようやく質問が終わり、俺は、机の上のリュックを背負いながら部屋を後にする。
十七の一人旅と言うことで少し怪訝な顔をされたが、異国生まれということで納得されてしまった。
そして、門の先にトリスターニャの景色が開く。
「おぉ……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
帯のように、一筋の道は挟んで左右に家が並び、沢山の人で溢れかえっている。
商店の喧騒や飲食店の慌ただしさが耳に伝う。
まさに、首都というような感じがした。
「まずは宿を探さないとな」
ひとまずの住まいを探す為に、トリスターニャの町並みに向けて、一歩前に踏み出す。
ここから、俺の旅が幕を開けた。
第一章 ローゼン村編 完