復讐8
「後であたしの部屋にビールと何かつまみになるような物、持ってきてよ」
と薫子が言った。
「はい」
と私は答えた。
バーベキューの肉も野菜もほとんど減っていない。網の上でただの黒焦げた肉塊になっていくばかりだった。岩本は酒ばかり飲んでいるし、薫子はアキラにくねくねと視線を送るのに忙しそうだ。アキラはビールを飲みながら、適当に薫子の話に相づちをうっている。
適当に網の上に肉を並べてから、私は別荘の中に入った。
一階の自分に割り当てられた部屋で荷物をとく。
バイクの荷台にくくりつけてきたバッグの中の物を確認して、それを取り出す。
足音がしたので、ドアを少し開けて廊下を覗くと薫子とアキラが上がって来ていた。
薫子はアキラの腰に手を回してまとわりつくように歩いている。
私がいる部屋の前を過ぎる時に、アキラがこちらを見て少しだけ笑った。
そして二人は階段を上がって行った。
バッグの中の物を持って行くか、ビールとつまみを持って行くか悩んで、ビールとつまみを盆の上に乗せて薫子の部屋に行く事にした。
ドアをノックしてから開ける。
「何よ!」
薫子がアキラの膝の上に座っていた。アキラの首に腕を回している。
「ビール、おもちしましたけど」
「そこに置いといて」
私は盆をソファの上に置いてから缶ビールを取った。
プシュと音をさせて、開けると泡が少しだけ出た。
「何やってんの? 開けなくていいわよ」
と言う薫子の頭の上からビールをかけてやった。
「うわっ、何すんのよ!」
薫子が手でそれを防ぐような素振りをした。
「わ、俺まで濡れるじゃん」
とアキラが言った。
新しいビールの缶を持ち上げて、振りかぶって薫子のこめかみ辺りを殴りつけると、
「ぎゃ」と言ってから、薫子はアキラの膝の上から落ちた。
ソファとテーブルの間に落ちて、怯えたような顔をしながらよろよろと起き上がった。
「な、何なの、あんた……アキラさぁん、助けてっ」
と薫子はアキラの方に手を伸ばした。
「この子、援交やってるから手を出したら性病が移るわよ」
と私が言うと、
「まじ? きったねー」
とアキラが答えた。
「え? 何?」
私はビールをテーブルの上に置いて、
「ごゆっくり」
と言って、薫子の部屋を出た。
キッチンへ戻って手を洗っていると、岩本が入ってきた。
「ん? 薫子とアキラ君は?」
「薫子さんのお部屋ですわ」
「ふん、そうか」
それから岩本は、
「さて、風呂にでもはいるか、美里、お前も後から部屋に来なさい」
と舌なめずりしながら言った。
「はい、旦那様」
しばらくキッチンの椅子に座っていたが、庭のバーベキューの片付けを少しだけして、ここへ来てから開けた鍵をすべて施錠した。
ボストンバッグを持って岩本の部屋に行く。
ノックもしないで部屋に入ると、岩本はバスローブ着てソファでくつろいでいた。
豪華な部屋にはミニバーがこしらえてあって、岩本はそこから酒を出して飲んでいた。
「何だそのバッグは」
「ふふふ、道具ですわ。夜は楽しまなくちゃ」
と言うと、岩本の顔がとたんに好色に崩れた。
私は岩本の向かいに座って、
「岩本さんて食人なんですって?」
と言った。
「何?」
「笹本さんのレストラン、私も常連なんです」
「本当か? これは奇遇だな。笹本君のフレンチは最高だからな。常連ならそう思うだろ? 予約がとれない時もあるくらいだ」
「ええ、そうね。でも腕のいいハンターがいるらしいから、最近じゃ、食材に困らないらしいわ」
「ああ、それは聞いた。だが、そいつは食材の好みは聞いてくれないらしいぞ。望んだ物が手に入るかどうかは分からないとな」
「へえ」
「わしは自分でハンターを抱えているからな。どんな食材も好みのまま調達出来る」
「自分のハンター?」
「そうだ。例えば、今夜はバーベキューではなく、若い女の尻の肉が生で食いたいと言ったらすかさず若い女を殺して持ってくるような奴だ」
そう言って、岩本は私を見た。
その目が私に「怯えろ、お前の事だ。恐ろしいだろ?」と言っていた。
「へえ、ずいぶんと変態なのね」
ドアがノックノックされて、アキラが顔を出した。
「岩本さん、若い女の尻肉、用意出来ましたよ」
と言って、アキラがどさっと真っ赤な肉塊を岩本の前に放り投げた。
それは血を滴らせながら、岩本の膝の上に落ちた。
「な、なんだと? アキラ! 殺すのはこの女だ! これは誰の…」
岩本は肉塊を見下ろした。
「生で食べるんですか? 援交やってるらしいから、性病が移るんじゃないですかね」
とアキラが言ってからくすくすと笑った。
岩本がそれは自分の娘の尻の肉だと気がついて、呆然としていた。
「岩本のおかかえのハンターってあんた?」
「まあね」
「おかかえって、忠実に命令を待ってるの? 犬みたい」
「そっちこそ、笹本のとこのハンターだろ?」
「笹本さんを知ってるの? でも、おかかえじゃないわ。契約なんかしてない。あたしは誰にも縛られてない」
「じゃあ、藤堂さんを殺しちゃおうっかな。縛られてないなら平気だろ?」
私はバッグの中の武器を出して、アキラの方へ突きつけた。
「あの人に手を出したら、殺すわよ」
「へえ、まじ? 愛しちゃってるわけ? 子供も生めないのに、結婚までしちゃってさ」
私はスイッチを入れた。
ドルドルドルと電動式チェーンソーが動き始めた。