復讐5
「美里さん、これよかったら持って帰ってくれる?」
と岩本早苗が差し出したのは、チョコレートの箱だった。
「いただきものなんだけど、私はすぐ太っちゃうから」
「いいんですか? 高そうなチョコレートなのに」
と言って私は高級チョコレートの箱を受け取った。
「ええ、いいの。あったら手が伸びちゃうから見えない場所に追いやりたいの」
「じゃあ、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」
早苗はふふふっと笑って、
「あなたに来てもらって本当に助かるわ、美里さん」
と優しく言った。
「こちらこそ、いいお仕事をいただいて感謝しています」
あちこちの街で人を殺しては次の街へ行く、という生活を長く続けていると、いろんな仕事が身につく。コンビニでバイトもしたし、デパガもした、販売員もやった。事務員をした時もあるし、デザイン会社に勤めた事もあるし、キャバ嬢もしたことがある。
どの職場もそれなりに学ぶ事があって楽しかったが、キャバ嬢だけは一ヶ月でやめた。
さすがに客の男をすべて殺すのは無理だ。
だが、すべて殺したい男ばかりだったからだ。
料理学校の助手をした事もあるし、子守のバイトをした事もある。
おかげでいろんな技術が身についたので、こうして岩本家のお手伝いさんに雇われる事に成功した。
岩本早苗は寂しい女性だったので専門的な家事手伝いよりも話を聞いてくれる相手を探していた。早苗はまだ三十三歳で岩本とは二十も年が離れていた。子供が二人、十三歳と三歳の女の子だった。三歳の子供は入院中だった。早苗はその子供の側にいてやりたいので家事の手伝いと十三歳の娘の相手をするお手伝いを募集していた。
早苗は美しい人だったが、三歳の娘の入院付添いで疲れた様子だった。
自宅兼病院なので、早苗は自宅での家事をこなしたりもしたが、少なくないストレスを一人で抱え込んでいた。
岩本は滅多に自宅には戻ってこない。
あちらこちらに囲ってある愛人宅を巡っているらしい。
そして十三歳になる娘が前妻の娘らしいのだが、岩本にそっくりな女だった。
要するに、金さえあれば何をしてもいいという考えの岩本のミニチュアだった。
娘は薫子という名前だった。中学一年生のはずだが、上手に化粧をしたり胸元を強調した服を着たり、で年齢不詳だった。小遣いは月に二十万というから驚きだった。
「あん? 何? あんた?」
と私を見た瞬間にそう言った。
ブランドロゴのTシャツを着て、同じブランドのバッグを下げている。
銅線のように真っ茶色の髪の毛は傷つきすぎてごわごわだった。
「薫子さん、今日からお手伝いに来てもらってる、美里さんよ」
と早苗が言うと、
私を上から下まで見て、「お手伝いって何か惨めじゃん?」と言った。
「え?」
「他に何も出来る仕事ないの? 今時、お手伝いって…うける。頭悪そう。ひゃはは」
と言って笑った。
「コロス」
「あ?」
「いえ、別に。立派なお宅には執務をきちんとこなす人が必要なんですよ…ハタチニナッタラコロス、コノガキ」
銅線のような頭髪を、皮膚ごとリンゴの皮をむくようにむいてやったら、さぞかしすっとするだろうな、と思ったら、少し落ち着いた。
今は射程年齢以下だが、岩本の娘というだけでついでに殺してしまうかもしれない。
斜に構えたあの顎、生意気な目つき、薄っぺらい胸元、長い手足、すべてをコワシテヤリタイ。
「ちょっと、あんた! この服、クリーニングに出しとけっていっただろ!」
と薫子が早苗に言った。
「あ、ごめんなさい」
寝不足で青い顔の早苗は薫子の投げ捨てた服を拾い上げて、
「すぐに持って行ってくるわ」
と言った。
「ふん、役立たず!」
薫子は携帯電話を手にして、「役にたたねえばばあでさ!」と誰かに話しながら長い廊下をどすどすと歩いて行った。
「奥様、私がすぐにクリーニング店へ行ってきます」
と私が言うと、
「ありがとう、お願いするわ。私は乃愛の所に行ってきますから」
「はい」
乃愛というのは三歳の娘の名前だ。一度顔を合わせたのだが、早苗に似た可愛らしい娘だった。ちなみに薫子も美人だ。性根は悪そうだが、顔は綺麗だ。だがそのうち悪い性根が顔に出てくるだろう。知性もなく、優しさもない、ただ意地の悪い顔になると思う。
まあ、私も人の事をとやかくいえる立場ではないが。